春の中で春を待つ

下村りょう

永い冬

 だんだんと日の短くなる秋。2羽のトリが羽に身を包んで座っていました。

 1羽は大きく立派な羽をもつトリで、からだも大きく、いつもみんなの人気者です。

 いっぽう、もう1羽は小さな羽をもつトリです。その小さな羽では体を包みきれないようで、少し寒そうにしています。

 立派な羽のトリは聞きます。

「きみは、いつごろ南の島へ行くんだい?」

 小さな羽のトリは答えます。

「そうですね。行き道は混むので、みんなより少し遅れて行こうかと思います」

 嘘です。小さな羽のトリは長い時間空を飛ぶことができません。そのため寒い寒い冬の中、仲間もいないこの土地で冬を越すのです。小さな羽のトリは、南の島へと飛び立つ仲間たちを見送ったあと、いつもひとりぼっちで冬ごもりの準備をするのです。

 でもそれは言えません。立派な羽のトリはとても優しいので、小さな羽のトリがそんなことを言ってしまえば、仲間想いの彼はここに残ってしまうでしょう。

 小さな羽のトリはそれが嫌でした。小さな羽のトリにとって、暖かい春の日差しのような存在である立派な羽のトリが、自分のせいであんな寒いところで過ごしているところを想像するだけで心の裏側がチクチクしてしまうのです。

「でもきみは羽が小さいだろう。みんなより早く出た方がいいんじゃないのかい?」

 立派な羽のトリは心配そうな目で小さな羽のトリを見つめます。小さな羽のトリはその大きく円い目を見てしまうと、嘘を吐いているのが申し訳なくなって、本当のことを話してしまいそうになります。ほんとうはきみと一緒にいたい。一緒に冬を越してほしい。ふたりならきっと寒くないはずだから……。でもその奥にいる小さな自分と目が合うと、自分の心の狭さにハッとしてしまうのです。

 立派な羽のトリは人気者です。いつも仲間のトリが彼を囲んでいるのを小さな羽のトリは知っています。だからいまこうしているように、自分が彼をひとりじめしてはいけないと思っていました。それを冬の間ずっとだなんて烏滸がましい! 小さな羽のトリは大きく首を振ります。そして葛藤した末に震えたクチバシで言いました。

「少し寒い青北風を切るのも、案外心地いいものですよ」


 夜の寒さも耐え難くなってきた頃、小さな羽のトリの、冬を越すための巣穴が完成しました。たくさんの木の実、おがくずで作ったふかふかのねぐら、どれだけ長く寒くても大丈夫そうです。巣穴の外で満足げに見つめていると、冷たい北風がぴょおっと通り過ぎました。小さな羽のトリは震え上がって巣穴に飛び込みます。想像通り暖かい塒に潜り込むと、まだ冬も始まったばかりだというのに、ついうつらうつらとしてしまいます。ハッと目を覚ました小さな羽のトリは塒から顔を出して、巣穴全体を見渡します。

 いつもより広い巣穴、頑張って用意したふたり分の木の実。この巣穴の中にいると、どうしても立派な羽のトリのことを思い出してしまいます。

 みんなが南の島へ旅立つ直前まで、立派な羽のトリは小さな羽のトリに「一緒に行こう」と言ってくれていました。でも、ほかの仲間に呼ばれると、立派な羽のトリは「また南の島で」と言い残して、立派な羽を広げて飛び立ってしまいました。

 小さな羽のトリは、少しだけ、ほんとうに少しだけ期待していました。立派な羽のトリが一緒に残ってくれるのではないかと。自慢をするために気合いを入れて、いつもより早く準備だって始めました。でもそれは彼が大空に飛び立ってしまって全部無駄になったのです。ふたりでいたいと探した広い広い巣穴は、ひとりぼっちではどうしても寒く感じます。

 小さな羽のトリはもういちど塒に潜り込み、そして目を瞑りました。

 考えるのは立派な羽のトリのことです。今ごろ仲間たちと南の島についているでしょうか。南の島へ行ったことがない小さな羽のトリには、どれだけ時間がかかるのかわからないですが、立派な羽のトリと仲間たちが南の島で安全に暮らしているところを想像します。そしてそこに自分の姿も思い浮かべました。小さな羽のトリはグスンと鼻を鳴らします。


 暖かい塒で1日を過ごして、お腹が空いたら時々木の実を頬張る。そんな生活を続けていました。

 北風と雪が入ってきてはいけないので、巣を作るときのようにおがくずと自分の唾液を固めたもので巣穴に蓋をしていました。だから何度陽が落ちて、そして昇ったのか、小さな羽のトリには見当もつきませんが、ここでじっと待っていれば、いつかは春が来ます。それは南の島から帰ってきた仲間たちがたくさんの鳴き声で教えてくれるので、その時に小さな羽のトリは巣穴の蓋を破って何食わぬ顔で出て行くのです。

 そこにきっと立派な羽のトリもいるでしょう。「今年は会えなかったね」なんて言って誤魔化して、また夏を迎える。その練習を塒の中で続けます。することがない冬にはこれぐらいしかできないのです。蓋の向こうからは未だに強い風の音ばかりが聞こえます。何もしていないと冬は長くなってしまうので、小さな羽のトリは練習を続けました。いつ来るかもわからない春を、立派な羽のトリを待って。ずっと、ずっと……。

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