お花摘み
陽がもうすぐ落ちるだろう黄昏時の森の中は薄暗く、生物のいないそこは完全に鳴りを潜めていた。
そんな森の中にいる私も息を殺して気配も消して、静かにかつ迅速に、目標物に移動していた。
しばらく森の中を疾走するとようやく目標物に到達する。
そこは廃墟と化した教会で、ボロボロの石壁や壁に張り付いた蔦の様子から使われなくなってから相当な年数が経っていると見受けられる。
片方しか残っていない扉に身を隠し、中を覗くとそこには十一人の――ローブを羽織り顔を隠しているいかにも怪しげな――男たちが、こそこそと話し合っていた。
「――で、次のヤマはデカいぞ。なにせ王都だ」
「計画に狂いは?」
「ない。今のところ順調だ」
「六日後、部下が全員動き出す。そうしたら俺たちが一発デカいのをぶち込めば成功だ」
「くくくっ、これで王都も滅びるなぁ」
「ああ、ようやく我らの大望が叶う」
それはテロの計画を進める話だった。
彼らは世界に股をかける犯罪者組織ズラードの、最高幹部たちだ。
今回、王国直属の精鋭諜報部隊の得た情報をもとに、彼らの暗殺を行う。
そう私は王国直属暗殺部隊――通称『花摘み』――の一人だ。
私たち『花摘み』は日常生活の傍ら、命令があればすぐに動き出し、王国に仇なす犯罪者や危険人物の殺害を目的としている王家公認の暗殺者組織だ。『花摘み』は女性のみで構成されており一応男性のみで構成されている『死神』もあるのだがここでは割愛する。
そんな『花摘み』の私は今までに他国の豪商や脱獄したA級犯罪者など、多くの者を殺害してきた。
友達のリーズは私の先輩でノルンは同期である。
彼女らも『花摘み』に所属しており、元奴隷だったり捨て子だったりする。
かく言う私も、王都のスラムに捨てられていたところを師匠に拾われ才能があるとのことで『花摘み』として育てられてきた。田舎から来た、というのは怪しまれないための真っ赤な嘘である。あ、カフェを経営しているのは本当。
閑話休題。
さて、今回はどう殺すか。
数も数だし一人ずついったほうが確実だろう。しかし、話が終わればすぐに解散するかもしれないので、いっきに殺すことにしよう。
なにも殺害方法は暗殺が全てではない。街中だと暗殺が一番だが、こんな人里離れた山奥では暗殺でなくてもいい。つまり派手に殺してもいいのだ。
私はいつものように気配を殺して男の背後に近づく。
刃に毒の塗ってある短剣を取り出し、男の胸を突き刺す。
「ぇ……がはっ」
すぐさま隣の男の首をかき切る。
一瞬で二人が絶命したことに驚いた男たちは、一人を除いて立ち上がり武器を持って警戒する。
しかし、私の姿を捉えていない男たちになすすべなどなく次々に絶命していく。
残り一人、椅子に座ったままの男だ。
背後から短剣を突き刺す。
ガキンッ
(なっ)
姿が見えていないというのに、剣で防がれる。しかもノールックでだ。
それならばとさらに短剣で切りつけていくが、全て剣で防がれる。
そして、大きく薙ぎ払われた剣で私は後ろに飛ばされる。
「はぁ、誰だか知らんがよくも仲間を殺ってくれたなぁ。姿ぐらい現したらどうだ」
はらと男のフードが外れ男の顔があらわになる。
厳つい顔。傷だらけの顔。目は鋭く顔にタトゥーをいれている。
私はその顔に見覚えがあった。
(まさか、S級犯罪者のガリッド!?)
S級犯罪者のガリッド——その男は五年前、王城の一部を爆破し多くの兵士が負傷、または死亡した悲惨な事件を引き起こした張本人である。騎士団が多くの犠牲を払いながらもようやく捕獲したこの男は二年前、世界で一番厳重と呼ばれ脱獄不可能とまで言われた刑務所を警備員にバレることなく脱獄してしまった。それ以降全く足取りをつかめていなかったが、まさかズリードにいたとは。
私は懐から様々な暗器を取り出し方々から投げつける。
「聞く耳無しか、よっと」
剣で弾いたり最小限の動きで避けたりして、男には傷ひとつつかない。
さすがはS級犯罪者だ。戦闘能力は伊達ではない。
私は姿を消したまま攻撃しては退いてを繰り返す。
私は力は弱く一撃必殺がない。なので暗器などを用いることが多いのだが、逆に決め手にかけていた。
一方男は姿の見えない私に勘で攻撃を避けてはいるが攻撃を与えられない。
両者ともに一向に致命傷を与えられないまま時間だけがすぎていく。
そして陽も完全に落ち、山奥のここは暗闇に包まれる。
しかし私は暗殺者。暗闇など慣れている。しかし彼は慣れていないようだ。
今は私が有利。
攻撃の手の数を増やしていく。
徐々に男も攻撃を完全に防ぎきれなくなり男の体や服に傷が増えてきた。
いけるっ
そう思っていたが男も一枚岩ではいかない。
「爆ぜろ!」
何かの魔道具を起動したのかその場が爆発する。
瞬時に身を守ったのでなんとか軽症ですんだものの隠密の魔法が切れてしまう。
「やっと見つけたぜ」
爆発によって燃え移ったのか少しばかり明るくなる。そのため隠密の切れている私を見つけられた。
しかし私は油断をしていた男にとどめを刺すべく接近し、短剣を突き立てる。
「なっ、くそがっ……だが」
ガシッ
男に私の腕を掴まれる。
男の握力は強くギシギシと私の骨が軋む。
「ぐっ、離せっ、このっ」
私は必死に抵抗する。しかし男は私の腕を離すことない。
「なあお前、俺の仲間にならないか?」
「なるわけがないでしょうっ」
「そうか残念だ。それなら――一緒に死のうじゃないか」
「なっ、や、やめっ――」
ドガアアアアアアアアアンンン!!
男は自爆した。
元々、追手に追われた際の緊急時用として持っていたのだろう。
私もすっかり油断をしていて至近距離で爆発を受けてしまう。
王城を破壊した爆発と同程度の爆発によって教会は吹き飛び、後には瓦礫のみが残った。
◇◇◇
「はっ……危ない、死ぬところでした」
私は一瞬の気絶から目を覚ます。
私はとっさに防御の魔法を張って身を守り、掴まれていた右腕の骨が折れ火傷しただけで済んだ。さすがに防御魔法もなしにあの爆発を受ければ即死していただろう。もしものためにと防御魔法を教えてくれた師匠には感謝だ。
「しかし暗殺者が傷を負うとは……あの人たちに笑われますね」
私は二人に笑われることを予期して苦笑う。
私は幹部が全員死亡したことを入念に確認をして任務を終了する。しかしガリッドだけは爆散したのか死体は残っていなかった。
私は痛む左腕を押さえて王都へ帰宅する。
この時の私は、これから起こる王国の変革をまだ知らない。
お花摘みに行ってきます 和泉秋水 @ShutaCarina
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