3.
画面をスワイプして、羊季が首を捻る。
「誰も喋ってないんだけど。おかしいな」
ついたよ。私と要だけ? 気持ち悪い犬のスタンプ。送信。きれいに磨かれた爪がくるくると動く。
同じグループラインを見ているはずなのに、既読もつく様子がなかった。暑い駅前のコーヒーチェーンの前で、要と羊季は、そのまましばらく待つことになる。休日の駅前は得意でないけれど、羊季がいれば少しだけ安心できる。入ろ? と言われて、スタンド席に荷物を置きに行く。列で待っていた羊季がにこにことわらった。
羊季はかわいい、と要は思う。クラスの人気グループの子たちみたいにキラキラしてるわけではないけれど、ショートボブの髪の毛はいつもつやつやしていて、爪もきれい。要も本を読んだりして努力しているけれど、何故だかうまくいかない。今日の羊季は制服だった。垢ぬけない私服を選んでしまった自覚のある要は、いちど家に帰りたい気分になった。けれど、今から電車を乗り継いて帰るのは現実的ではない。
コーヒーショップは一気に涼しくなって、すこし寒いくらいだった。しばらく時間を潰しても、やはり誰も来ない。グループラインは止まったまま。要は、少しだけ得をした気分になる。
「『蛍の墓』見たっていったらさー、ユリが『きもい』って。まじわかんない」
「あれって怖いんじゃないの?」
「怖くないよお。マジ泣ける」
「んー。『君の名は』みたいな感じ?」
よくわからなかったけど、思いついたアニメ映画のタイトルを挙げる。
「ちがう。ぜんぜん違うってば」
グループラインでは流行ってる動画の話とか、クラスの話とかばかりだから、羊季とそんな話をするのは少しだけ嬉しい。ひとしきり喋ったあとで、羊季が言う。
「うーん、もう行く?」
しかたないね。行こうか。
トレイにプラスチックカップとナフキンを並べたものを、羊季が取り上げる。ひんやりとした指先が掠めて、要はあわてて距離をとる。要のスマートフォンケースはうさぎの耳。羊季のスマートフォンケースはおどろくほどに白い。それを、それぞれ仕舞って、覚束なく席を立つ。
駅前の道はふたたび暑い。ひっつきすぎないように気を遣いながら、足裏が焼けそうなアスファルトを歩く。美術館までの道すがら、ポスターには、卵のようなオブジェが刷られている。ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。建物にはいると、また、いっきに体が冷える。
学生二枚。
思えば、2人しかいないんだから、打ち合わせ通りの美術展に入る必要はなかったのだ。要は怖いものが得意ではない。
小学生のときのように、羊季の指先をつかむ。
握り返されたのか、そうでなかったか、要には思い出すことができない。
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