第25話 そう、少年は格好良くなれる
「いやー、ほんと驚きだよ」
バイト先にて、空条先輩がしみじみと漏らす。
「でも今思えば、私ってココちゃんの本名知らなかったんだよぉ」
恋々子――友達の兄と知るなり、空条先輩の話し方は若干変わっていた。
おそらく、気を許してくれているのだろう。
「そうだったん、ですね」
もっとも、晴朗太はどう対応すればいいのかわからず、以前よりも更に硬くなる。
「そうなの。だって、羽央くんがコケコッコーって紹介するんだもん。他の部員たちもココちゃん、ココーって呼んでたから」
「へー、仲の良い部員だったんですね」
自分の妹のことなのに、晴朗太は知らなかった。
「なんでも、外国のコがいるから後輩たちは全員呼称を統一したって言ってたよ」
「あー、なるほど」
おそらく、あのカフェにいたコだろうと晴朗太は納得する。
「でも、あの文化祭って染谷くんもいたんだよね?」
「はい。ただ、校舎も違ったんで」
「残念。もしそこで出会ってたら、運命的で面白かったのにね」
そう言って、先輩は小さく手を振った。
彼女にとっては何気ない一言だったかもしれないが、晴朗太には強烈な一言であった。
(……くそっ! どうして去年の俺は、妹の部活動に顔を出さなかったんだ)
文化祭だったのだから、顔くらい見にいっても良かったはず。
そうすれば、もしかすると何かが変わっていたのかもしれない。
だが、後悔しても遅い。
それに去年の自分では何も期待できなかった。
もし、先輩の言うとおりになっていたとしても――偶然ですよ、の一言で終わらせていたに違いない。
「――なぁ、染谷」
そんな風に思っていると、別の先輩に声をかけられた。
内容は案の定、晴朗太はアイコン写真について質問攻めを受ける。
とはいえ、男女を含めた三人となれば関係性は一目瞭然。
「染谷君って、妹弟と仲良いんだね」
そうして恋々子の思惑通りの展開となるものの、
「ええと、まぁ……これは妹にねだられて撮ったと言いますか」
気恥ずかしくて晴朗太は言い訳がましくなる。
「へ~、優しいお兄ちゃんなんだね」
だが、空条先輩がそう言ってくれたおかげで、冷やかすような空気にはならなかった。
他の先輩や同僚たちも集まり、晴朗太は大画面での写真も見せる。
「妹、可愛いじゃん。紹介してくれよ」
「弟君可愛いー。年いくつ?」
珍しく。
というか、初めて晴朗太は話題の中心となっていた。
(わかってはいたが、俺じゃなくて恋々子と純朗に目がいくか)
「妹はまだ高校生なんで、手出したら犯罪ですよ? 弟に至っては中学生なんで、完全アウトです」
内心の感情はおくびをださず、晴朗太は返す。
そんな中、
「染谷君も格好いいね」
先輩の何気ない一言。
先輩は恋々子――写真に写っている晴朗太の妹と友達であることは言わず、雑談に興じてくれていた。
晴朗太を主役にしたまま、この場を盛り上げてくれる。
「……ありがとうございます」
だから、晴朗太は謙遜の言葉を必死で呑み込んで、素直なお礼を口にした。
「確かに。ぜんぜん恰好いいじゃん」
「ちゃんとオシャレすれば格好いいなら、普段から頑張れよな」
他の人たちからも賛辞を貰い、晴朗太は嬉しくなる。
今まで外面を褒められたことなどなく、自分でさえ諦めていたが――こうして、褒めてもらえると素直に嬉しかった。
「いえ、これは奇跡の一枚って奴ですよ」
卑屈からではなく、晴朗太は冗談として答える。
そんな風に余裕が持てるようになったのも、妹のおかげであろう。
本気でオシャレに挑戦して、色々なことを知った。
(これはケーキでも買って帰らねばならんな)
本来の目的はまだ達成していないが、もはやそれは些細なことであった。
時間はまだある。
そして、時間があればもっともっと格好良くなれる。
それがわかった時点で、晴朗太は満足だった。
(そう、少なくとも――この写真のようには格好良くなれるんだ)
有言実行。
その日、晴朗太は家族全員にケーキを買って帰った。
「ほら、お土産」
「わーい。でも、なんで? 別に給料日でもないよね?」
妹は素直に喜びつつも、理由を求める。
(おまえのおかげで変われたからだ)
「日頃の感謝の気持ちだよ」
面と向かって言うのは恥ずかしかったので、晴朗太はそう濁した。
「じゃぁ、遠慮なくいただくね」
そこで一切の疑問を挟まず、当然の権利として受け取れるのはさすがと言うべきか。
「あぁ、好きな奴を選べ」
まぁ、そこが妹の可愛いところでもあると、シスコン丸出しの思考で晴朗太は許すのであった。
そうして、恋々子ちゃんの毒舌オシャレ教室は終わりを告げた。
でも、これから先も晴朗太は事あるごとに頼ることだろう。
普通に仲の良い兄妹として――
恋々子ちゃんの毒舌オシャレ教室for兄 安芸空希 @aki-yuu
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