第23話 葉はすでに枯れて

結局、バンデミオンたちを通りすがりの親切な人と押し切って部屋で別れた。

グレンがなぜこの場で気絶しているのかなど疑問は数多く残るだろうが、アイガンを急き立てるように部屋から追い出す。


初期の妊婦はいつでも気分を悪くすることができる。

青い顔で早く家に帰りたいとアイガンに乞えば、細かいことを無視して家へと帰ってくれた。

あとはヴィレとガデルがいい感じにまとめてくれるに違いない。


屋敷に戻ればアイガンはかいがいしく世話をしてくれた。執事も侍女も無視してすべて自らやろうとする。風呂や着替え、食事の介助まで申し出られたが、すべて断った。あまりの変わりようについていけない。

そもそも病気ではないので、できるだけ通常でお願いしたい。


そんな悶着はあったが、おおむね順調だ。

後日、ガデルのもとへ診察に向かって妊娠初期の診断もついた。

バンデミオンからあの後事情を聴いたガデルが指輪を返してくれるというので、診察のついでに渡しておいた。グレンは隣国に連れていかれてしっかりと働かされるらしい。

性根が変わるほど、鍛えてほしいと心から願う。

そうして概ね順調に妊娠5か月が過ぎたのだった。



#####



「いいだろう、エリイシャ…」


熱情の籠った金色の瞳が怪しく光る。

こんな視線を向けられていただなんて、知らなかった。この瞳を知っていれば、愛されていないだなんて勘違いをしなかったかもしれない。現に、ガデルもヴィレもアイガンの想いを疑ったことはないと言い切っていたのだから。


「ま、待って…まだ、アん」


軋むベッドの音が艶めかしく寝室に響く。アイガンの無骨な手はすっかりさらけ出されたエリイシャの柔らかな乳を揉み続けている。ぼんやりと白く浮かぶ双丘を日に焼けた大きな手が蹂躙しているさまは卑猥で見ていられない。対する彼はまだ寝着を着たままだ。

自分だけ裸だという情景に激しい羞恥を覚え、思わずきつく目を閉じてしまう。


「エリイシャ、約束だろう? ほら、目を開けてくれ」


懇願する声は優しいけれど、有無を言わさぬ強制力も持っている。

誤解の解けた夫は、夫婦の夜の営みに二つの約束を迫った。

一つは最中はできるだけ目を開けておくこと。

一つ目だけでも実行することは難しく、とても二つ目までたどり着けない。

だが先ほどから夫は二つ目を実行したいと要求してくる。


「は、恥ずかしくて……イヤ、です…」


そろりと目を開けるが、視線はできるだけアイガンの瞳を見ないように反らした。頬を染め伏せられた瞳が煽情的で、夫がさらに煽られたことなどエリイシャは気づくはずもない。

夫が布越しに腰を押し付けながら、荒々しい口づけを落とす。


「はっ…ン…」


息苦しいほどの口づけは、甘美な痺れをもたらす。苦しいけれど、甘やかで自然に体から力が抜けた。胸を弄っていた片方の手が下へと滑っていく。

敏感になり始めた肌は、ささいな刺激だけで言い知れぬ心地よさが広がりたまらなくなる。


「んん、アイガンさ、ま…あぁ」

「もっと深くに欲しいだろう、ならば脱いでもいいか?」


エリイシャの秘所はすっかり用意が整い、蜜をこぼしているのに、節くれだった指は入り口を撫でるだけで少しも中に進んでくれない。

妊娠初期の性交は危険だから、挿入は禁止されていた。想いの通じ合った二人だが、しばらくは我慢を強いられた。安定期に入ってようやくガデルから許可をもらって久し振りの夜の行為に及んでいる。清潔にして激しくしないこと、という条件でガデルからの渋々の許可を取り付けた。


両想いになってから初めての行為に、アイガンは裸で抱き合いたいと懇願した。


「生まれたままの姿で、お前の肌を堪能したい。全身で感じさせてほしい。そうしたらすぐに入れてやる」

「は、い…」


拒否などできる筈もない。何より夫と愛し合いたい。毎日抱き合っていたのに、突然の禁欲生活にエリイシャ自身も気が狂いそうだった。

絞り出すように声を出せば、アイガンは上半身を起こし嬉しそうに寝着を脱いだ。


淡い光の下で、鋼のような筋肉がさらけ出される。理想的な盛り上がりに、思わずそっと手を伸ばす。脈打つ肌は温かく滑らかだ。極上の手触り。

筋繊維の一本一本が、脈打つような錯覚に捕らわれる。息づいた意思があるかのように感じられる。何よりフォルムの美しさに声も出ない。


ああこれが100点の筋肉かと実感した瞬間、エリイシャは盛大な鼻血を吹いた。ドバッと鮮血が飛び散る。


「エリイシャ?!」


夫の慌てふためく声を聞きながら、あっさりと意識を手放したのだった。

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