2.誘惑

「デルタ、面白い話ないの?」

「ひいぃ、突然そんなこと言われても…」

 デルタの正体が分かったというものミーシャのいびりが続いている。

「いいから何か話しなさいよ。あなた情報屋なんでしょ!」

「やめんかい」

「いったぁ!何すんのよ」

 これ以上は見ていられなかったので、ミーシャの頭にチョップした。

「とりあえずデルタ。何で俺達に近づいたのか話してくれないか?」

「…実はあるお方からお二人の、特にミーシャさんの情報を持ってこいと言われて」

 ほうほう。あるお方というのは後で聞き出すとして、続きの話をじっくりと聞くことにする。

「あるお方ってのは一体どこの誰よ?」

 デルタの発言に間髪入れず質問をするせっかちなヤツが一人。

「あぅ…それは言えません」

「言いなさいよ!」

 デルタの胸元を掴み半ば脅すように迫る。

「やめ…、やめて下さい。せっかくの美人が台無しですよ」

 ミーシャにいびられ遂に我慢が出来なくなったのか、デルタは変身魔法を使い先ほどの高身長な男性の姿でミーシャに対抗する。

「美人だなんて…当たり前のこと言ってんじゃないわよ!」

 ミーシャは照れつつ強気な素振りをみせた。

「ミーシャさんのその美しさ、何か秘訣はありますか?」

「秘訣なんて何もないわよ。ただちょっとだけケアには気をつけているぐらいかしら。ほら、冒険者なんてやってると色々大変じゃない?」

「そうですよね。冒険者さんんは色々大変だと聞きます。特に大変だったエピソードなどあれば」

「そうね、ビッグメルティスライムに遭遇した時なんて――」

「セイントフォース」

 本日二度目の光に包まれると、先ほどまで流暢に話をしていたミーシャは口を開けたままポカンとしていた。

「話が進まないから割って入ったが…デルタも変身するのはいいけどお前の話を聞かせてくれ」

「うぅ、すいません」

 出来るだけ優しくデルタに言い聞かせていると、冷静になったのかミーシャは肩を震わせ。

「あなた、また私に変な魔法をかけたわね!?もう許さないから!」

 テンプレートのようなセリフを言い、何やらブツブツと言い出した。

 すると。

「ひやぁ!」

 急にデルタはお腹の辺りに手を当てて笑いだした。

「ちょっとこれぇ、どうなってるのですかぁ…くすぐったい、です!」

「急にどうした?デルタ」

 と何がどうなってるのか疑問に思っていると、俺の横で不審な動きをしているのが目に入った。

「こちょこちょこちょ」

「あはは、やめ。はぁ、あん」

 俺の目線の先には宙に浮いたお腹を両指でくすぐるミーシャの姿があった。

「どう。私に魔法をかけたこと、もう懲りたかしら?」

「はいぃ。もうしませんから、許してください!」

 どうやらお得意の空間魔法で体の一部だけ切り取ったみたいだ。

 何て高度な魔法をこんなバカなことに使っているのか。

「もう一生私に逆らわないと誓いなさい!」

「あはは、わか、分かりましたから…。ちか――」

「…わなくていいからな、デルタ。セイントフォース!」

 変な約束をする前に、三度目の打ち消しをする。

「おい何度もこの技使わせんじゃねぇよ。一瞬ふらっとしちまったじゃねぇか」

 事実消費しているマナが多くなりすぎて立ちくらみのような感覚に襲われる。

「…ふん。あなたが勝手に使ってるだけでしょ」

 ミーシャは面白くないといった態度でそっぽを向いてしまった。

「助かりましたぁ…。ありがとうございます、コノエさん」

 そんなミーシャとは対極にホッと肩を下ろすデルタ。

「いいかお前ら。つまんないことしてないで情報交換ってのを――」

「ワープ」

 俺が気を抜いて場をまとめようとした瞬間にミーシャはワープの魔法を使った。

 すぐ隣にいたデルタを連れて。

「えぇ……」

 一人ポツンと取り残された俺は、しばらく虚空を見るしかなかった。

 誰もいない路地裏。

 一人でいるだけにその静けさは否が応でも寂しさを感じさせる。

「はぁ…。まぁいいや。帰って寝よう」

 一連の騒動で疲れもあってか布団で寝たい気持ちが高ぶっていた。

 その欲望を抑えられないまま、俺は寄り道もせずに宿屋に帰ったのであった。


「――い…」

 うん?誰かが俺の耳元で話しかけている気がする。

「――起きて…さい。さもないと…」

 何だよ。人が気持ちよく寝ている時に。耳元でうるさいな。

「…起きないとキス、しちゃいますよ」

 え?今何て言った?キス?誰が誰に?

