第8話 まるで恋するように

夜会に出るとアイガンが声をかけてきてくれるようになった。


エリイシャはガデルや従兄弟のグレンと出席している夜会だが、彼らは自分を置いて挨拶周りにいってしまう。愛想笑いすら満足にできないエリイシャにパートナーは務まらないからだ。それでも連れてきてほしいと頼むのは自分からだった。

アイガンとの接点など警備中の姿くらいしか眺められない。

もちろんグレンはエリイシャの想いは知らないのでそんなに必死に連れてきてほしいと頼まれても、君の想いには応えられないよなどと賜れるのだがあっさり聞き流す。


そうして壁の花として寄りかかってアイガンを眺めていると、こちらに近づいてくるのだ。

彼はその後誘われるようなことはなかったかと、必ず確認してくる。仕事熱心な彼は一度護っただけの対象にすら心を砕かずにはいられないらしい。

それでも近くにいれば嬉しいし、話せることは喜びだ。


ただ、近くにある理想の筋肉がエリイシャを誘惑するのを、必死で目を逸らさなければならない点が辛いといえば辛い。結果的に他の筋肉に目がいかないようにアイガンの金の瞳をしっかりと見つめて固定したまま話さなければならない。不躾な女だと思われていないかどうかが心配だ。


一方で、夜会で鼻血を吹くような流血騒ぎだけは遠慮したいと心から願う。

やはり、アイガンの瞳を凝視してしまうのだった。


だが、アイガンとの接点は夜会だけにとどまらず、街でも偶然会うこともあった。その時もやはり彼は変な男に声をかけられていないか心配してくれた。

過保護な騎士を微笑ましく思う。純粋に心配してくれるのは嬉しい。自分の表情筋は相変わらず働かないので、彼にこの恋心を悟られないことが救いだ。


そんな時に従兄弟に結婚の打診をしていると、父から話があったのだ。断りたかったが、従兄弟は隣国にいるため返事に時間がかかっていると言われた。

断りの連絡が来るように祈った三か月は長かった。

グレンの家から待ち望んだ連絡が来た時は、ガデルの診療所に押しかけて泣いて喜んだほどだ。

興奮しっぱなしの自分を宥めるのに苦労したとガデルは見送りながらぼやいたほどだ。

けれど、すぐにエリイシャはガデルの診療所に押しかけることになる。しかも、さらに興奮して。


なぜなら、アイガンから結婚の打診が届いたと父から知らされたからだ。


「何で彼からキミにそんな申し込みが来るんだ?」


診療所の診察室で心底不思議そうなガデルにエリイシャは満面の笑みで告げる。


「もちろん、跡継ぎを産むためよ」

「はあ?」

「アイガンさまは元バナード伯爵さまからだいぶ結婚を迫られているそうよ。国王陛下からも勧められていたもの。とうとう追い詰められてしまったのではないかしら。彼の想い人は相変わらずつれない態度だし…」

「はあ? 別に好きな人がいるのにキミと結婚するだって?」

「だって子供が産めるのは生物学的に女なのだもの。彼の想い人にはできないことだわ。それにアイガンさまも片想いだし」

「それってまさか、噂されてる相手か?」

「そうみたい。よく街で会ったんだけれど彼が話しかけてきた後に必ずアイガンさまに会うのだもの。きっとアイガンさまは休日の想い人の後を付けているのだわ」

「人の趣味思考はよくわからないな…キミはそれでいいのか」

「もちろんよ。世界一ステキな筋肉に寄り添えるだなんて幸せだわ。そもそも家格も釣り合わなくて諦めていた恋なのだから、夢のような話なのよ」


嘘偽りのないエリイシャの感情をキッパリ告げれば、ガデルが肩を竦めた。


「キミは頑固だから何を言っても聞かないだろうけど。私としては納得できない。家格が劣るってことは蔑ろにされるかもしれないんだぞ。もっと釣り合う普通の令嬢でいいだろうに」

「そうね、でも私に申し込んでくれたのは、普通に会話ができるからではないかしら。だってアイガンさまの周りの淑女の方々は倒れる、逃げる、真っ青になるのいずれかでしょう? 家格を下げでもしないと相手がいないと考えられたのよ」

「確かに、そうなるとキミほどの適任はいないだろうが…」

「それにアイガンさまは優しいから、絡まれていたところを助けた責任感のようなものが芽生えたのかもしれないわ。それなら私はこの好機に全力で乗りかかって楽しもうと思うの」

「さすが私の親友は逞しいね」


エリイシャが語れば、渋々親友は祝福してくれた。


そうしてエリイシャはアイガンの妻になったのだった。

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