第3話 会話って?その1
日が差し込み、部屋に舞った埃を照らし始めた頃に私は目を覚ました。
学校に行く準備をせねばと、私いつものように布団の中から出る。
いつものゴワゴワした手触りの制服にそでを通すと、頭はあまり覚めていないが体が起きたばかりの環境に慣れようとしているのが感じ取れた。
階段を降り、顔を洗い、身支度を整え、朝食の並んだテーブルに向かう。
この変わらない感覚は好きだ、こういっただるさとすっきりするような感覚が一つの体の中で共存するような、うまくは言い表せないものだが、朝方の頭でゆっくりと物事を処理するのは私の生きる思考の中で必要なものだと思っていた。
朝食を食べながら、テレビ前のソファに目を移すと、ソファの端から赤いマニキュアを塗った手がチラリと見えた。
姉だとすぐに分かったが、あえて声をかけずに箸を進める。
味噌汁を飲み終え、茶碗の底の赤い色がしっかりと見え始めた頃にソファーから唸り声が聞こえる。
「おはよ、今何時?」
「七時半」
「そう、起きるのはいつも早いね」
「お酒飲んだんでしょ、朝まで」
「正解」
姉は私を指さしながら、けらけらと笑い、ぼさぼさになった茶髪を右手でかき回しながら、私の目の前に座る。
「こないだは楽しかったね、樹ちゃんとの食事」
「なんか樹のこと好きだよね、こないだも二人きりで映画見に行ったんでしょ」
「やきもち焼いてんの?」
「いや、だって、すごい気に入ってるじゃん」
「だってかわいいもんあの子、あんな上品な子いないよ」
「まあいいや、私は学校行くからね」
「気をつけてね」
姉は大きなあくびをしながら私に手を振った。
いってきますと、ぼそっと呟くように言うとドアを開ける。
冬の冷たい空気が肺を満たす。
曇の切れ目から太陽がチラチラと私を照らしてくる。
体はまだ眠っている感覚のままで、頭だけで体を動かしていると言った方が近いだろう、とにかく、冬の眠気は私にとって天敵だ。
冷たい空気が私の頬を赤くし始めた頃、背後から駆け寄る足音が聞こえる。
「おはよう、理子さんでしょ」
振り向くと、同じクラスメイトの佳奈美さんが駆け寄ってきた。
「お、おはよう」
あまり話さない上にクラスでもあまり関わりのない人物の登場に妙な気まずさを感じながら、佳奈美さんと歩調を合わせる。
「こっちの通学路だったんだね!」
「そ、そうだね、佳奈美さんもこの辺なんだね」
ボーイッシュな短髪の端を揺らしながら血色の良い顔でこちらを向いてくる。
佳奈美さんとはあまり話はしないが、里美とは違うタイプの会話が新鮮で緊張感を覚え、ぎこちない返答になってしまう。
「理子さんって、里美ちゃんと仲良いよね、こないだも一緒に帰ってたし」
「まぁ、小学校が一緒だった所もあるし、なんか話しやすいからかな」
「へぇ、そうなんだ、私はあまり知り合いとかがこの辺にいないから、友達とかもあんまりいなくてさ」
「佳奈美さんって、何部だったっけ」
「学校の部活じゃないけど、最近まで近所の女子野球クラブにいたぐらいかな、こないだ怪我して、今は休んでるんだ」
ほら見てと、佳奈美さんが左足の膝を指差す。
鍛え上げられた足には黒いテーピングやらが巻かれ、所々にガーゼが貼られ、怪我の程度を物語っていた。
「凄く痛そう、大丈夫なの?」
「うん!なんともないよ!」
彼女は少し笑みを浮かべる。
少し日に焼けた彼女の頬に、髪の毛が張り付いていた。
そして、彼女が視線を前にやった隙に、佳奈美さんに気づかれるまで横顔をまじまじと見ることにした。
ボーイッシュな出で立ちではあるが、どこかあどけないような、それでいて少し大人びている顔立ちをしている。
人の顔をまじまじと見る行為をを側から見れば変人にしか見えないのだが、今現在世間一般的な人間からすれば『仲良く登校する二人組』に見えているはずだ。
彼女が前を向いているほんの数分間のうちに、顔についての情報を得た私は、ここぞとばかりに会話を自身から切り出した。
「佳奈美さんって、横顔綺麗だよね、しかも健康そうだし」
「そうかな、でも日焼けとかで色黒いでしょ」
「いいや、私は好きだよ」
一瞬、「えっ」と佳奈美さんが声を漏らした。
私はその声を聞くと、自分の会話に何かいけない文章があったのか頭の中でマッハで考えを巡らした、あまり話した事の無い間柄で横顔を褒めたのが皮肉に聞こえたのか?いや、もしかしたら綺麗が余計だったのかもしない。
だが、次の一歩を踏み出すより早く、正解が頭の中で弾き出された。
『いきなり好きはおかしいだろう』
目には見えていないが、頭の中でくっきりと文字が浮かぶのが感じ取れる。
「ごめん、変な意味じゃなくて、綺麗だなって事を言いたくてね」
「言わなくてもわかってるよ、いや、そんな感じの褒め方してくれる人に会った事ないからさ、びっくりしちゃってね」
少しの気まずさを感じながら、佳奈美さんの顔に横目で視線を移すと、ニコニコと笑いながら、頬をほんの少し赤らめていた、私はこの冬の寒さのせいにしたくて仕方がなかった。
目の前の落ち葉が、風で渦巻いている。
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