雨とドラゴン

水波形

雨とドラゴン

今は夜ではないか。

分厚い雲で覆われた空はそう思うような暗さだった。

私は雨が降る前にと、学校から急ぎ足で帰宅中であった。

帰宅部なので現在は15時過ぎ。まごうことなく午後なのだ。

もう少しで家、という手前の小さな公園でふと視界が揺らぐ。

目眩か?と思いきや、ふわりと香る土と草の独特な香り。

この匂いがするときはだいたい雨が降る。


「……よし、今度こそ――」


か細い声が聞こえたので公園の方を見ると、隅っこに変な生き物がいた。


「ドラゴン?」


「――えいっ!!……え?」


一瞬視界がゆらんだのはあの小さなぬいぐるみサイズのドラゴンと比喩できる姿の生物のせいだろう。

そしてこちらを振り向いたそのドラゴンと目が合う。

刹那。

ざーっと、雨が振り始めた。


………………………

………………

………


雨の中突っ立っているわけにもいかず、ドラゴンを連れて家に帰る。

タオルを渡して雨で濡れた体を拭かせている間に、自分も濡れた服を着替えた。


「あなたは何故ボクのことが見えるの?」


脱衣所で服を着替え、飲み物を用意していると後ろからドラゴンが話しかけてくる。


「見えるのはおかしいのかしら?」


「……だって、もうこの世界にはそういった信仰はないって聞いたから」


「そうね。時代は移り変わる。信仰よりも科学、感情より理屈。アナクロめいた思考は淘汰される。」


一人暮らしの1Kアパート、六畳一間の真ん中に置かれたテーブルの上に温かいお茶を置く。


「でもね、理屈では見えない世界がココにはある」


カップを使えるかどうかわからない、しかも飲むかどうかもわからないがドラゴンの前にもお茶を置く。

畳に敷かれた座布団に座り、ゆっくりと一口お茶を飲む。

冬も間近いこの季節に雨に当たり、流石に体が冷えていた。


「私は魔法使い……ううん、魔女の末裔なの」


その言葉を聞くとドラゴンは目を見開く。

私は言葉を続ける。


「では、次は私からの質問の番。あなたはどんな存在なの?」


ヨハネの黙示録では悪、七つの大罪の憤怒と言った負のイメージ。

はたまた大地の精と称されたり、ピラトゥス山の竜伝承には竜が遭難者を助けたという良い伝承も残っている。

ドラゴンというものはその時々によって印象が変わるのだ。


「ボクは……年齢や魔力的にはドラゴネットに位置されるんだ」


ドラゴネット……小さい竜や竜の子を指す呼称だ。


「ボクは雨を司る龍、いわゆる『龗(うかみ)』を表す龍なんだ」


「雨……だからあなたが公園で魔力のようなものを発した後、雨が降り始めたのね?」


「うん!久々に成功したんだ!」


雨は空の水蒸気の飽和により降る。

しかし、このように神やそれに近しいものによって降らされることもある。


「でもボクはまだ……魔力も弱い半人前だからあまりうまく雨を操れなくて……」


しょんぼりと顔を落とすドラゴン。


「あなたは誰かにその雨を降らせる方法を教えてはもらえなかったのかしら?」


私の問に、更に顔を曇らせながら答えてくれる。


「ボクの親は……雨を降らせる神として祀られてたんだけど……殺されたんだ」


「…………」


「誰かのために雨を降らせれば、誰かのためにならなくなる。

それでも少しでも土地を、山を、自然を良くしようと人間や自然の声を聞き助けていたんだ。

けれど人間は欲が深くて…………」


「自分の思い通りにならないのであれば殺す、か」


ドラゴンはコクリと頷いた。


「あなたはこれからどうするの?」


「え?今まで通り毎日雨を降らせる練習をするよ?」


その言葉を聞き、自然と笑みがこぼれた。


「だったら……私と契約して、私の使い魔にならない?」


「――え?」


「私の使い魔になれば私の魔力を使い、もっと練習できる。私もあなたの力を借りれる。win-winな関係でしょ?」


「な、何を企んでるの!?」


ドラゴンは少し身構える。

そりゃそうだ。親を人間に殺されているのだ。

人間をそう簡単に信用できるわけがない。

しかし私はただの人間ではない。


「私は魔女。つまり魔女狩りによって人間に両親を殺されたのよ。」


その言葉にドラゴンは驚いた表情をする。


「私は当時、魔力が少なく殺されずに済んだ。それからずっと努力して魔法を使えうようになった」


ドラゴンは驚いているだろう。

現代でいう私の見た目は高校生だ。

しかし魔女狩りがあったのは16世紀後半から17世紀にかけて。

人ならとっくに死んでいる。


「私は魔法の修行中に魔物に襲われた。防御を試みたのだけれどやられてしまった」


ニヤリと笑ってしまう。


「でもね、気がついたら私は無傷だった。防御魔法が暴走したみたい。以後私は年を取らなくなってしまった。」


立ち上がり台所に行き、包丁を取り出す。


「な、何を……」


困惑するドラゴンを目の前に、私は包丁を自分の腹部に突き立てる


「ひっ――」


ドラゴンが息を呑む。

喉からこみ上げてくる血液が、唇を押しのけて外に飛び散る。


「っ……!」


包丁を引き抜いて台所に下げる。


「……そしてこの通り」


ぺろりと、口についた血液を舐め取る。


「死ねなくなった」


服をめくってお腹をドラゴンに見せる。


「なんっ……で……」


傷はすっかり消え、健康そうな血色の皮膚がそこにはある。


「私には3つの呪いがある。

1つ目はこれ以上年を取らないこと。

2つ目は今見せたとおり死なないこと。

3つ目は魔力をある程度放出しないと魔力が暴発すること。」


「ぼ、暴発……?」


「大体は広範囲に魔力が具現化し拡散され、あたりが焼け野原になるわね。」


