第4話 鳥は鳴かぬ

「奥さま、お手紙が届いております」


そろそろ昼食の時間になると思い、エリイシャが物置部屋から出てくると、執事のハンプと出会った。

手には手紙の束を持っており、そのうちの一通を差し出してくる。


「あら、誰からかしら」

「グレン=エバーソンさまとありますが」

「グレンから?」


グレンはエリイシャの父方の従兄弟にあたる。自分と同じ22歳で、家を出て商人のようなことをしているが、基本的には未亡人や男爵夫人を相手にヒモのような生活をしている男だ。線が細く中性的な顔立ちなのでモテると本人は豪語していた。もちろん自分の好みから大きく外れる従兄弟に興味は全くない。

だが同じ年ということもあり、何かと顔を合わせることもある。腐れ縁だ。


「今さらなにかしら」


エリイシャの父は社交界で鉄面皮と呼ばれて評判の良くない娘がせめて気苦労なく嫁げるようにと、最初は顔馴染みのあるグレンに結婚の打診をしたのだが、すげなく断られた。むしろ放蕩息子であるグレンの両親からそれとなく持ち出された話でもあったのだが、彼自身が破談にさせたのだ。

その後アイガンから結婚の申し込みがあり、筋肉大好きなエリイシャは二つ返事で受け入れたのだが、それが半年前の話になる。すでに結婚式も終わり、こうしてバナード伯爵家で暮らし始めて一月になるというのに、手紙を送ってくるなど何の用があるのか見当もつかない。


「これを読んでから食堂に向かうとお義母さまに伝えて」

「かしこまりました」


ハンプに告げて、エリイシャは自室に向かうのだった。


#####



手紙の封をペーパーナイフで開けると、中から指輪が一つ出てきた。

大きなエメラルドがついた黒い台座の重厚なデザインの指輪だ。台座の裏には見慣れないどこかの紋章が入っている。双頭の鷲が羽を広げたような図柄だ。


年代物のようだが、なぜ送り付けてくるのか見当もつかない。


「いったいなんなの」


手紙を開くと従兄弟らしい流麗な文字が躍っているが、内容を読んでエリイシャはふるふると震えた。


手紙の内容は以下の通りだ。


『親愛なるエリイシャ。

僕は今、隣国のアウゼント王国で仕事をしています。君が僕に振られたあと、大層恐ろしいと評判の騎士団団長のもとへ嫁ぐことが決まったと聞きました。僕のような優しい男が好きな君がそんな男のもとへ行くことを了承するだなんて、きっと失恋のショックでおかしくなってしまったのだろうね。

僕はどうしても仕事が忙しくて君とは結婚できないけれど、そのせいで君が不幸になるだなんて許せるはずもない。

指輪を同封したので、ぜひともこれで僕を思い出して慰めて欲しい。

君の愛するグレンより』


グレンは世界中の女性は自分に惚れていると思い込むほどの、自惚れやだ。エリイシャの表情筋が死んでいても君の気持ちはわかっていると嘯く勘違い男でもある。


そもそも父も彼から話を聞いて、そんなに娘が望むのならと結婚の打診をしたのだが、エリイシャにはそんな気持ちは微塵もない。筋肉好きは心に秘めている大切な秘密なので親友以外には誰にも言ったことはない。そのため父も知らないのだが、とにかくグレンとの結婚がなくなったことは喜ばしいことであり、未練どころか気持ちなど少しもない。グレンの両親には悪いが自分の手に負える男ではないし、なぜ自分の人生を捧げなければならないのかも納得できない。

いい娘が見つかることを心から願うばかりである。


そもそも人の素晴らしい夫を批判するとはどういうことだ。エリイシャは力説したい。あの見上げるような大きな体を支えている筋肉が震えるさまがどれほど美しいのか。できれば、筋繊維を一本一本辿って行って、体中を撫でまわしたいと渇望しているのに。いや、むしろあの凛々しい筋肉の細胞レベルまで感謝を捧げ、口づけたい。

だが愛してもいない妻に、そんなことをされればたいていの男は逃げていくと唯一の親友から言われているので、絶対に隠し通さなければならないのだが。

こんな素敵な夫に逃げられるだなんて、それこそ狂ってしまうに違いない。


愛がない妻は自分の役割に徹して許された領分からはみ出してはならない。

だがらこそ朝活は夫には秘密で、いっそ変態のレベルに達している筋肉好きも隠さなければならない。愛しい夫をこれ以上煩わせないように。


引いては、アイガンの真の想い人が誰か知られないようにするために。


手紙はなかったことにして、従兄弟に会う機会があればその時に指輪も返そう。そう決意して、机の引き出しの中に手紙をしまうと、エリイシャは食堂へと向かうのだった。

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