第16話 お前を虜にしたのだ、と

案内されたのは街外れにある宿屋の一室だった。一体アイガンは何の任務でこんなところに運び込まれたのだろうか。ちらりと不思議に思ったが、彼の怪我の具合を確認するほうが先だ。


男に言われるがままに部屋へと飛び込む。


「アイガンさま、ご無事ですか?!」


踏むこんだ部屋で、まず目に入ったのは愛すべき赤褐色の髪ではなく、自分と同じ金色の髪の中性的な顔立ちをした青年だ。


「グレン?!」


隣国にいる筈の従兄弟のグレン=エバーソンだ。ややくたびれた様子で、彼の自慢の美貌もくすんで見える。

だが、いつもと同じような人好きのする笑みを浮かべた。


「やあ、エリイシャ。久しぶりだね。思ったよりも元気そうでよかった」

「どういうこと、アイガンさまはどちらにいらっしゃるの?」


キョロキョロと部屋を見回せば、グレンの向かいに座った二十代くらいの男と、エリイシャの後ろからこの部屋に案内した若い男が立っている。

見知らぬ男たちばかりで肝心の愛しのアイガンの姿はどこにもない。


「あんな恐ろしい団長さまはここにはいないよ。君を助けてあげたくてこうして迎えに来たんだ」

「つまり、アイガンさまの怪我は嘘ということ?」

「さあ、団長のことは知らないな。殺しても死なないような男だし、無事なんじゃないか」


思わずエリイシャはその場にへなへなと座り込んでしまった。

たとえ彼が両想いになったとしても、エリイシャの気持ちは変わらない。彼を愛しているのだ。それに子供を産んであげられるのは自分だけだ。

ならば、もうそれだけで満足な気がする。

彼が元気でその筋肉を輝かせてくれるのであれば、本望だ。

最初は家格が釣り合わないと諦めていた恋だ。いつの間にか欲張りになっていたのだろう。


初心に還るような気持ちになった。それはとても心を落ち着けた。気持ちの悪さも治まっているようだ。

彼がもし離婚を考えているのなら、応じよう。

なんとか子供だけは産んであげて、預ければいい。それさえも苦痛だというのなら、一緒に義父を説得してもいい。アイガンの負担にだけはなりたくない。


彼は自分を助けてくれた。

無表情で、可愛げのかけらもない、社交が大切な貴族女性としては欠陥としか言えない自分を認めて、受け入れて、結婚までしてくれた。

そんな恩人の役に立ちたいと思ったけれど、重荷になりたいわけではない。


ただ、あの愛してやまない筋肉が輝き続けるのなら、自分のことは二の次だ。


安堵の息を吐いたエリイシャの手を取って、グレンはそのまま椅子へと座らせてくれた。


「アイツがいないから安心した? 心配しなくても彼が追ってくることはないから、気を楽にしてくれていい」

「なに、何の話なの?」


グレンが傍らに座って優しく声をかけてくれるが、エリイシャには意味が一つもわからない。

従兄弟の胡散臭い笑顔に警戒心が沸き上がる。


「君をずいぶんと待たせてしまった挙げ句に望まない結婚まで強いて怒ってるんだろう。だけど、こうして僕は戻ってきたんだ。だから、僕と結婚してくれるね」


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