3.尾行

「では私はこれで…。失礼しますぅ」

「じゃあな、デルタ。また明日」

 ペコリと頭を下げて小さな一歩を刻み続けるデルタ。

 そんな彼女を俺とミーシャは宿屋の前で見送る。

 主に俺は普通の対応をした訳だが、何やら機嫌が悪いどこかの魔法使いは明後日の方向に顔を向けている。

「…おい。いい加減機嫌直せって」

「……」

 セイントレストレインで拘束したことをまだ怒っているご様子。

 でもそれは元を辿ればコイツが悪い訳で。

「…ったく。俺も悪かったよ。いつまで拗ねてんだよ」

「拗ねてないもん」

 顔を合わせないまままるで子供のように頬を膨らませている。

「あっそ。俺は晩飯食べに行くけど、お前どうする?」

「…行く」

「ん」

 短い返答ではあったもののどうやら許す気になったらしい。

 黙って歩きだしたミーシャの後をついて行く。

「何食べたい?」

「…肉」

 最小限での会話が今は限界なのか単語しか話さなくなったミーシャの要望に応えるべく、冒険者ギルドに足を向ける。

 それにしてもミーシャは肉食なのか。メモメモ、とつまらないことを脳内でメモしているとふと思いついたことを口にする。

「飯行くんだったらデルタも誘えば良かったな」

「…そうすれば良かったわね。…ってあれデルタじゃない?」

 ミーシャの指差す先には確かにデルタの後ろ姿があった。

偶然なのか俺達はデルタの辿ってきた道を追っていたらしい。

距離はそんなに離れていないが大声で呼ばないと聞こえない距離感なので、おーいと声をかけようとしたら。

デルタは何やらキョロキョロし始めて、建物の間にスッと入っていく。

「何であんなところに入って行ったんだ?」

思っていたことが口に出ていたようで、その問いにミーシャは仮説を立て始めた。

「これは何かにおうわね。情報屋を名乗っていたのだから何かやましいことでもあるのかしら」

 いやいやまさかそんな、と内心思っているが確信がもてないので黙っておく。

「つけましょう」

「お、おい。やめとけって。プライベートなことかも知れないし」

 突っ込もうとするミーシャを優しく制止させる。

「あの子がこんな時間にこんな所に入っていったのよ。気にならないの?」

「…少し気になるが」

「じゃ確かめに行きましょう」

 ミーシャの押しに負けた感があるが、気にならないといえば嘘になるのでしぶしぶついて行くことにする。

 しかし何でこんな人気のない場所にデルタは入っていったのか。

その答えは。

デルタの入った建物の間に顔を覗かせるとそこには人の気配はなかった。

「え、誰もいない…。確かにデルタはこの道に入ったよな?」

 疑問に思ったことをミーシャに確認するように問う。

「…確かにいないわね」

 ミーシャは右手を顎に当て考え始める。

 俺はその通路に入り、何かおかしなことがないか調べていると、ミーシャは俺の

隣まで歩を進める。

「これはテレポートを使ったわね」

 何もないところを見つめそんなことをつぶやく。

「テレポートって…何でそんなことが分かる?」

 彼女が何を思ってそう言ったのか、はたまた俺が見えていない何かが見えているのか。

「空間残留よ」

 空間残留なんて言葉を聞いたことがなかったが、言葉通りに連想する。

「何か見えてる訳?」

 恐る恐る聞いてみると、ミーシャは黙って頷いた。

 空間を操る魔法が使える、と本人が言っていたことを思い出し、なんとなく納得してみる。

 それが分かったからといってどうこう出来る術を持たない俺は黙ってミーシャの言葉を待つ。

 そして意を決したようにミーシャはつぶやいた。

「追ってみましょうか」

 チラリと俺の目を見てそんなことをいうものだから、いつものコイツらしくない発言に俺も一瞬悩んでしまった。

 確かにデルタがテレポートを使えたこととか、どこに行ったとか、なぜ人目をきにしてこんなところでとか色んな疑問はあるのだが。

 そんなことよりもまずは自分たちの気持ちを優先しようと俺は思った。

 だから。俺はミーシャの目を見て。

