第3話 爆音男

 俺は徹夜明けで下り急行電車に乗って帰宅する。始発のターミナル駅で、電車の長椅子の端っこに座って発車を待っていると、左隣にボブヘアスタイルの若い男が座るがワイヤレスイヤホンから凄い音量で音が漏れている。こういうのはハッキリ言って俺は我慢できない。

「ちょっと‼音が漏れてるよ‼」

 俺はそいつをたしなめた。しかし、ワイヤレスイヤホンの音量が高いせいでよく聞き取れなかったらしいが何か言われた事には気がついたらしく、そいつはワイヤレスイヤホンを外した。それにしても凄い音量だ。

「音が漏れてるよ‼」

 俺はそいつに指摘した。すると、そいつは軽く頭を下げて、音量を下げてくれた。

「ありがとう」

 俺はそいつに礼を言った。


 だが、話はキレイには終わらなかった。



 高架を疾走する急行電車のモーター音にかこつけて若い男は再びワイヤレスイヤホンの音量を上げたのだ。

(なんだコイツ。俺にケンカ売ってるのか?)

 俺はそう思ったが、モーター音に免じて多少目をつぶってやる。

 そいつは次の停車駅で降りて行ったが、注意されたのが気に食わなかったのか、敵意丸出しで俺の顔を見ながら降りて行ったので、俺はそいつに向かって右手で中指を立て、次に親指を下に向け、最後は親指、中指、小指の3本の指を立ててやった。これこそGHQの神髄である。

 それを見たそいつは血相を変えてこっちに向かって来るではないか!しかし、俺は平然としていた。仮にそいつかやって来てもケンカには勝つつもりであった。そして発車ベルが鳴り、そいつの目の前でぷしゅ~バタン、とドアが閉まる。

「駆け込み乗車はおやめください‼」

 のアナウンス付きだ。

「バーカ‼」

 急行電車はそのまま発車した。

「へ、ざまあみろ‼」

 俺はニヤニヤしながらそいつに向かって指を差して笑ってやった。


 そして、暫くそいつに会わなかったが、ある日、俺が長椅子の端っこで座っていると、そいつが俺には気づかずにやって来て背負っていたリュックを下ろしながら2つずれた向かいの座席に座る。その際ストラップの端が俺の右手に当たった。

(なんだコイツ、舐めてんのか?)

 そう思った瞬間、そいつはワイヤレスイヤホンの音量をボンボカ鳴らし、ゲームを始めた。

(ダメだなコイツ…)

 今回は隣ではなかったので無視する事にして他の乗客の反応を観察する。予想通りだが、誰も注意する事なく、そいつは次の停車駅で何事もなく降りて行った。人の我慢に付け込んだ悪意ある行為だ。

「アイツはもう許せんな」



 帰宅した俺は早速ノートパソコンを開き、「胸糞鉄槌小説投稿サイト」にアクセスしてログインをする。今回のネタはもちろん爆音男である。

「さーて、どんなストーリーにするかな?」


 俺は電車の中でそいつと口論をしていた。もちろん原因はそいつのワイヤレスイヤホンから漏れ出る爆音である。

「るっせーよオッサン‼」

 そいつは俺に反抗する。

「人の忠告は素直に聞いた方がいいぞ?」

「黙れよオッサン‼」

「黙るのはお前のイヤホンだ」

 俺がそう言うと車掌が車内アナウンスを入れる。

「イヤホンやヘッドホンからの音漏れは、周りのお客様の迷惑となりますので、音が漏れないようにご配慮をお願いします…」

「ほれ見ろ、聞いたか?」

「クソ」

「クソはお前だ。GHQ‼」

「なんだ?GHQって?」

「なんだ?GHQも知らんのか?ゴー トゥー ヘル クイックリーの略だ‼」


「GHQ GHQ GHQ……」


 同じ車両に乗っている他の乗客達は死んだ魚の目をしてそいつに向かってGHQを連呼する。そして車内アナウンスも同調する。するとそいつは真っ青な顔になり、パニックになってこの車両から逃げ出そうとするが、貫通扉はビクともしない。

「クソ‼どけよ‼」

 ようやく次の停車駅で他の乗客達を振り払って逃げるように降りて行った。



 他駅勤務が連続して俺はその時刻に発車する急行電車には暫く乗らなかったので忘れていたが、たまたま休憩所で手にしたスポーツ新聞にそいつの顔写真が載った記事が目に入った。

「この間の人身ってコイツが原因だったのか…」

 記事によれば警報機が鳴り遮断桿が降りている踏切に走って侵入、すぐに下り急行電車にはねられて死亡したとの事であった。この時は交代直後だった為凄くガッカリした記憶がある。

「まあ、いいか…」

 俺の心が穏やかになって行くのが手に取るようにしてわかる。

「GHQ最高‼」

 俺は心の中で叫んだ。


                                つづく

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