GHQ‼
土田一八
第1話 俺の特急
「だから、早く動かせと言っているだろう‼」
男性客は大声で喚き改札係員を怒鳴りつける。人身事故の影響で特急電車の運転を見合わせている為、特急電車を早く運転再開しろと、改札口のオープンカウンターに怒鳴り込んで来たのだ。この人は機嫌がいい時はすごくいいが、機嫌が悪い時は凄く面倒な人になる事で知られていた。
「申し訳ございません。特急電車は当分の間、運休とさせていただいております」
良く分からない日本語で助役はそいつに謝罪する。当分の間と言われても客は困るだろうが、我々現場の人間も運転指令から明確な指示がない限りそう答えるしかない。指示を出す運転指令も乗務員や特急電車の手配を前もって調整しておかないと運転再開の指示を出せない。
「うるさい‼この時間までに動かせよ‼」
しかし、そいつの持っている特急券は運休が既に決まっている。
「申し訳ございませんが、お客様がお持ちの…」
助役は係員や主任と同じセリフをそいつに言う。
「うるせーな‼俺が乗る特急は動かせと言ってるのが分かんねーのかよっ‼」
結局、特急が運転再開するまでこんな調子だったらしい。俺は別の仕事を担当していた為に直接洗礼を受ける事はなかったが、裏で聞いていて胸糞悪い思いをしていた。
「あんな奴、早く死ねばいいのに…」
翌日、勤務明けの俺はノートパソコンを買い替える為に家電量販店に行った。まあ、使っていたのが壊れてしまったからだが、10万円を超える出費は痛い。ノートパソコンは後日俺の公休日に配達してくれる事になった。
数日後、ノートパソコンが家に届き早速各種設定をする。それから気になっていた怪しげな小説投稿サイトにアクセスする。
「胸糞鉄槌小説投稿サイト」
俺は躊躇う事なくクリックする。前のパソコンはセキュリティソフトを導入していたにも関わらずクリックしただけでクラッシュしてしまったのだ。今度も同じセキュリティソフトだが大丈夫そうだ。そうそう、今回は暗黒対応ソフトを各種設定の時に組み込んだのだが…。なんで量販店にそんなものがあるんだ?
そのずいぶん怪しげなサイトは並んで表示されている投稿タイトルが凄い。ちょっと口にする事ははばかられた…。まあ、俺は新規ユーザー登録をして小説を新規作成する。
「タイトルは…?」
俺は少し頭をひねる。あまり、おそろおどろしい、如何にもってのは避けよう。そうすると略語になるが…?そこで閃いたのはGHQという略語だった。本来は連合国軍総司令部の略だが、かつて「早く国に帰れ」との意味だとジョークを言った政治家がいた事を思い出した。そこで俺は「さっさと地獄に堕ちろ」の意味でタイトルをGHQにした。よし、タイトルは決まった。あとは内容ジャンルだが…「デスノート」を選択する。というよりそれしか選択肢がなかった。それから俺は小説のストーリーを書き込んだ…。
ストーリーのネタは日頃我々を苦しめているクソッたれどもを選ぶ。最初の1話目はこないだの特急野郎にした。他の社員やバイトの話だと日頃から態度が悪いらしい。俺も胸糞悪かったからちょうどいいだろう。そいつのストーリーをサイトに書き込む。
まず、人身事故で全線の運転がストップ。1時間程度止まる。運転指令から駅などに特急運休が通告されお客に周知するが、「何列車まで運休」という言い方はあまりしない。あとで変更するとかえって混乱を招くのではっきりとした言い方はしないのだ。というより、無理。当然特急券を持っているお客は不安になって窓口に殺到する。手続きとしては全額払い戻しであるが、ここで特急に乗せろとか騒ぐ奴が出て来る。それでも払い戻しをして振替輸送か待っててもらうかの案内をする。案内するのは当然普通の電車である。
そこでそいつがやって来て、オープンカウンターで騒ぎ出す。
「俺の特急を動かせ‼」
「お前なんかの特急などあるもんか‼」
俺はそいつに言った。
「なんだと‼」
当然、そいつは怒り出す。
「GHQ」
「なんだ‼それは⁉」
「知らないのか?ゴー トゥー ヘル クイックリーの略だ‼」
「GHQ GHQ GHQ……」
改札オープンカウンターにいた別の係員達も死んだ魚のような目でGHQを連呼する。すると、そいつはこめかみ部分を両手で抑え、真っ青な顔になって、慌てて出て行った。
「変なヤツ…」
俺は独り言を言った。
それからしばらくして夕方に人身事故があった。その日は勤務明けで俺は家にいたからこれは同僚から聞いた話である。
「俺の特急を動かせ‼」
例のそいつはいつものように改札オープンカウンターに怒鳴り込んで来た。その時は駅長がそいつの対応をしていた。「申し訳ございませんが…」といういつものパターンである。ところがそいつは駅長に対して散々怒鳴り散らしている最中に突然苦しみだし、喉をかきむしる様にして死んだのだと言う。
そのあとで助役から聞いた話では、警察の検視の結果、死因は過度の興奮による急性心不全という事で決着したそうだ。そういう場合って普通は胸を押さえるんじゃねと思ったがそれをひっくり返す要素はない。
俺は不謹慎ながらも心躍るものを感じ、同時に穏やかな気持ちに包まれた。
「GHQ最高‼」
俺は心の中で叫んだ。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます