4.
とにかく悪趣味な美術展だった。悪趣味。こんなものを見て、いったい何を書いてレポート用紙を埋めたらよいのかわからない。羊季とくるならもっと楽しいところが良かった。憎悪。嫌悪。とにかく、「いやなもの」を寄せ集めたような。最後まで歩いて、「見た」という既成事実を作るしかない、その一念で、要は歩く。
全体的に、色味はすくない。白と黒。造形も、絵画も、それだけで、どういったわけでこんなにも不快感を掻き立てられるのか、そんな作品が並んでいる。説明を読んでも、小難しいことが書いてあるだけで、要には何がなんだかわからない。かといって、なんだか汚れてしまうようで、目録を持って帰りたくもない。羊季なら、何か書けるのだろうか。
フロアの無機質な美しさが、これもまた、彼女の視界の均衡を失わせた。流れる人間たちすら、展示の一部であるように思われてくる。早く帰りたい、と思いながら、順路の矢印を辿る。羊季のスニーカーのかたちを、無意識に追いかける。
だというのに、人並みに押し流されて、いつのまにか、ひとりになって、そして、要はひとりで展示を見ていた。よくあるビデオアートの展示の横に、いやに目を引く空間がある。
娼婦たち、というタイトルの連作だった。娼婦、という単語の意味がわからない。天使のようなシルエットの、それは若い人間の肉体だ。胸のふくらみや肉付きからみえれば、少し幼いものも、年かさのものもある。剥がれた人の皮がぞろりと広げられて、羽根のように釣られている。よく見れば、それは楽器を象っているのだった。
立ち止まった理由に、要は思い至る。ここには色があるのだ。肌色と薄いピンク色、赤、それも心地よいものではなかったけれど、要には、何故だか美しいように感じられた。あの「卵」よりはずっと―――卵?
こびりつく、黒い残滓の感触に、要は顔をしかめる。
呼吸に合わせて、露出した内臓が動いている。
見ていると、痛いような、軋むような、おかしな心地がした。ていねいに並べられた、頭のてっぺんまで皮を剥がれて、美しい音が鳴るかたちに整えられた人の身体。
要の背後で、早送りにふたりの少女の姿が再生されている。コーヒーチェア、並んだプラスチックカップ、スニーカー。おかしいな、と思った。ここはどこだろう。
「連作」の一つを目に止めた瞬間、違和感を覚える。同じように頭のてっぺんまで皮を剥がれたそれは、なんだか見慣れた形をしていた。朝夕、鏡を覗くたびに目にするような。おかしい、と思いながら、見入ってしまう。痛い。
自分と、目が合った。
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