第17話 スワロー陥落





フィコの軍の中で、火蓋を切ったのは、血の気の多い兵隊だ。

上空では、人死にが出るゲームに興じている。

エジンプロスは、技術立国だ。

軍事に力をいれていない寄せ集めの軍隊は、戦い方を知らない。

すでに勝敗が決まったゲームだった。

トーケンは、あと10分程で、勝敗は決すると予測をたてる。




エジンプロスの兵隊は負戦さで、勝つつもりの将校で、果敢にぶつかって行く。

彼も、また成り上がりだった。ある程度の流れが、そこに見えていたが、その将校は、流れを読むこともできずに、吠え続けていたがその甲斐もなく次々と射抜かれていく。


トーケンは、昇り上がってくるダンサーを目視した。

二人の奴隷のセットとオーナーの重騎兵だ。


三対一。


トーケンは思う。

「パワーは技術力があるエジンプロスのマシンが格段に敵の重騎兵が上回っている。

だが、回転しざまに後ろをとって撃ち抜く力ならこっちが上だ。

ハンマーを振り回している間に、ハンマーを残して、クラフトナイフで切り刻んでやる。工作用のナイフで切り刻まれる屈辱を思い知れ!」



マーキュリーは、おそらく、ここが戦場になるであろうと思われる離島に、対空砲を配備し、その熱源に隠れて吹き上がった炎のように駆け上がりトーケンの機体と会敵した。

識別信号は攻撃をかけるフィコのもの。


「潰す」

マーキュリーの意思が質量を持つくらいに濃密な空域に満たされたように感じた。

周囲の色が全く無くなった。

点のように見えていた旗艦が巨大なクジラの腹を見せた。

対空ミサイルをマーキュリーとロイ、ミズメリアの三機で追尾しながら砲撃を行う。


ミサイルを撃墜した空域には鉄砂のようになった紫煙鉱石片が撒き散らされる。

通常よりも、濃厚な爆炎が空を染めた。

灰色ではない。

紫でもない。

黒に近い。


紫煙鉱石片が膨張と収縮を繰り返し、雷雲を抱えて落ちてゆく爆炎だ。

識別信号が味方のものだったために、砲台は彼をターゲットから外した。


雲間を縫って伸び上がる機体は、味方の識別信号で上昇中、しかも、対空砲火を撃ち落としながら迫ってくる。敵認識されていない。

「もう一発うちあげろ!」マーキュリーは指示を出す。

撃墜。

空が黒い爆炎と雷の染みを拡げる。



トーケンは敵機だと思っていた重騎兵の識別信号が味方のものだというアラートに戸惑った。重騎兵の紋章はマーキュリーのものだ。

爆煙に塗れたマーキュリーの重騎兵を捕捉した。


「助っ人か?」と一瞬思ったが、何か違う。

なぜ、無線を使わない?

なぜ、この海域に”マーキュリー”が”単独”で部隊も引き連れずにここにいる…?


ぞわぞわと、した悪寒が背中を走る。

アラゴンの奴隷解放テロ事件を自分の所有している奴隷の”ロイ”と”ミズメリア”がアラゴの指示の元起こしたと、事の顛末のそれを全て押し付け、二人を賞金首にしてしまうと、自分は議会の任を降りフィコの政治から離れた。

だから…そもそもなのだ。

マーキュリーが、”政治色が強い”この海域にいるはずがない。


一瞬の混乱が、トーケンの操作変形スターターを回すのを遅らせた。

「苛つく!」

マニュピレーターを収納し機体変形を一瞬で行うと、一瞬だけバーナーを吹かす。

推力が安定していない。機体が横滑りする。


「エジンプロスと馴れ合いやがって!」

力が役立つ能力ではないことを思い知らせてやる。

技術で押し戻してやる。

今、機体は凄まじく精度が高い指の震えさえ感知するチューニングだ。


トーケンに対する整備士アフタの挑戦状のようだった。

機体は指先の血管が脈打つ鼓動さえ拾うかもしれない。

コンマ1ミリのハンドル操作のミスで全てのボディのビスが吹き飛ぶほどの恐怖だ。操縦者であることを誇りに思えるチューニングだった。


「僕に出会ったことを震えて後悔させてやる!僕の周りに、怨霊になっても姿を現さないように切り刻む!」

すれ違いざまに、マスターの頭を吹き飛ばした。



ひどいノイジーな無線が入ってきた。

”トーケン、船を落としたのみならず、マーキュリーの機体まで!”

