第16話 裏切りと秋波

気温は低い。

空が明るい午前中。

波の透明度は高い。

戒厳令下、港は人がいない廃墟のような様相を呈していた。



タグボートに人型を三機積んで、マーキュリーとロイ、そしてミズメリアがフィコの敵となったエジンプロスの港を出た。


「識別信号は、まだエジンプロスのものを発信しつつ、コンタクトした時点でフィコに切り替えます」

そう報告するロイに、マーキュリーは軽く笑顔で「問題ない、ありがとう」と応えた。


「紫鉱の資源と、エジンプロスの技術が、この人型機器に、戦役にどう効果を生むか…だな」と、マーキュリーは呟いた。

「時の運です」それを受けて、ミズメリアが応える。


「ああ、そうだな。ミズメリアは腹が座っている。」マーキュリーが笑顔でそう言うと、彼女は頬を赤くしはにかむような表情を一瞬うかべて「失礼しました…」と言う。

「かまわん」と、言うマーキュリーの声は、もうそこに思考はとどまっておらず先の何かを考えているようだった。

その表情を、ミズメリアは姿勢を崩さぬようにしながら盗み見ていた。



秋口の風の冷たさ、吹き曝しのデッキは、離岸した時点から水しぶきと海風。体が頭から足の先まで濡れそぼってしまう。

簡易的なレインコートもあまり役に立たないようだった。

三人は、とりあえず人型重騎兵のコクピットで待つことにした。


ロイが「はー、暖かい」と安堵の声を漏らす。

ミズメリアは、苛立った声で「そういうのは無線を切って言ってください。」と、冷静な声で伝えるが、寒さのせいだろうか、声は硬く震えている。


「了解した」と、苦笑いしながら伝え(どこまでも、堅い女だね)とロイは心の中で呟く。だが、その一途さもロイにとっては可愛いものだった。

今頃、ミズメリアは、自分みたいに掌に息をかけながら、背中をまるめているようなこともなく、背筋を伸ばして出動のシミュレーションを脳内で繰り返しているだろう。


ミズメリアは、誰かを愛することなどあるのだろうかと、ふと思った。

マーキュリーに対する想いは強いが、あれは、人の肉欲の絡んだ愛ではない。

神に捧げるような愛だ。


(これでは修道女だ。若いのにご愁傷様だ)


そして、まるで隷従を強いるチップを破壊されてもなお、己がのぞむ想いと主人が望む思いを叶えようと、一途に思い込む姿は、美しいものだと、ロイはそう思っていたが、それに危うさも感じているのも確かだった。


「エジンプロス空母、堕ちました。人型重機器排出後、司令艦橋を徹甲弾で貫かれた模様です」


ミズメリアの声が震えていた。

その声の震えは、恐怖ではなく怒りだろう。

マーキュリーは「腕のいいスナイパーだな、悪魔的だ…」と言う。

「おそらくマベリアの配下のトーケンだと思います」

「ああ、あの時にいた細くて小さな少年か…。ロイの友人だったな」

「はい」

通信にミズメリアが割り込んでくる。

「友人だからと言って手心を…」

ロイは、その言葉を遮るように言う。

「やめろ、ミズメリア。我々の未来がかかってるのは重々承知してる」

声こそ平静を装ったが、ミズメリアの声を遮り発した言葉には言われたくない言葉だという意思表示があった。(ここまで来て、そんな疑いを俺に向けるのか)そんな思いもあった。


「よせ二人とも。戦いの前は皆、気が立つものだ。我々は相手が誰であろうと落ち着いて先に進むだけだ。」


マーキュリーは、そう言って「期待している」と付け加えた。

「はい!お任せください」とミズメリアが応えるのを冷めた思いで聞きながら、そうか、トーケンが来たのか。いろんな意味で厄介だなと思っていた。


識別信号は今からフィコのものになりますと操舵手が無線で伝えてきた。

五人ほどのスタッフが、マシンの幌を畳み始め発進の準備を始めた。

タグボートがコンテナを機関部と接合部の連結器を伸ばしながら曳航しはじめると、三人のモニターが波を被り始めた。


「コンテナ発信につき切り離します」

「やってくれ」


マーキュリーの返事にロイとミズメリアは大きく息を吸って、発進に備えた。

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