4.勇者爆睡中

「旅人、ですか…それはまたお疲れでしょう。ゆっくりなさって下さい」

 メイドはそう言って俺達に紅茶が入ったティーカップを置く。

 咄嗟の言い訳として自分たちは旅人で旅の途中に立ち寄ったという設定にした。

 それもそれで苦しい気がするが、正直に不法侵入であるというよりもマシに思えた。

「どうぞお構いなく…。本当にお構いなく…」

 内心心臓がバクバクでそんなことしか口に出せなかった。

 隣に座って遠慮なく紅茶をすすっている魔法使いは珍しく静かに下だけを見ている。

「大変申し訳ありませんが、当館の主は外出中でございまして…。何か御用があって立ち寄って頂いたのでしょうか?」

 そう質問をしてくるメイドは常に笑顔である。

 その笑顔が逆に怖い。

「いえたまたま立ち寄ったというか…旅の疲れを癒やすのに館があってラッキーというか…?」

 語尾が疑問系になってしまったがそれっぽいことを言えてるのではないだろうか。

 というか紅茶飲んでばっかりいないで、少しはフォローぐらいしろよへっぽこ魔法使いが。

 と俺が目線をミーシャの方に送ったのを見逃さなかったメイドはすかさず紅茶を注ぎにいく。

「少し気になったのですが、なぜ普通に呼びベルを鳴らさずに当館に入られたのですか?わざわざくぐり抜けるようになさらずとも、お呼びとあれば出迎えましたのに」

 うぐっ…。痛いところを。

 このメイド俺達を追い詰める気満々だな。

 まぁ不法侵入しておいてこの質問からは逃れられないものではあるが。

 俺が返答に困っていると、満を持してミーシャが口を開いた。

「この紅茶おいしいですね。お茶菓子とかありますか?」

 こっのアマ!何図々しいことを口にしてやがる。というか思考回路どうなってる訳?

