第2話 BBA

 今朝、俺は隣の駅の上りホームにいた。この駅はターミナル駅の一つ手前にある駅で各駅停車しか停まらない。しかし、平日朝のラッシュ時間帯は各駅停車といえども物凄い混雑である。とはいえ混んでいるのはターミナル駅改札口に近い車両や階段エスカレーターに近い車両、地下鉄に乗り入れる優等電車と接続する各駅停車に限られ後ろの車両は余裕がある。それも特殊定期券のおかげで昔程でもないが、それでも激混み電車の混む部分ははホームに停まってもドアが開かない。それでも、ドアをこじ開けて無理矢理乗り込むのだ。しかし、激混み電車といえども車両を少しずらせば多少は楽に乗り込める。だが、わざわざ混んでいる部分に来るクソッタレ共がいるから遅れるのだ。乗り込める人は別に構わないが、そうでない人は本当に手間がかかる。特に女性の場合、ドアの入口でこちらに正面を向いている場合は押すところが無いから困る。老若男女問わずさらに乗れてもいないのに乗ろうとしているからどうかしている。体力の使い方が間違っているだろうと毎回思う。

「ねえ、なんでいつも電車遅れるの?」

 またこいつか。何度説明しても納得しないおばさんが俺に文句を言ってきた。俺はBBA(ブラックババア)と名付けている。



 俺はウンザリ顔でBBAに説明する。

「何度も以前から説明しているように、地下鉄乗り入れ電車と接続しているからですよ」

「うそ。10両化しないからでしょ‼」

 BBAは食い下がる。

「関係ありませんね。現に編成の後ろの方は余裕がありますから」

 俺はにべもなく答える。BBAはさらに食い下がろうとするがホームに電車接近を知らせる自動放送が流れる。

「失礼。放送しますんで。後ろの方に乗っててください‼」

 俺はBBAの対応を打ち切ってワイヤレスマイクで放送を入れた。今度の電車は超がつく激混み電車だ。もちろん改札に近い一番前の車両であるが。しかし、BBAは俺の忠告を無視して一番前の車両の方に行く。

「ホント、バカだな…」

 そう思いながら指差確認をした。

 電車は5分以上遅れて到着したが、やはり一番前の車両のドアは中に乗っている人の圧力で開かない。コイツは一番ドアの力が強い車種なのだが…。係員や先頭のお客が手でこじ開け、お客は無理矢理乗り込む。中にいる人を背中を使って押し込みながら乗り込む訳である。例のBBAもよりによって運転台後ろのドアでそうして乗り込んでいるのだが、体力がなく中々、中に身体が入り切れないでいる。

「ドア、閉まりまーす‼」

 俺は赤色旗を絞って掲げ、車掌に戸閉合図を送る。車掌はそれを目安にドアを閉める。ドアは閉まるがあちこちで挟まっている。だいたいはカバンや傘とかの荷物の類だが、お客の身体自体が挟まる事もある。それを押し込んでドアを閉めて電車を安全に出発させるのがホーム係員の最大の使命である。

 運転台後ろのドアは運転士が担当してくれていた。人によってはこうして手伝ってくれる事もある。

 だが、例のBBAは押し込まれながら暴言をその運転士に吐いた。俺はそれを目撃した。

「電車を遅らすんじゃないよ‼」

 運転士はすみませんと謝って大人の対応をしたが、俺は激しい憤りを憶えた。

「アイツは許せねぇ…」



 俺は勤務明けで帰宅した後、ノートパソコンを開き、「胸糞鉄槌小説投稿サイト」にアクセスしてログインをする。今回のネタは例のBBAである。しかし、俺はストーリーの結末をどうするかで悩んだ。だが、それもつかの間。すぐ閃いた。


「ねえ、なんでまた遅れてるの?」

 BBAは性懲りもなく俺に文句を言う。今朝は踏切の遮断桿が折られた為に8分位遅れていた。俺はその事をBBAに解りやすく説明してやった。

「うそ。10両化しないから遅れてるんでしょ‼」

 BBAはいつものように文句を言う。

「ちょっとあんた、しつこいよ。いい加減にしろ」

 俺はBBAを怒鳴りつける。BBAは驚くが、俺はBBAに対して今までの鬱憤をまくし立てる。

「あんた、いつも遅れる、遅れると文句たれているが、その原因はお前らだという事が分からんのか?いつも遅れている時にしか来ないくせに文句言うんじゃない‼」

 BBAは反論しようとするが俺はそれを遮る。

「俺に反論など百万年早い。何も考え無しで行動する奴なぞクソ喰らえ‼」

 BBAは顔を真っ赤にして激怒する。

「ちょっと、態度悪いわよ‼」

「黙れ‼」

 BBAは俺に一喝されてビクつく。

「態度悪いのはお前だ‼GHQ‼」

 俺はそう言ってBBAを指差す。

「GHQってなによ?」

「GHQも知らんのか?ゴー トゥー ヘル クイックリーの略だ‼」


「GHQ  GHQ GHQ……」


 死んだ魚の目をした他のホーム係員も駅の放送もGHQを連呼する。電光掲示板もGHQを繰り返し点滅表示する。周りの客は無反応だ。

「キャー⁉なんなのよ‼」

 パァーン‼

 警笛が思いっ切り鳴らされ、通過電車が轟音と振動をひき連れて猛スピードで通過して行った。



 それから暫くの間隣の駅でホーム立ちはしなかったので忘れていたが、公休の日にニュースでBBAの顔を見た。ニュースによれば混雑した他社線ホームからほかの乗客に押されて落ちてちょうど進入して来た電車に轢かれて死んだ不慮の事故だと報じていた。

「あれは不慮の事故ではない。因果応報だ」

 俺はそう呟くとクスリと笑った。

「GHQ最高‼」

 俺は心の中で叫んだ。


                                つづく

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