第3話 葉は枯れて


「行ってらっしゃいませ」


伯爵家に仕える使用人一同と義母と一緒に大柄な体躯の夫を見送る。騎士の団員服に身を包んだ彼はますます精悍さに磨きがかかるがエリイシャはおくびも出さずに見送る。もちろん自分の表情筋は仕事をしないので、口を開かなければ心の内が漏れることはないのだが。


アイガンは大きく頷くと、そのまま馬に跨って、屋敷の庭を出て行った。

彼は騎士団団長の任についているので、城へと毎朝出勤していく。それを見送るのは妻の務めだ。


完全に夫の姿が見えなくなると、義母であるマイヤがエリイシャを見つめた。金色の髪は手入れが行き届いて艶やかに結い上げている。青い瞳は澄んだ色だが、いつも自分に向けられる時は困惑げに映る。


「エリイシャさんは、今日は何をして過ごすのかしら?」

「特に用事がなければ、また物置部屋の整理をさせていただきたいと考えております。午後は友人のところにお手伝いに行きますね」

「あら、あなた本当に片づけるのがお好きなのね。では、また昼食の時間に会いましょう」


マイヤが目を瞬かせて、そのまま自室へと引き上げていくのを見送って、エリイシャは毎朝通っている二階の物置部屋へと足を向けた。


二階へあがって右手に曲がり、更に角をまがった突き当たりにある部屋だ。広さは二間ぶんほどある。

最初に案内されたときは物置部屋としか紹介されなかったが、よくよく見てみると歴代のバナード伯爵家の当主の想い出の品々が置かれていることがわかる。


例えば、左手の棚に置かれたのは第3代バナード伯爵家当主ガルゼンが戦で実際に使用した胸当てだ。大きさからかなりの大胸筋の持ち主だと推測できる。その右には初代バナード伯爵デリアが我が国ギルモンドラに流れ着いた時に佩いていた長剣が立てかけてある。重厚でエリイシャが一人で持ち上げるのにかなり苦労した。彼は隣国アウゼント王国の出身であるらしく刀身にはあちらの国の文字が彫られていた。装飾品も異国風だ。

その下に置いてある箱の中には何枚かの着替えが入っている。ズボンもシャツもサイズが小さい子供用ではあるものの立派な筋肉を思わせる布の面積を誇る。想像するだけで興奮してくるというものだ。


エリイシャはこの物置部屋にこもって、代々の当主たちが残した品を年代順に並び変えて目録を作っているのだった。こんなお宝の山をむざむざ放置することなど、筋肉大好きな自分にできるわけがない。歴代のバナード家当主たちは揃いも揃って恵まれた体形をしていたようだ。肖像画を見せてもらったこともあるので、どれほどの大きさかもわかっているが、実際の品を見ると興奮もひとしおだ。


部屋の中央に置かれた机に年表を開いて、家系図と比べていく。何代前の何かをひたすら記録していくのだ。


時々アイガンの物らしき剣や籠手が出てきては壁に設えてある棚の中でも一番目立つ場所に並べる。

数々の品の中でも夫が使ったものであれば別格だ。神々しさすら感じさせるのは、さすがはアイガンといったところだろうか。


惚れた弱みかもしれないが、エリイシャは自分の夫となった男の筋肉は世界一だと思っている。そもそも彼に一目ぼれした理由もその見事な筋肉だったのだから、別格なのは言うまでもない。


ここにあるのはいうなれば、彼の筋肉の歴史だ。ロマンを感じる。


こうして穏やかな午前を物置部屋でエリイシャは優雅に過ごすのだった。

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