プライベート回線だ。

以前、ロイと戯れに組み込んだゲルマニウムの無線をチューニングしたもの。

友人であったロイの懐かしい声だ。

怒鳴っていても、朗らかさに塗れている、今は忌々しい苛立ちを誘うそんな声だ。



「ロイ!何してる」愚問を投げかけるしかない自分がトーケンには情けなくなった。

彼らは堕としにきたのだ。友好大使であるマベリアを。

マーキュリーは、戦争を望みフィコを叩き潰そうとしている。


”ロイ!何してんの?!敵と通信なんて!”

ミズメリアの声だ。


誰もが、このマーキュリーの重騎兵が敵であると認識していない。

単機で三機と戦うのか!奴隷は、マスターを守ることが最優先だ。

ロイとミズメリアの機体を躱して、マスターを切り刻んで、失速したロイとミズメリアの機体を振り切れば…。


そして、一旦マベリアのいるスワローへ戻って…。奴らに狙撃をかけよう!

マーキュリーへ集中放火し堕としてしまう。

モチベーションをなくした奴隷どもなんぞ、恐るるに足りない。

(お前達は、マーキュリーを守れない!)


首をなくしたマーキュリーの重騎兵の体を引きずり捉え盾にした。

ロイとミズメリアの間へ突っ込み強引な突破を図る。


機体には、エンジンがふたつ積んである。

精密な動きがメインの動きだが、迷う判断力を鈍らせたイージーな相手にはレベルを落とした低速ギアで十分だった。

上空では、スワローと曳航されている重騎兵があらかた敵の掃討に成功していた。

あと、10分程で、勝敗は決すると予測をたてる。


マーキュリーを縦にしていれば、こいつらを破壊するには充分な余裕が生まれると、視線を戻した時に、愕然とした。


ロイとミズメリアが瀕死のマーキュリーを捨てて旗艦を目指していた。


「失敗した!あいつらマーキュリーの奴隷じゃなくなってる!」

チップを破壊されていた奴隷開放のリクルーターだった。


エンジンを切り替えるのが遅れた。

燃料をドブに捨てるようなチューニングに切り替える。


マーキュリーのマシンを蹴落としてギリギリ間に合う計算だが、燃料が足りない。

燃料タンクをデッキに取りに戻らなければ!

ゲートが開かない!


マベリアが叫ぶ。

「ハッチを引き剥がせ!

内部から開閉シリンダーを破壊し着艦させろ!」


彼女が、叫ぶと作業員が駆けていく。

燃料タンクを抱えた二陣がその後を追う。


それを引き止めようと衛兵が動く。

混乱の中で拮抗し合った。


マベリアが、叫ぶ。

「ハッチをひきはがせ!トーケン!」


鉄板を歪めトーケンを呼び込んだ。

半身だけマシンを突っ込んで補給体制を整える。


銃声がデッキに響き補給隊が倒れる。

タンクが転がる。


操縦席から身を乗り出したトーケンは唐突にマベリア付きの衛兵に殴り飛ばされた。


マベリアの細い体を太い腕でギリギリと締め上げながら、マルムが叫んでいた。

「チップを破壊した奴隷どもが、皇帝を潰そうとする!叛乱だ!トーケンを殺せ!」


「なにが反乱か!!」

マベリアは悲鳴のような声で叫ぶ。


衛兵たちは、口々に罵り合う

「マベリア妃は騙されておる!この妃を拘束せよ!」

「身の安全が第一だ!」

「こいつら、チップを破壊された奴隷たちは、人を喰らうぞ!」


ロイとミズメリアの重騎兵がスワローを狙っている。

そして、叩き落としたマーキュリーが昇ってきたのも目視できた。

識別が味方のものであるため、誰も攻撃しようとしていない。

そして、味方の重騎兵は一瞬にして、行動不能となり堕とされた。

周囲の対空砲火とエンジンの爆裂音で、こっちの劣勢がわかる。


やばい。

この船が堕とされる!

