第18話 アフタ・ヴォル独り言 事の顛末


真っ白いシーツ。

消毒液の匂い。

鳥の鳴き声。

ざわざわと、樹が風で揺れる音がする。


白衣の無表情な看護師は、眉ひとつ動かさずに彼の焼けただれた腕を取り、注射器の針を遅滞のない動きで血管に突き刺し、ドロドロの赤黒い血をシリンダーに満たし始めた。


「なぁ、俺、もう、死ぬんかなぁ。」


彼は、看護師に話しかけた。

声は、獣のような唸りではなく、引きつったような、か細い高い声だった。


言葉に慣れてない、初めて人間になって声を出しているような慎重な話し方だ。


俺さ、ひどい顔してるじゃんか…。

火傷とかあるからね…。

ほら、顔隠すために、髪の毛伸ばしてんだけどさ。

小汚い感じになって、更にぶさいくになっていくんだよ。

わかってるけどね。

わかってるけど、人の視線を直接受けるのは落ち着かないからね…。


看護師は、彼を実験動物を扱うように扱った。

返事もしない。


あのさ、俺、もともとは、操縦士だったんだよ。

でもさ、マスターの引き取り手がなくてね。

醜いってのは、足を引っ張るよねぇ。


そんなに腕は悪くなかったんだぜ?





看護師の様子を少し観察して、反応がないことに安心したように、彼は続けた。誰にも話さなかったことを、誰にも聞いてもらえなかったことを、人形のような反応しかしない人間になら話せる時がある…。





でも、マスターさんからお呼びがなくてさ、就職先がなくてよ。

整備ばっかりしてたら、そっちの方の才能がさ…。

空、いいなぁって見上げながら、人のロボットの点検ばかりしてたんだよ。

したら、噂になってね。


腕のいいエンジニアがいるって。

ばーか、俺はパイロットだっつーの。とか思ってたけどさ。

どうせ、醜い俺にはマスターからお呼びはかからなかったからね。

ふてくされながら、技術者然としてたわ。


したら、ほら。

大戦に駆り出されて。

俺が乗った船は沈まないって噂になったんだよ。

縁起担ぐ奴ばかりじゃない?死と隣り合わせの奴らって。

ひっぱりだこなんだよね。


でもさ、俺、すげぇ働いたんだよ。

ロボットのメンテナンスから、船の中枢の配線構造から動力系まで。

一番狙われやすいところの機器がやられた時には、どこで代用するかってとこを、必死にプラン練ってたからね。


自作の電力回路や、動力回路を、全部作り上げてたんだよ。


そりや、他の船よりも落とされる確率は減るよ。

人が眠ってるときに、こっそりと仕組んだやつで、全部、ピカピカの、キレッキレの整備だぜ。

あー。本当に寝なかったね。

寝なかったし休まなかった…ほんと、毎日そこが戦場だと勘違いするみたいに寝なかったよ。


あとさ、これ、内緒なんだけどさ。

俺、こっそり、自分で作った回路をさ、下っ端のロボットに組み込んでみたんだ。

したらさ…意外と戦果が上がってさ…。


いや、意外とってレベルじゃないなぁ…。


エースパイロット並みに戦果あげちゃってさ。

怖くなって、そのユニット外したわ…。


規格外品だからね。

バレたら逮捕されるじゃんか…。


逮捕されたら、この顔じゃん?死刑になるかもしれないしさ…。死ぬのは怖いけどさ。やりたいことや、試したいことができずに死ぬのは、もっと嫌でさ…。


もちろん、その機体のオーナーは下っ端のクズパイロットだったからね。

機体の違いとか、レスポンスの違いとか、全く気づかずに、「俺すげぇ!」ってなって調子に乗っちゃったんだよね…。


次の出撃で帰ってこなかったよ。

悪いことしたなぁ…。ごめんなぁって思うんだよね。


そのユニット。

どこやったかなぁ…。

もう、どこ行ったかわかんないや…。


作れって言われたら、普通に設計図なしでも作れるけど…。

誰もメンテナンスできないしな。

全部のロボットに搭載できるほど量産できる奴でもないからね。

せいぜい一つの船に一機搭載かなぁ。


うーん。コストの話もそうなんだけどさ。

二つあると干渉し合うかもなぁ…。

だから、それは欠陥品だよな。

戦場で、そのユニット同士が干渉しあったら、やばいじゃん?