最初の頃一度だけあった。

この体になった後、気が付かずに魔力がどんどん溜まっていき、自分のキャパシティが超えたときに暴発したのだ。


「体の内から魔力が破裂するんだけど、この驚異の再生能力でもとに戻ってしまう。

激痛と苦痛が凄まじいのよ。だから極力私は魔力を使うようにしている。」


内臓や皮膚を引き裂かれたまま意識が残る。

なんとひどい拷問だろう。


「だからあなたが使い魔になってくれれば無理に魔力を使わなくても済むわけ。

あなたはあなたで私の魔力を使えるから、雨をもっとうまく扱えるようになれる」


「う、うん……でも……」


「そうね、では、

契約はいつでも解消できる。ただしお互いに同数の令を叶えていない場合はできない。

というのはどう?」


「えっと……」


「例えばあなたが私の魔力を使うことを願う。それに応え私が魔力を渡すと、私があなたの願いを1つ叶えたことになる。

この状態だと契約は解消できない。もしあなたが私の願いを1つ叶えてくれたら、お互いに一つずつ願いを叶えたことになるので、

契約は解消できるようになる。

これならwin-winでしょ?」


「……わかった」


「では契約よ」


契約用の魔法陣が部屋を覆う。


「Vou fazer de você meu manobrista.

Este contrato pode ser cancelado a qualquer momento.

No entanto, se os desejos de ambas as partes não forem equilibrados, não poderão ser resolvidos enquanto não forem equilibrados.」


呪文を唱えると、私は手に、ドラゴンは胸のあたりに契約の紋章が刻まれた。

これで契約は成立。


「これであなたは私の魔力を使えるわ。試しに雨を操ってみる?」


「うん!」


空は依然として厚い雲で覆われているが、雨はいつの間にかやんでいた。

ドラゴンは私の膝の上に座る。

グラリと血の気が引く感じがくる。魔力を吸われているのだ。


「causa chuva forte.」


ドラゴンが呪を唱える。

次の瞬間、どざぁと、激しく瓦を叩きつけるように雨が降り出した。

forteというだけのことはある。


「やったよお姉さん!イメージ通りの雨だ!」


「頑張ったね」


嬉しそうにこちらを見るドラゴンを優しくなでてあげる。

しばらく雨を眺めていると寝息が聞こえ始める。

ドラゴンが寝てしまったのだ。

座布団の上にドラゴンを移し毛布をかけてあげ、私は晩御飯の準備を始めた。


………………………

………………

………


それからしばらく晴れが続いた。

ドラゴンは自由奔放に生活をしている。

使い魔として契約したので、いつでもコンタクトをとることができるが別に用事があるわけではないので自由にしてもらっているのだ。

学校から家に帰るとドラゴンが座布団の上に座って待っていた。


「お姉さん!今日、雨降らせるよ!」


「あら、唐突ね。どうしたのかしら?」


「今日ね、山の木の精が雨がほしいって言ってたんだ!だから降らすよ!」


「良いじゃない。やりましょうか。」


「うん!」


私は座布団を出し、その上に座る。

ドラゴンは私の膝の上に座った。


「あら……?あなた、ちょっと大きくなった?」


「ほんと!?」


以前は感じなかったずしりとした重みが感じられるようになった。

魔力が増え成長したのだろう。


「ほんとよ。良かったじゃない」


「うん!」


そういうやり取りをし、雨を降らせる。

今日は普通の雨だった。

そして何度かこういった日を繰り返した。

ドラゴンの体は日に日に大きくなっていく。

そろそろ部屋に入ることはできなくなるだろう。

そして、そんな日がやってきた。


「お姉さん」


授業中、頭の中で声が響く。

いわゆる念波だ。


「どうかしたの?」


こちらも念波を送る。


「お家に入れなくっちゃった」


「わかった、お外で待っていてね。近くの山が良いかしらね」


ニヤリとほくそ笑む。

とうとうこの日がやってきたのだ。


「すいません先生、体調が悪く早退させてください」


手を上げ教師の許可を取り学校を出る。

そのまま家の近くの山に入っていく。

奥の方に進んでいくと私を呼ぶ声がした。


「あ、お姉さん!」


「ほんと、急に大きくなったのね」


そこにはファンタジー漫画などによく出てくる姿の龍がしっぽを振りながら待っていた。


「うん!お姉さんのおかげだよ!」


「そう、良かったわ」


「今日も雨を降らせようと思うんだ!」


「良いわ。でも一つお願いがあるの。」


「え?なぁに?」


「魔女狩りが行われた地域にやまない雨を降らせたい」


「そ、それは……」


「そして私とその場所に来てほしいの」


「……お姉さん、本気なんだね」


「ええ。何百年と私は我慢してきた。こういった勝機をずっと待っていた。」


おそらく私の顔は醜く歪んだ笑みを浮かべているのだろう。

それでもドラゴンは私を信じてくれている。


「いいよ。手伝ってあげる」


「ありがとう。じゃあ、始めさせてもらうね」


ドラゴンに手を置く。魔力が吸い出されていく。


「――復讐を。」



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雨とドラゴン 水波形 @suihakei

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