 そんなハチャメチャなミーシャの言葉にしっかり答えるようにメイドは。

「あら、気が付かなくて申し訳ございません。今すぐに取って参りますので少々お持ち下さい」

 ぺこりと一礼して部屋を後にする。

「…お前何て言うか色々凄いな」

 俺がぐったりする中、ミーシャは何か考えがあったようで、俺の方を見るや否や。

「よし、逃げましょう」

 そんな提案をしてきた。

「お前ホントに凄いな。何がとは言わないが」

 呆れ半分バカにすること半分に言ったのだが、ミーシャは満更でもなかったらしい。

 少しはにかむように笑うとその場で目を瞑って倒れ込んだ。

「お、おい…!どうした、んだよ…」

 ミーシャが倒れたのを見てから、俺も何だか凄く眠気が襲ってきた。

 そして倒れ込むようにソファーに寝そべる最中、部屋のドアがゆっくり開かれるのを最後に俺は目を閉じた。


「アルゴール様、勇者達を捕縛致しました」

「うむ、ご苦労。睡眠薬がよく効いたらしいな」

 館の最上階、一番奥の部屋でメイドの前にはこの館の主がいた。

 ミーシャとコノエはメイドにより縄で捕縛され、床に寝そべられている。

「これが勇者なのか。何と弱そうな…こいつが本当に魔王様を倒されたのか?」

 そう確認するように言ったことを返答するのは、フードをかぶった高身長の男性。

「はい。間違いありません。私の魔法の前では嘘はつけませんから」

 館の主に向かって膝を着き頭を下げている。

「お前が言うのなら間違いないだろうな。ラムダよ」

 アルゴールはそう言うと寝ている二人に視線を戻す。

「女は後で楽しむとして…男の方は早めに始末するか」

 アルゴールはコノエの前まで歩を進める。

 手には真っ黒な槍。

 その槍の先をコノエの頭部に向けて構える。

「死ね」

 槍は迷うことなくコノエの頭部に向かって突き進む。

ガンっと音を立てた次の瞬間、アルゴールは目を疑った。

槍はコノエに突き刺さるのではなくただの地面に刺さっていたのだ。

「いきなり殺そうとするなんて…やっぱり悪魔だな」

 槍を躱したコノエは手を使うことなく立ち上がる。

「お前、寝ていたのではないのか」

 アルゴールは槍を抜き、コノエをじっと見つめた。

「睡眠薬でも盛ってたんだろうけど、俺には効かないよ」

 と、口では偉そうに言ったものの起きたのはついさっきである。

 飲む量が少なかったので眠りが浅かったのと、コノエ自身の免疫が多少あったため目覚められた。

「お前一体何者だ?」

「魔王だ」

 ……。

 シーンと音が伝わってくるぐらいの静寂。

「お前一体何者だ?」

 アルゴールは二度同じ事を口にした。

 どうやら正解の答えを言わないと先に進めないようである。

「魔王だ」

 そう分かっていてもコノエも同じ事を言った。

 どうやら同じように先に進めないのを悟ったアルゴールは無言で槍を突き立てる。

「ふざけるのも大概にしろ。魔王様はお前のようなふざけた存在ではないのだ」

「お前魔王のことを知ってるのか…その話、詳しく。っとと」

 話が通じないと判断されたのかアルゴールは槍で素早い攻撃を繰り広げる。

 しかしコノエは器用に躱し、逆にアルゴールの攻撃で自身の縄を解いた。

「お前本当に何者なのだ?我輩の攻撃をいともたやすく避けおって」

「いやー、お褒めにあずかり光栄です」

 などと照れ隠しのポーズを取っていると。

「…白を切りよって。しかし、この状況が分かっておるのか」

 アルゴールにばかり気を取られていたが、メイドの腕の中には幸せそうに寝ているミーシャ。もちろんメイドはナイフを持っていつでも攻撃できる状態にいた。

「これ以上我輩の館で好き勝手するようなら、あの勇者はすぐに殺すぞ。そうしてほしくなかったのなら、大人しく言うことを聞け」

 アルゴールが口角を上げ、そんなことを言うものだからあえて即答する。

「知らんがな」

「ちょ、え…今何と」

 困惑するアルゴールに対し思い切り斬りかかる。

 槍と剣が交わるとアルゴールは必死に確認をするように。

「お、お前!あの者は仲間ではないのか?我輩は好き勝手したら殺すと言ったのだぞ!」

「いや、どうせ遅かれ早かれ殺すんだろ?だったら俺が言うことを聞く必要ないじゃん。その結果アイツが死ぬことになっても大丈夫。あいつも分かってくれるさ」

「お前人間か。我輩が言うのも何だが同族ではないか?」

 ついに悪魔に同族疑われちゃったよ。

 まぁ魔王になろうってんだから、それも悪くない評価ではあるが。

「失礼なやつだな!俺は人間だよ。その証拠を見せてやる」

 防戦一方のアルゴールを槍ごとなぎ払い、剣に力を込める。

 剣が光を発し、後は振り下ろすのみとなった時。

「セイント…うぐッ」

 後方から衝撃があり技が途中で中断された。

 咄嗟に後ろを振り返る。

「ってえーな。何するんだよデルタ!」

 それまで傍観を決めていた高身長の男性が勢いよくぶつかってきたのである。

 それは見間違えることもなく今朝会ったばかりのあのデルタ。

「よくやったラムダ。その調子でこいつを始末しろ」

「は!」

「は!じゃねぇよ。お前どっちの味方なんだデルタ!…ってラムダって誰だ?」

 見るからにアルゴールの指示に従っているのは俺がデルタだと思っている男性。

「お前は何を言っているのだ。こいつはラムダ。我輩の下部だ」

「……」

 ラムダは何も言わずにこちらに向かって攻撃の意思を示している。

「…は?お前はデルタじゃないのかよ。じゃデルタはどこに」

 混乱する俺に対しアルゴールは表情を変えずに。


「デルタはとうの昔に死んでおるわ」


 平然とそんなことを言い放った。

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