というか、そもそもの話なんやけどさ…。

こんな、醜いやつが作ったユニットなんて、誰も命を預けようとは思わないもん…。


彼の両手は火傷で爛れていて、髪の毛は自分で切ってるのか、火傷の顔を隠すようにくせ毛がうねっていた。


あーあ、指先だけ感覚が戻れば、すげぇユニット、作れそうやなぁ…。


彼は看護師の反応が無いことに安心したような、諦めたような、そんなあくびと伸びをしながら体を横たえたまま窓を見上げて呟いた。


雲が流れるのがはやいなぁ…。

星が綺麗だなぁ…。

航空空母から見た雲海から顔を出した月は綺麗だったなぁ…。


ロボットの操縦士は、夜の海で遊んでるイルカみたいに、自由にそこを飛べるんだ。すげぇ楽しそうだなぁって思ってたよ。


愛されるってさ…。

自由になる権利をもらえるってことなんだなぁってちょっと胸が痛くなったよ…。


多分、醜い俺は、一生、自由にはなれないんだなぁって。


もう、慣れたけどな。

一度だけ、愛されてると誤解したこともあったけどね…。


その話は、彼の嘘なのか、狂人の夢の話なのか、誰にもわからなかった。





看護師は、ひととおり作業を終えて、一瞬ためらうように動きを止め、微かなため息をついた。

そして、すこし膝を折り、ベッドの下から簡素な椅子を引き出して、彼のベッドの横に座り、彼と共に窓の外の流れの早い雲へ視線を移した。



看護婦は、アフタの独り言を月を見上げながら黙って聞いていた。

そして、アフタの独り言は、段々と、誰かへの語りかけのようになった。


ほら、あの時の話。

覚えてる?


技術長にぶん投げられて、しこたまアタマへこませた時。

あの時さ、警戒レベルがマックスで。


一体でも多くマシンを外へ放り出さなきゃいけない時に、「責任者は誰だ」ってアポロが叫び始めたんだよ。


俺は、アホかと思ったね。

そのフォローをやれるのは俺しかいなくてさ。

普通一時間でやる作業を、十分で巻き上げてたんだぜ!


一時間かかってたら、俺ら全員この世にいねぇって思ってたからさ。

テスト環境なんか端折った、通常だったら狂人扱いされるようなやり方でさ。


人員の配置を全部視界に入れながらさ、回線を全部手作業で繋いでいってたんだよ。


周囲の作業員は、手の早い奴、遅い奴いるから、手の早い奴の作業が完了するところから順番に修復していってたんだわー。


見なよ、この人間の頭に生えてる髪の毛みたいに生い茂ってる配線を識別しながらだよ…。


そんな時に責任を叫びながら、糾弾することで仕事してるふりしてる奴がいるんだよ。

この船には。


まじで。

ホント頼むぜ…。


ゾッとするだろ?

脳外科医の手術みたいな作業をしてるやつの襟首を引っ掴んで。

金属柱に叩きつけて怒鳴り散らしてやがんだぜ。


呆然としたよ。


あいつ、「お前のおかげで、この船が沈むんだぞ」って叫んでたけどさ。

今、船を救おうとしてる奴を罵って、作業遅らせて、テメェが沈めてるんだって、首もいでやりたかったさー。


今からしたら、笑い話だけどね。

新人りの俺は、刃向かうことが悪だと仕込まれてたからな。

必死に持ち場に転げるように這い戻って、回線をつなぎ続けたんだよ。


その途中で、落ちてる鉄パイプを見た時、多分追いかけてきたあいつはさ、これ拾い上げて、俺を殺すくらいになぐりとばすだろうなって、そうなるだろうなって思ってたけど、本当に想定内で笑ったわ。

心の中で。


んでさ?

