閑話 夫の苦悩①(アイガン視点)
「なあに、幸せを噛みしめてんだよ、羨ましいな…って、お前、なんか落ち込んでる?」
城へと入り、与えられた騎士団団長の部屋の机に落ち着いて、深々とため息を吐いた途端、荒々しく入り込んできたヴィレがにやにや笑いを引っ込めて、不思議そうに首を傾げた。
騎士団副団長で親友でもあるヴィレは自分ほどではないが、巨躯の持ち主で、二人が並ぶと暑苦しいともっぱらの噂だが、顔立ちは整っているのでご婦人方の評判はすこぶるいい。あちこちで浮名を流している色男でもある。一方、アイガンは巌のようなという表現がぴったりの顔立ちで、甘さの要素など微塵もない。猛獣を思わせる金の瞳は鋭く、その上表情を動かすのが苦手で、口もうまくないためたいていの女子供には逃げられる。
「あれ鉄仮面夫婦どうしでうまく行ってるんじゃないのか、新婚さん」
自分たち夫婦の表情がほとんど変わらないことから鉄仮面夫婦だなんてからかう声も多いことは知っているが、そんな重いものを被った覚えはない。可憐な妻にはなおさらだ。
アイガンが一目ぼれした妻は、自分以上に表情がない女性だ。女性にしては高い身長に、太陽を溶かし込んだかのような黄金の髪にサファイア・ブルーの瞳を持つ優れた美貌の持ち主だが、氷の美女、鉄面皮の女と陰口をたたかれていたのは知っている。だが、彼女は顔の筋肉が動かないだけで、瞳は感情豊かに語ってくれる。溢れんばかりの熱情を秘めたサファイア・ブルーの瞳を覗き込むだけで、理想の鎧に巡り合えたような感動を覚えるのだ。
彼女と婚約した頃はそれで満足していたのだが、最近はそれだけでは物足りなくなっていた。
贅沢になってしまったのだ、と己を戒めるが、ひどく落ち込んでしまうのも事実だった。
「俺は本当に愛してるんだ…どうしようもなく好きなんだぞ…」
「うん、お前が思いつめてるのはわかったけど。それに言葉足らずなのも知ってるけど。部屋に二人きりでそんな言葉を吐かれた俺の身にもなってくれ!」
団長室は二人きりだ。扉の外には部下が控えており、彼らがこぞって聞き耳をたてていることもアイガンは気づいている。やはり団長は偽装結婚だったのだと噂されても構わない。今はそれどろではないのだ。
「抱きしめたい、いやむしろ抱きしめてほしい。嫌わないでくれ…」
「お前、俺の話聞いてた?!」
外では部下たちが団長と副団長の痴情のもつれだのと騒いでいるが、むろん今のアイガンにはまったく興味はない。
「どうして触れてもくれないんだ…」
自分が女性受けしないことは知っている。むしろ横に立つだけで恐怖の対象だろう。自分が、傍にいて顔色が悪くならなかった異性はエリイシャが初めてで、まともな会話ができたのも彼女だけだった。
ヴィレにも手伝ってもらって、なんとか彼女と結婚できた。出会いからの1年間は浮かれていて深くも考えずあっという間に過ぎた。
だが、結婚して一月。
朝は送り出され、家に帰れば出迎えてくれる。食事も一緒にとるし、なんなら毎夜体もつなげている。夢のような生活だ。思い描いていた理想の日常、だからこそ、アイガンは気づいた。気づいてしまったのだ。
彼女は決して自分に触れない、ということに。
キスをするのも、体に触れるのも自分ばかりだ。抱きしめても、決して彼女の手は自分に触れない。
夜の営みの最中ですら、彼女の両手は枕やシーツを握りしめている。挙句の果てには、アイガンは決して脱がしてもらえない。彼女のすべらかな肌を、裸身で堪能したいと思うのだが、毎回必ず服を脱ぐなと懇願されるのだ。
「俺は脱ぎたいんだ、そうして全身でお前を感じさせてほしい」
「ちょ、待て、お前! ほんと、誤解を与えるから、ちょっと黙ってくんないかな?!!」
真っ青になったヴィレにアイガンは縋るような瞳を向けて、ここにはいない最愛の妻に向けて懇願し続けるのだった。
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