第4話 会話って?その2
その日も冷たい空気が肺を満たしていた。
季節が変わりかけるといった事をテレビのニュースキャスターは告げていたが、全くそんなことはないと私はボソッと呟いた。
いつもと同じような朝の動きに、いつもと変わらない通学路に、いつもと変わらない制服、いつも同じくぼみに溜まっている雨水。そんな何気ない何かに何かを見出そうとしていたが、特に何も見つからないのが素敵な日々というやつかもしれない。
文学的に物事を見ようとするのはとにかく難しい、一つの物事にズームを当てているうちに他の物事が動きだし、そっちに気がそれてしまって、そっちに気を取られているうちに元の物事にピントがうまく合わなくなってしまうような、そんな感じである。
ああでもこうでもないと考えをめぐらしては、ああそうかと勝手に自己完結してしまうのが、結局のところ私にできる範囲はそれが限界だ。
いつもの道の分かれ目に差し掛かったところに、いつもの見ている風景の一部が違っていた。
「あ、佳奈美さん」
私はその違いであろう原因の人物にすぐに気づき、名前を口にする。
「この辺の通学路の知り合いがあんまいなくてさ、今日も理子さん来るかなって」
「なんか、ありがとう」
私のよくわからない感謝の言葉に彼女は少し首を傾げたが、何てことなさそうに私の歩調と合わせ始め、私も少し歩調を緩める。
「そういえばこないだの怪我のってどうなったの?」
「そこまでひどくはなってないよ、でもしばらくは安静かな」
なんとなく彼女の左足に目を向けると、この間のテーピングやらの量が少なくなっていた。
「理子さんって何か部活入ってたっけ」
「うん一応文芸部にいる」
「へぇ文芸部か、なんかすごそうだねやっぱ小説とか書いてるの」
「ま、まぁ人並みには」
「すごいね、私なんか小学校の作文ぐらいしかまともに文章書いたことないや」
彼女の言葉はどこか寂しそうに感じた。
私は会話するときには何の気なしに言葉を紡ぐが、人の言葉の雰囲気だったり抑揚だったりで少しの感情的な部分を感じ取ることは誰でも感じれる、そんな感情を彼女の何気ない一言から受け取った。
「本当に?」
探るわけではないが、少しだけその受けとった感情の部分の理由が知りたくて、聞いてみることにした。
「ちょっとだけ嘘だけどね、恥ずかしいけど童話とかを書いたりしたりはしたことあるよ、ほんとに拙い文章だけど」
「え!いいじゃん、どんな話?」
「あんまり人とかには言わないでよ」
「言わないよ」
意外な趣味の合致に私は少しだけテンションが高くなり、親近感を抱いた。
佳奈子さんは少し恥ずかしそうに、話し始める
「飼ってた犬が急に大きくなって馬みたいにのって旅する話とか、ぬいぐるみが話し始めたりとか」
「ほんとに童話だね」
「そう?あと本当に秘密にしてよ、なんか恥ずかしいし」
「全然話さないよ、大丈夫」
佳奈子さんはおもむろに私の手を取り、小指と小指を絡め、こちらを見つめた。
「秘密ね、二人の」
「うん」
なんだか特別なような気がした、秘密とは言えこの世で知っているのは私と彼女だけなはずだ、少なくともそうだろう、この世界では。
その後も何気ない会話を続けながら、学校に足を進める。
その日の授業はやけにすっきりしたような気分で受けた、初めて小学校の授業を受けたときみたいに、爽やかな気分で受けていた。
だが私の爽やかな気分とは裏腹に、隣を見ると里美は相変わらず寝ていた、これも何気ない日常だろう、ピントのずれないもの。
授業が終わり、廊下の人通りが多くなったころ、文芸部の先輩が珍しく訪ねてきた。
水木先輩だった。
「久しぶり、こないだはパソコン壊しちゃってごめんね」
「大丈夫ですよ、それで何の用です?」
「こないだのさ、コンテストの申し込みなんだけどさ、先生のほうで手違いがあったみたいで、申し込めてなかったみたいなんだって」
「え、それって私の書いた小説は送られてないってことですか?」
「まぁ色々あるけど、そうゆうことだね」
言葉が出ないような気分だった、さわやかな気分が一気に徹夜明けの朝みたな気分になる。
「とりあえず次、応募しよう」
先輩は慰めの言葉を私にかけると、自分の教室へ足早に帰っていく。
明らかに落ち込んだ様子で席に戻った私を見て、里美が声をかけてきた。
「どうしたの、えらく落ち込んでるよ」
「そう見える?」
「朝とは違う感じがする」
「なんか、コンテストの応募がうまくいかなかったみたいで」
「でも書いたのは無駄じゃないでしょ」
「うん」
樹らしく私の頭を軽くなでると、そのまま席に座った。
本来なら部活に顔を出すはずだったが、どことなく無気力で、行く気になれなく、そのまま帰宅した。
家に帰ると姉がソファに座ってテレビを見ていた。
「おかえり」
「ただいま」
なんとなく会話を交わし、部屋に行こうとソファの近くを通ろうとした瞬間、姉に腕を掴まれる。
「なんかあったでしょ」
「べつに、何も」
「嘘ついちゃだめだよ、私わかるよ、何かあったぐらいは」
「やっぱわかるのかな、何かあったって」
「家族だよ、それくらいはわかる」
姉にこっちにおいでと言われ、隣に座る。
いつものように髪を撫で、私を抱き寄せた、姉の腕の中に取り込まれた私はコンテストの応募がうまくいかなくて、書いた小説がパアとなってしまった事を話した。
「あんたわかりやすい子だもん」
「そうかな」
「とってもわかりやすい」
「そうなんだ」
姉は再度私を強く抱きしめた、そのせいか私は涙が少し出てきた、コンテストの応募がうまくいかなかっただけと簡単に済ませられる問題かもしれない、だがその時の私はそんな物事でもないてしまいそうなほど弱っていたのかもしれない。
姉の腕は暖かく、柔らかい匂いがした
文学ってなんぞや?? ミタカミシロ @mitaka_3
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