「追おう」

 デルタの元に行くことに賛成した。

「じゃちょっと待ってくれる?今追ってみるから」

 そんなことを言い、ミーシャは目を瞑って何やらぶつぶつを言い始めた。

 他人のテレポート先を特定するなんて話を聞いたことがないし、俺の前の世界でもそんな芸当ができる人なんていなかった。

 でもミーシャならそれが出来そうな気がする。

コイツは俺の期待を裏切らないって不思議とそう思う。

「…見つけた」

 ミーシャは目を開け、うんと俺を見て頷く。

 また即座にワープの魔法を使い、人が通れる大きさの穴を開けた。

 その空間にできた穴をミーシャに続いて入ると、街の景色とは打って変わって自然豊かな光景が目に飛び込んでくる。

 目の前には木や植物といったいわゆる林の中の光景が広がっているが、拓けた道もあるのでおそらくデルタはその道を歩いていったのだろうと推測する。

 一応辺りを警戒しつつ、道を歩いて行くと遠くに場違いだと思わせる洋館が姿を現した。

「何であんなところに建物が」

 人が住むにしては勝手が悪い。

 だからといって周りの状況から察するに絶対におかしいとは言い切れない。

問題はデルタがそこにいるかどうかである。

「…行くわよ」

 そんな俺の警戒とは裏腹にミーシャはズイズイ進んでいく。

 腐っても魔王を倒した勇者なだけあって頼りになるのかもしれない。

 そんなミーシャの後をついて行くと、俺はあることに気が付いた。

「そういえばお前…装備はどうした?」

 俺がそういった瞬間ミーシャは自分の身の回りをチェックし始める。そして。

「忘れちゃった」

 てへ、とわざとらしくポーズをとるミーシャを見て俺はこめかみを指で押さえた。

 出来ることならさっきの感心を返して頂きたい。いや俺が勝手に脳内で思ったことだが。

「…オーケー。じゃお前はあんまり前に出すぎるな。何が起こるか分からないんだぞ」

 そう言ってミーシャの前に出ようとすると。

「ちょっと私は勇者なんだから一番前にいないとなの。あなたは私の後ろに着いてきなさい」

「おまっ。何も装備していないヤツが何を言い出すと思えば!そんなことを言ったら俺も勇者だから前に出る権利があるんだからな!」

「私は装備なしでも強いの!あなたこそその腰の剣しか持っていないくせに偉そうよね。それに私は魔王を倒した勇者なんだからあなたよりも勇者レベルは上なの!」

「ち。めんどくせぇ」

「あ、ちょっと!私の前に歩かないでよね!」

 御託を並べるミーシャを抑え前に出て歩いていく。

 どちらも転生した勇者ということもあり、このまま話しても馬が合いそうにないと思った。

それに俺だって魔王を倒した勇者なんだが、それは前の世界での話。今はややこしくなるから口には出さないでおこう。

 とかなんとかやってると、洋館の入り口にたどり着く。

 近くでみると何か不気味な雰囲気があり、いかにも何かありますっていう外装である。

「さてどうするか」

 一瞬玄関を開け普通に入ろうとしたが、中に誰かが居ればすぐに気付かれるだろう。そもそも鍵が開いているのかも分からない。

 立ち止まる俺をシカトするようにミーシャは俺の前に出ると。

「何ぼけっとつっ立ってるのよ。早く行くわよ」

 得意の空間魔法で門を開けずして門の先に行く。

「お前の魔法、便利だよな」

 感心も含めてそう言うがミーシャからの返事はなかった。その代わり俺が通ったあと空間の歪みはすぐ閉じられる。

 門をくぐった俺達は洋館の入り口までたどり着き、同じようにしてミーシャの魔法で中に入ろうとした。

 そしてミーシャが先に入るなり、あっと言うものだから何かあったのかと俺も続いて洋館の中に入ると、そこには。

「どちら様でしょうか?」

 メイドらしき人物と鉢合わせしてしまったのである。

「「お、お邪魔します…」」

 何とも言いがたい空気になり俺達は顔を伏せる中、メイドの方だけはニッコリと微笑んだ。

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