第4話 もう一つのGHQ
パァーン‼
カランコロン。
あーあ。また人身かよ。俺は夜勤の為夕方上り電車に乗って出勤途中だった。こういう時、鉄道会社の社員は協力が要請される。まあ、当然だけど。この音は下駄を飛ばして転がっている音ではなく、飛び込んだ人間が持っていた持ち物とかだろう。すぐに車掌台に行って、社員証を見せて車掌に協力を申し出る。
それで運転再開後やっとの思いで職場に出勤する。報告を受けていた神様助役から労われた。
「報告は受けているよ。よくやった」
「ありがとうございます」
こういうものでも、結構ヤル気は出るから大したものだ。だが、まだ特急電車は運休していた。はあ、気が重いなあ。
改札は未だにひっちゃかめっちゃかのてんわやんわの状態だ。俺は改札責任者の主任に出勤報告をする。この主任は
「もうひと頑張りを頼むよ」
と声をかけられる。人間としては結構いい人なんだけどね…。あとは前任者との引き継ぎなんだけど、主任によると特急改札の方にいるらしい。あんまり行きたくないが行くしかない。
俺が特急改札口に行くと、案の定、前任者は変な客に絡まれていた。
「あ~もう‼いつになったら特急は動くんだよ‼」
そいつはでっかい声を出して髪を両手でクシャクシャにかきむしる。そして身体をくねくねさせる。ハイハイ。よくいるタイプですね。こういうのは無視するのが一番だが、つい反応してしまったらしい。でっかい声を出すので他のお客もビビっている。仕方なく俺は前任者の所に急ごうとした所で男性のリーマン風のお客に呼び止められる。
「ねえ、特急っていつ頃動きそうなの?」
まあ、当然の質問だ。
「そ~うですねぇ~。今はまだ運休が出ているので動かすとすれば、遅れが落ち着いて来る21時以降でしょうね」
俺は懐中時計を見ながら経験に基づくおおよその回答をする。時刻はまだ19時前だ。
「そう、ありがとう」
「いえ」
それからも他のお客に今後の見通しや特急券の取扱いについて質問される。足止めを喰らいつつやっと前任者の所に辿り着いた。
「おい!オッサン‼いつになったら特急動くんだよ‼」
さっきの変な客が俺に絡んで来た。
「まだ指示が来てませんのでわかりませんね」
俺は事務的に答える。
「なんだと‼お前バカなのか‼」
そいつはでっかい声で騒ぎ出す。他人にバカと言われれば侮辱罪で警察に通報できるができるだけ穏便に済ませたい。今日の助役は神様と殿様と事なかれ主義者のロシアンルーレットなので面倒事は避けたいのだ。どうせこっちが悪いで終わってしまうからである。サービス業の悲しいサガだ。
「あ~もう‼わからないだと‼お前らバカなのか‼」
そいつは頭をかきむしりながらピョンピョン跳ねて、でっかい声で喚き散らす。
「うるさいぞ‼」
さっきのリーマン風の男性客がそいつを一喝して睨みつける。変な客はびっくりしてキョどって、黙ってどこかに行ってしまった。
「効果ありましたかね…?」
「はあ。助かりました。ありがとうございます」
俺と前任者は帽子をとって頭を下げる。
「いえいえ。大変ですね」
そのリーマンはニコッと笑って売店の方に行った。
俺は帰宅してノートパソコンを開き、「胸糞鉄槌小説投稿サイト」にアクセスしてログインをする。今回のネタはあの変な客である。他の客にGHQを連呼されてどこかに逃げ出す所でオシマイでちゃっちゃと終わらせる。
それから姉妹サイトである「激熱激賞小説投稿サイト」にアクセスしてログインをする。この「激熱激賞小説投稿サイト」は他人を助けた心熱き人物を激賞する小説を投稿するサイトである。もちろんネタはあのリーマンである。彼は結局特急運転再開まで粘っていて、運転再開最初である21時30分の列車に乗って行った。でも誰かに似てるんだよな…。
ま、とにかく俺は彼を激賞するストーリーを書き込む。変な客が逃げ出してからの話にして最後にGHQをつけるが、意味は「胸糞鉄槌小説投稿サイト」とは異なり直訳すれば天国に行く価値があるという意味である。ゴー トゥー ヘブン クオリティの略だ。
「あんたが大将‼」
の声が上がる。
「あんたが大将‼」
他の乗客達は歌いながら踊る。激賞されたリーマンはすっかり恐縮している。
「いよっ‼大統領‼」
の掛け声が上がると躍っていた乗客達はそのリーマンを指差す。
「いよっ‼大統領‼」
それからひと月位経って新聞を見て驚いた。あの変な客はビルから転落して死んだのである。そして警察は誤って転落した事故として処理をしたのだ。
さらにひと月が経過して俺はまた驚いた。なんとリーマン風の彼はノーベル医学・生理学賞を受章したのである。さすがにこれはたまげてしまった。俺はその日の前任者女性社員に聞いてみた。
「はい。覚えてます。凄い方ですよね。人間が違います」
「まあ、育ちもあると思うけどね。所であのクソッタレが死んでたの知ってる?」
「あーあ、そういえば新聞に小さく載ってましたね。ざまあみろです」
そう言って彼女は屈託のない笑顔を見せた。
「でも、有川さんが来てくれて嬉しかったです。他の人は誰も来てくれなくて…」
彼女はそう言うとほっぺたを赤くしてカウンターの方に行ってしまった。
完
GHQ‼ 土田一八 @FR35
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