「マベリア!殺戮許可を!こいつら反逆者もろとも、死ぬ気がなければ!

こいつらを駆逐する許可をくれ!」


トーケンが吠えた言葉に、周囲が凍りついた。

その瞬間にゴンと、旗艦であるこの船に衝撃がきた。

敵の着弾だ。


マベリアは血が滲むほどに食いしばった唇から、唸るように言葉を発する。

「この窮地を打開する方法があるのなら、お前に殺戮許可を与える!

我が旗艦を守ろうとせず、内部抗争を起こそうとするテロリストどもを駆逐せよ!」


トーケンは、体を沈めながらナイフを抜刀し、捻った上半身でひと回転し、周囲へ切りつけながら吹き飛ばした。

円形に飛び散った血がデッキの床に曲線を描いた。


銃撃が艦内で響き渡り、跳弾する。

「馬鹿野郎!こんなところで、実弾を撃つな!ど素人が!」

技術者のアフタの怒声。


おそらく、新兵の仕業だ。

新兵が旗艦に乗船している理由は、貴族の子息を名をあげさせるために乗船させ、出世をさせようという。姑息な政治が働いているためだ。

そんな新兵が、胆力もなく恐れでむやみに発砲している。


少数の新兵が無闇に撃つ弾丸を予測して避けながら、技術者のアフタは燃料タンクを拾いに行った。

整備兵が狙撃されたはずみに取り落とされ、へこんでいるタンクに舌打ちしつつトーケンの重騎兵の方向に投げつけた。


ハッチの間に挟まって持て余している整備士を従えながら駆ける。

アフタは舌打ちをしながら、凹んでるタンクを装填できるように外壁に叩きつけて歪みを整形する。


普段では絶対にやらない。

火気厳禁のドックの中で火花が散った。

しかも、火花を発しているのは、火薬よりも物騒なジェット燃料だ。


(どのみち、発砲までしてんだよね…。俺のやり方でやらせてもらうわ…。)


アフタ・ヴォルが、タンクを振り回してたった一人で装填する技は、鮮やかな奇術めいていた。

教科書に載っていない。やり方にこだわらない恐ろしく危険な行為を実現する実践的なプロ、それがマベリアが採用したエンジニアのアフタだった。



アフタは、腹に響く異様な音を発しながらタンクを叩きつけ、へこみを再度矯正し、二本目を装填した。サポートする整備士の背中には、氷柱が生えるくらいの寒気が襲っているだろう。


アフタと目が合う。「全部叩き落として、この事の顛末をじっくり晒し上げてくれる」という目だ。トーケンとマベリアのあの夜のことも疑念のうちに入っているが、今はそんなことは問わんという目に見えた。


「腹立たしい」トーケンはそう思ったが、その苛立ちは、マベリアとの夜の後ろめたさによるもので、アフタはそんなことは微塵も思っていない。


トーケンは駆け上って、操縦席に戻ろうとした瞬間に足を取られた。足に絡みついているのは、怨念を宿したマベリアのお付きの”マルム”という軍人崩れ…。


いつか、トーケンが、訓練の時に叩き落としたロートルであり、マベリアによこしまな眼差しを向ける男だ。


「逃がさんぞ」と血走った目を見開いてトーケンに呪わしい視線を据え付けている。

まるで、怨霊のように足にしがみつく侍従長を引きずりながら、トーケンはシートに座ることができない状態で這いずるようにシートにしがみつき、片腕の掌でアクセルを押した。

