薄暮に勃つ
威岡公平
序
かつて、大男根時代とでも呼ぶべき時代があった。
そそり立つ男根こそが、この世の最も尊いたぐいの栄誉に浴するにふさわしい時代は、いっときこの国に確かに存在していたのだ。士族――俗に「おちんちん侍」という呼称をもって人口に膾炙している支配階級の男子はこぞって己の己自身を露出させ、彼らはその長大なる屹立を以て、徳性の証明とすることができた。
だがそれは、いまや過去形だ。いまこの国で、男根は剛直さを喪って久しい。昔日には称賛を浴びた反りも巨きさもその固さをも失って、ただ柔弱たるぶよぶよとした肉塊として、己自身を地べたの土埃の中に横たえているに過ぎない。
何がそうさせたのか?答えは明快であって、端的に言えばそれらは敗北したのだ。客観的にみて、それ以上や以下・以外の評価を持ちうるものではなかった。
世に謂う『御一チン』――おちんちん明治維新と呼ばれる政変は、この国の風景を全く異なるものへと変えてしまった。維チンが成って間もなくチン政府によって発効されたおちんちん廃刀令は、僅か10年の間に、侍たちから勃起というものを奪い去ってしまった。それはさながら、武士たちの「去勢」とでも呼ぶべき出来事といえた。おちんちん侍たちの存在意義は、瞬く間に恥ずべき蛮習として貶められることとなったからだ。
曰く、「陰部はことさらに露出するものではない」
曰く、「公衆の面前に勃起を見せつけるなど、およそ文明社会を指導する知識層のふるまいではない」
曰く、「おちんちんは、隠すものである」――と。
当初、全国のおちんちん侍たちの憤怒と剛強な抵抗によって迎えられたこの政策だったが、それでも西欧列強に伍し、文明社会としてのこの国の生き残りを至上命題とするチン政府の強圧によって一本また一本と反抗の芽は摘み取られ、摘み取られるたびに、おちんちん侍たちの股間から勃起は急速に失われていった。
男根の時代は去った。こうなるまでに、およそ5年も待たなかっただろう。この国のおちんちん侍たちはみな、おちんちん武士としての魂を、誇りを――己自身を喪ったまま、かつての壮麗さなど見る影もなくなった萎びた肉塊を股間にぶら下げて、新時代を迎えた社会の底辺で喘いでいた。
しかし――というよりは『寧ろ』『だからこそ』というべきだろうか――底辺にのたうつおちんちん侍の成れの果てたちの息遣いの間では、密やかながらなお強く、救世主の存在が囁かれていた。この
薄暮に勃つ 威岡公平 @Kouhei_Takeoka
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