第2話 箱

どうしても諦めきれないのか、藤崎が最終手段と強引に箱を開け、中身を取り出そうとした。

 蓋に手をかけるのを見て、新也は観念した。

 声を大に叫ぶ。

「問題は箱です!中身じゃなく箱が問題なんですってば」

「え?」

 これには藤崎も虚をつかれたようだった。

「中身……見えるのか、お前」

 新也はしょうがなくと頷く。酔いはとうに醒めてしまっていた。

 とにかくと、座席に座り直す。箱をできるだけ遠ざけてもらいながら、新也は話しだした。

「中身は、黒い茶碗でしょう?釉薬がかけてあって、ちょっとゴツい。高台、ですっけ。下の部分には切れ込みが入っている」

「そうそう。ちょっと味のある黒い抹茶茶碗なんだよ」

 藤崎が語りだした新也と箱を交互に嬉しそうに見る。

「茶碗は多分、ただの茶碗です。使用しても問題ありません。ただ、箱のほうが……中に何かを入れると呪いというか……発動してしまうみたいです」

「つまり?」

「つまり、元の場所に帰ってくる、呪いです」

 へぇ、と藤崎は面白そうに箱を持ち上げた。男の片手にも少し余る大きさだ。ふと嫌な想像をして、新也は身震いした。

「多分、罪人の手首なんかを切り離して収めた……収めようという用途で作られたものじゃないですかね。僕には、その中に茶碗と重なって手が見える」

 それを聞いて流石の藤崎も真剣な顔になった。持ち上げた箱を下ろし、自分の目の前へと置く。暫く何かを考えていたようだが、ふと顔を上げて新也に訊ねた。

「……どうすれば良いと思う?」

「中に、何かを入れてやって燃やせば多分……戻ってこなくなるとは思います」

 新也も背を正した。おそらく、とは思う。

 別に箱自身は悪さをしているつもりはないのだろう。箱の中に入っているモノ。それを持ち主に返す……ただそういう呪い、機能がそなわってしまっているだけだ。

 神妙な気持ちになって藤崎の返事を待つ。

 しかし、藤崎から返ってきたのはなんとも明るい声だった。

「それは良い。中の茶碗をちょうど母が使いたがってるんだ」

「え」

 藤崎はいつものニヤニヤした笑みで、新也を見ろし立ち上がる。

「やっぱり新也に相談してよかった。一段落だ」


 後日、

「きちんと燃えました」

 というメッセージと、中に綿を詰められて燃やされている箱と一緒に、上手に自撮りした写真付きで藤崎からラインをもらい、新也は脱力するのであった。



【end】

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現代百物語 第9話 箱 河野章 @konoakira

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