閑話 夫の苦悩⑤(アイガン視点)

アイガンは屋敷を飛び出してすぐさま、城にある騎士団の詰所に顔を出した。昼の王都の巡回者はほとんど帰っていたが一人まだ残って同僚と話していたネタヤイがおり、詰め寄る。


背後ではヴィレが必死で掴みかからんとするアイガンを押さえつけている。


「お前、ちょっと落ち着け! そんな迫っても答えられないだろうが…」

「うるさい、時間が惜しい。今日、街の外れで妻を見かけなかったか? 東ブロックの診療所の近くだ」

「あそこの担当はガヤガたちでしたが…」

「どこにいる?!」

「昼番はもう帰ったぞ、お前も知っているだろう」


呆れたようにヴィレの声がかかる。


騎士団は三交代制だ。日勤である昼番と夜番、早朝出勤の朝番がある。ちなみに団長と副団長は免除されるかわりに朝は少し早めに出勤して日暮れ頃に帰る。夜会の警護があれば必ず出席が義務づけられる。


「団長、私ガヤガから昼の様子を聞きましたけど…」

「早く言え!」

「だから落ち着けって言ってるだろうが!」


サイダルが恐る恐る声をかけてきたが、勢い込んだアイガンは、ヴィレに頭をはたかれた。


「つまり、妻は見知らぬ男と馬車に乗り込んだと?」


報告を訊き終えると、唸るように声を低めた。


「ガヤガたちはそれを見送ったのか?!」

「緊迫した様子はなかったとのことで、事件性は低いと断じたようですが」

「妻は表情は変わらないんだ! もしかしたら怖い思いをしているかもしれないだろう?」

「ん? その奥さまの乗られたような黒い辻馬車ならグレン=エバーソンが朝方に乗っていたのを見ましたが、関係ありますか?」


ネタヤイが思い出したように口を開いた。


「なに、どこだ?」

「南ブロックの街外れの宿屋です。よく貴族連中が愛人としけこむときに使うところがあるでしょう」

「ああ、あそこか」


数多くの浮き名を流しているヴィレがすぐに思い当たったようで頷いた。

アイガンには朧げな記憶しかない。

いつだったか、痴情のもつれで刃傷沙汰を起こしたため、騎士団が呼ばれた場所ではなかっただろうか程度の記憶だ。


「今すぐ案内しろっ」



#####



遅れてやって来た騎士団の詰所前で待っていたガデルも一緒にきてもらい、ヴィレの案内で件の宿屋にたどり着いた。

街の外れにひっそりと建てられた割には綺麗な外観をしている。確かに火遊びするにはもってこいな環境なのだろう。


ヴィレが宿屋の主人に話をすれば、確かに昼過ぎにエリイシャらしき人物が来たことがわかった。滞在している者に呼ばれたようだが、不審な点はなかったと主人はあっさり答える。


ここでも妻の無表情が仇になったらしい。

アイガンは教えられた部屋に行き、そっと扉に耳を当てた。

中の様子はよくわからないので、ひとまず探ってからだとガデルにまで指摘されれば我慢するしかない。

本当は今すぐにでも突入したいところだが、妻の安全が脅かされているとなると待つしかなかった。


だが、扉越しに聞こえてくる妻の興奮を抑える声に、頭は一瞬で沸点に達した。


「はああ…たまらない…次はゆっくりと動かして。もどかしいくらいがいいのよ。ああ、そうね……上手ですわ。あなたにも伝わるかしら、ほら、ここがピクピクしているでしょう?」

「え、ええ…」

「ゆっくり動かすと、ほらここが膨れるのよ。張りつめているのがわかるでしょう。はああ…そのまま続けて…」


アイガンが震えているのに気がついたガデルが慌てて制止を叫ぶが、それどころではない。


興奮した妻の声が閨の艶声と重なる。


「わ、バカ、止めろ!!」


扉を蹴りつけ、派手な音をたて開くと眼光炯々、中を見回した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る