第15話 叫ぶ言葉は
フラフラとした足取りでエリイシャは通りを進む。正直、診療所からどうやってここまで出て来たのか覚えていない。
ガデルが蒼白になりながら、しきりに謝っていたがほとんど上の空で聞き流していた。なんだか気持ちも悪くなってきた。頭も痛い気がする。
体調がすぐれないから早めに帰らせてもらうわ、と告げたような気がする。
実際、目の前はぐるぐるするのだ。
貧血かもしれないから少し休んでと懇願する親友に、無表情だから顔色が悪く映るのだとかよくわからない言い訳をして逃げるように出てきてしまった朧げな記憶はある。
体の関係だとガデルは言う。
夜の夫を思い出して、ボンと顔が火を吹いたように熱くなる。けれど、それを逞しい二人の男たちの姿に置き換えてすっと青ざめた。
まさかアイガンの片想いが実は叶っていただなんて。
つまり、彼の気鬱はいつ自分と離婚話をしようか悩んでいたということだろうか。
確かに休日返上で仕事に取り組んでいる。毎日職場に行くのだから、浮気をするにはもってこいだ。なんせ相手も同じ騎士でしかも副団長だ。そりゃ、家にいるよりも仕事に行く方がいいに決まっている。休みなく働くのも当然だ。
「お仕事を頑張ってくれていると思っていたのよ…」
長年の彼の想いが報われたことは喜ばしい、はずだ。けれど、自分は少しもその境地に辿り着けそうにない。祝福しなければならないはずなのに、激しい悲しみが心を覆う。
アイガンが長年、誇りをもって仕事に打ち込んできたことを知っている。それなのに、想い人に会うためにせっせと通っていたのかと思うと自分の滑稽さに乾いた笑いがこみ上げる。
アイガンに血の繋がった子供を産んであげる。使命のように刷り込んでいたはずなのに、女である優位性など欠片も湧いてこなかった。
ふっとエリイシャに影が差したのはそんな時だ。
「エリイシャ=バナード伯爵夫人?」
「ええ、そうですけれど」
きりっとした騎士の服装に身を包んだ若い男が、表情を曇らせて口早に告げた。
「団長が任務中に大怪我をされまして、奥さまの名を呼んでおられます。ですので、こうしてお迎えにあがりました。一緒に来ていただけますか」
「ええ?! 旦那さまが、大変だわ。もちろん、ご一緒させてください!」
「近くに馬車がありますので、こちらへどうぞ」
「わかりました」
突然の情報に、先ほどまでの悩みなどすぐに吹き飛んだ。
やはりアイガンの筋肉を守るのは自分に課せられた使命だ。
男に案内されて簡素な馬車に乗り込んだ。
男が自身の名前どころかエリイシャの名前以外口にしなかったことなど少しも気付かなかったのだった。
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