第14話 死人のように蒼褪めて
朝からエリイシャはガデルの診療所に顔を出している。結局今日も手伝いにやってきてしまった。
けが人が立て続けに出たことで、その経過を見るためだ。
やって来た患者が診察を待っている間に、エリイシャは包帯の巻き方や添え木の固定の仕方を丁寧に教えていく。時には痛みが和らぐ筋肉の伸ばし方やマッサージを丁寧に施す。
バタバタしている間に午前はあっという間に終わった。
ひと段落した折に、ふとガデルが言いにくそうに口を開いた。
「そういえば、キミさ、旦那さんとはうまく行ってるんだよね?」
ガデルが憐れみのような視線を向けてきたが、心当たりのないエリイシャはこくんと素直に頷く。
「うまくいくっていうのがどれを指すのかはわからないけれど、仲良くしているのかと言われれば良好な関係を築けているし、私の趣味嗜好がばれる心配もないわよ」
「だよね。なら、何かの間違いか。噂はあまり当てにならないし…ああ、でもキミの旦那さんって相変わらず、休日はないのか?」
「そうね。ここふた月くらい毎日お仕事だわ。アイガンさまがどうかされた?」
普通は5日働いて2日くらい休みがもらえるはずだが、アイガンほどの立場になると休み返上で出勤しなければならないらしい。
結婚した当初は確か3日ほど休みをもらってくれた。
一日目に結婚式で初夜を済ませた次の日は一日寝かせてくれて、その次は山歩きをした。それで休みは終わりだった。その次の日からずっと休みなく彼は働いているのだ。
「ううーん、私も当事者たちから聞いたわけではないからね。噂というものはキミの件も含めて面白い方に吹聴されるものだから」
「噂があるの?」
「まあ、騎士という職業柄、そういう系統は多いとは聞くけれど、キミの旦那さまとその想い人には当てはまらないと思うんだけど。まさか、念願叶ったとか言わないだろうし。夜どころか、朝もお盛んな筈だしな…あの花、朝食に混ぜているんだろ?」
「ええ。朝早くに摘んでから萎れる前に食べたほうが効果があると思って。でも最近、朝がなかなか起きれなくて…日中も眠たくなるのよね…やっぱり朝じゃないとダメなのでしょう?」
「そうだね、花開いてすぐが一番高価が高いし即効性だと思うよ。だから、やっぱりあの噂は違うんと思うんだけれど、どうしてそんな話になったかは気になるところだね」
「結局、どういう話なのかさっぱりわからないのだけれど」
「家に帰って旦那さまに副団長との仲を聞いてみるといいんじゃないかな」
「どうしてアイガンさまの想い人との仲を聞かなければならないの?!」
彼が秘かに親友でもある副団長ヴィレ=ダルバレルを想っているというのは周知の事実だ。
女好きで数々の浮名を流しているヴィレが団長の一途な想いに応える筈もなくこのまま終わる恋だともっぱら囁かれている。
まだエリイシャがアイガンと結婚する前に、何度か街や夜会で話したことがある。朗らかな微笑みを絶やさない騎士然とした姿は確かにご令嬢方が騒ぐだけのことはある。思わずアイガンは男の趣味がいいのだなと感心したほどだ。
グレンのような軽薄さはなく、清潔感のある穏やかな顔立ちに彼も見蕩れたのだろう。
生憎と理想の筋肉に出会えたエリイシャには80点の筋肉に出会えても微塵も心が浮き足立たなかったが。
当たり障りのない会話から入って好きな物の話など自然と会話になるあたり相当な話上手であることは否めない。
表情の動かないエリイシャとの会話など大半が苦痛がるというのに、そんな様子をおくびにも出さない。
ただ、彼と話し終えてしばらくすると必ずアイガンが現れるのだ。いくら鈍感で時勢や噂に疎い自分でもさすがに気がつく。彼の想いは本物だ、と。
その後、全て承知でアイガンと結婚したが、それすらカモフラージュだのなんだのと言われ鉄仮面夫婦だと噂されているのだ。
不甲斐ない己にうちひしがれる。アイガンが噂されないように防波堤になることもできないのだから。
ならばこそ、生物学的に女である自分は子供を産んでアイガンを楽にしてあげたいと熱望するのだが。
「だって二人が執務室で体の関係にあるだなんて可笑しな噂が広まっていれば、キミの親友たる私でもさすがに気になるんだよ」
ガデルが衝撃の噂話を暴露するのだった。
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