逆噴射のバーナーで、重騎兵を旗艦から引き剥がす。


「このやろう、いつまで人の足にしがみついている!」と、怨嗟を込めた目で振り返った瞬間に細い刃物が、目の前で炸裂した。

両の視覚が奪われた。


「堕ちる」


旗艦から、剥がれるように重騎兵が落ちていく。

そのマシンに狂ったように発砲するマルムの姿。片手には血塗れの細身のナイフ。


マルムの高笑いだけが響いていた。


トーケンは、エンジンを全て閉じ、堕ちるに任せながら縦回転をした。

天地がわかった。


風を切って接近するダンサーが一騎いる。



周囲には、もう黒煙の臭気しかしない。

でっかいターゲットだ。


操縦席からすべり落ちようとしている俺を見て、侮っている近づき方。

音でわかる。


「射ぬける!」


エンジン音を消し、キャノピーが開いている。

鋭敏な聴覚だけでハンドガンで、的の中心を射抜けた。

そして会敵、交錯する瞬間に、バランスを崩した相手をブレードで削ぎ落とす。

「当たった!」

偶然振り回したブレードが、アフタバーナーの先端を切り裂いたはず。

ロイの機体だ。

あいつの癖はわかる。

豪胆なくせに、ビビりなあいつは、一旦体制を整えるはず。


(スワローに…戻らなきゃ!)

方向はわかる。

トーケンは、マベリアの奴隷たる証明のチップを破壊していない。


マベリアの位置は、チップの電気信号を脳波に受けながら、手に取るように理解できた。その反応で、目が見えなくても、そこにマベリアはいるとわかった。




「もう一度、旗艦スワローにひと噴きで戻れる!」

操縦桿にしがみつきながら、操縦席によじのぼる。

今更だ。シートの安定性の良さに胸をなでおろす。

「凄まじいチューニングのおかげで、全く方向がブレないよ。アフタ…お前はすごい技術屋だ。」


ひと噴射で、コクピットから、自動操縦でデッキに引っかかった。


「死ね」という悪意が鼓膜を射抜いた。

将軍然とした侍従長マルムが指示を飛ばしている。その指揮のもと、全ての銃口が開きっぱなしのマシンのコクピットを狙う。


絶叫する喉が裂けるほどの甲高い声がトーケンに向けられている。

マベリア妃の叫び声とともにぶつかってくる柔らかい体。

兵隊に囲まれて拘束されるように捕らえられているように身動きしつつ縋り付いてくる細い小さな身体が、衛兵たちから引きちぎられるように剥がされていく。


マベリアの身体と腕と指がトーケンの腕から脚に爪をたてる。剥がれたマベリアの爪が、パイロットスーツに血の玉をつくり、何度もトーケンの体にしがみ付きなおしながら、血塗れの手で重騎兵のコクピットの自動操縦を操作する。


トーケンの眼底から滴り落ちる流血は大量で、意識が遠くなってきた。

(マベリア妃、行き先はどこ?一緒にどこに行くの?たくさん飛んで、たくさん夢見たいな世界を観れるといいなぁ…)


「もう、帰りな!よく働いたよトーケンは!

もう充分なんだ!もう帰るんだ。この重騎兵は餞別にくれてやる! 」


喉に塊のように詰まって嗚咽となるその叫び声とともにマベリアは、力任せにオートパイロットのスタートスイッチを叩き潰すように押した。


重騎兵は、漂うように旗艦から離れて落ちていく。

トーケンと呼ばれた彼の故郷に向けて。


しかし、マベリアが打ち込んだ、トーケンが目指すその故郷は、前世紀から、もう既に地上から消え失せているのだ。


「沈め!」ミズメリアが叫んだ。


その声とともに、その後、マベリアが乗る旗艦は二つに折れて潰れ、あたかも火炎は膨大な目を眩ませるようなオレンジのマグマを中空から垂らすように撒き散らしながら落下していった。

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