その殴られる前に、ハッチを動かそうって決めてたんだよ。


カタパルトが動かなくてもいいから、ハッチから、風をいれてしまえば、直ったと勘違いしたあいつは、これ以上俺に絡んでこないって思ったから。


俺の仕事を邪魔されたくなかったからな。



「間に合ったの?」

そう、看護師は呟くように低い声で聞いた。


「ん?結果?」


アフタは、現実を見つめることなく、想像の中の人物と会話しているように答えた。


間に合わなかったわ!

自分の流血が目に入って、二秒ずれた。

まぬけだなぁ!ほんと、間抜けだ。


俺、アタマ吹き飛ばされるくらいに殴られてさ、意識吹き飛ぶかと思ったけど、持ちこたえながら叫んだね。「ハッチ開くぞ!みんな次はカタパルトいくぞ!」って。


ハッタリだったよ、ハッタリ。

呆然としてたよ。あいつ。

本当に絵に描いたような間抜けヅラだったよ。


乾いた看護師の含み笑い。


血みどろのさ、顔から血が滴ってて、熱を持った電番に血が滴り落ちて触れて蒸発するんだぜ。

それを俺は素手で作業してるんだ。


あいつの動きを止めるだけのさ、子犬が出入りできるくらいに開いただけ。そんなハッチの動きで、奴は身動きできなくなったんだよ。


それからが本番。

筋肉が死後硬直みたいにピクリと動いたくらいのハッチなんか最初から動かせたんだよ。

内部の敵みたいな邪魔者を一掃しただけのパフォーマンスだよ。


でも、そこから本番で、俺をほっといてほしいって思ってる時にさ。

あいつが近づいてきて言うんだよ。


ねぇ?大丈夫?って…。


なぁ、あの時、あいつに殺意を覚えたんだよ。

理不尽だと思うだろ?

気遣って殺したいって思われるなんてさ。

ショックだろ?


でもさ、世界にはそんなことが山ほどあるんだ。


なぁ、俺さ、なんて答えたらよかったんだ?

何も大丈夫じゃない時に、秒単位で可能性がボタボタでかい穴から漏れ落ちてる時にさ。


その愚問になんて答えればよかったんだよ?

俺は、あの愚問を死ぬほど憎んだよ。


祈ってろ!!

何もできない奴は、死ぬ気で生きようとしてるやつに大丈夫って聞くな!

その場所に近づくな!って話だよ。

俺が憎んだのは、俺の頭蓋骨を割った人間でもなく、優しい顔して大丈夫か聞いてきたあいつだよ。

あの時、俺が大丈夫だと言ったらお前は安心したのか?

安心して、その言葉を信じたのか?


じゃ、大丈夫じゃないと…青ざめた顔で、すがりつけば、お前は何をしてくれた?

助けてくれんのか?あの船を?

二人で死ぬ覚悟を決めるだけか?

ぼーっと、やるべきこともせずに、眺めているだけか?


俺は、その持ち場にいる限り、死ぬまで燃えカスになるまで、チャレンジし続けるんだよ。


見な。あそこにいる集団を。

何も考えずに、大丈夫?かわいそう!可愛い!しか言わない集団だ。

お前はあいつらと一緒だ。


じゃ、

何をするんだ?


どう生きるんだ?

死ぬ気で生きてみろよって、そう思わない奴は、俺の近くに寄ってくるな!


優しい善人アピールで、うさを晴らそうとするな、自分のアピールをすんな!って話だよ。


そんなこと言っても、もう、お前はいないけどな…。

大丈夫?って聞いた時に、大丈夫じゃなくても、大丈夫って笑顔で答えられる場所に行ってしまったけどな…。


きっと、それが正解の答えだったんだよな。

でも、俺はさ、きっとまだ、一生かかっても笑顔で大丈夫とか言えないよ。


たった、それくらいの余裕さえ無いんだ…。


ごめんな。

嫌な思いさせたな。

幸せになってくれよ。

大丈夫が、感謝されるみんなが笑ってる天国でな…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ちる天使 もりさん @shinji_mori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