 その疑問が気になり過ぎて意識が段々ハッキリとしていく。

 そして目を開けると薄らと視界の情報が脳に送られてきた。

「…えぇ!」

 そしてハッキリと認識した情報は目を疑うような光景であった。

「もう。寝ぼすけさんですね。やっと起きてくれた」

「は?えっと、どういうこと?」

 俺の横に寝ているのは色っぽい大人の女性。

 その女性がまるで当たり前かのように俺に接しているのである。

「もう。あれだけのことをしておいて何も覚えていないの?」

 あれだけのことってどれだけのこと?横に一緒に寝ている女性が何を言っているのかサッパリ分からない。

「!?!?!?」

 俺が混乱していると女性は更に畳み掛けてくる。

「ひどい!私たちはもう将来を約束した仲でしょっ!」

「いやいやいや!将来も何も今この状況が曖昧すぎるんですけど!」

 必死に抵抗する俺に対し女性は目に涙を浮かべ。

「あなたなしで私はどうやって生きればいいって言うの…?」

「そんなこと言われましても…」

 困ったな。本当に何も分からないし、何が何やら。

 困惑する俺をよそに女性は、うんっと頷くと。

「分かったわ。あなたをそんなに困らせるのだったら、私は引くしかないようね。悲しいけど私は一人孤独に生きていくしかないわ。でもそれなら一つだけ約束してくれる?」

「…何かすみません。正直何が何やらですけど、何を約束したらいいですか?」

「私のような悲しい思いは女の子にはさせないってこと。そして女の子が困っていたのなら手を差し伸べてほしいの。特にミーシャの言うことは絶対に聞くこと」

「分かりました。それぐらいならお安い御用…って最後何て言った?」

「ふふふ。言質取ったわね、デルタ!この人もう私に逆らわないと!」

「はいぃ。しっかりと「分かりました」って言いました」

 俺が質問するのと同時にさっきまで話していた女性は蜃気楼のように消え、そして見覚えのある姿に変わっていった。

「ミーシャ!それにデルタまで。どうなってんだ!?」

「今から下僕になるあなたに教えてあげるわ。デルタの変身魔法で私をあなたが見ていた女性に変身させてたってことよ!年上の女性に迫られてドキっとしたかしら?」

「…なるほどね。二人して俺をはめたってことか」

「そうよ!そしてあなたはもう私の言うことは絶対に聞くことになったのよ!」

 あーはっはっはと笑うミーシャに対し。

「そうかそうか。つまり君はそういうやつだったんだな」

「あ、あのぅ。コノエさん…?目が怖いですよ」

 デルタの心配そうな雰囲気を気付いていながらも、俺はすぐそばに置いている愛剣を手にし。

「セイントレストレイン!」

 ありったけマナを込めて拘束用の技をミーシャにかけた。

「ちょ、ちょっと何よこれ!?」

「敵を拘束する用の技だ。そして、エンチャント=セイントフォース」

 魔法を打ち消す技を付与する。

「これでお前は魔法を使えない」

「ちょっと待ちなさいよ。…本当に魔法が使えないじゃない!」

 どうやら話ながら魔法を使おうとしたらしい。

「あぁ。このままお前を拘束し続けたらどうなるかな?」

「ふん。拘束って言ってもそんなに長い時間魔法が続くわけないわ。せいぜい――」

「そうだな。ざっと十二時間ってとこか」

「十二時間!?」

 俺のありったけのマナを込めたんだ。それぐらいの時間は保つだろう。

「え?ちょっと待って。本当に待って。私そんなに長い時間このままってこと?」

「そうだ」

「私トイレに行きたくなってきたんだけど…?」

「そこですればいいじゃないか」

 満面の笑みで答えてやる。

「はぁ?あなた何言って…。嘘よね…。本気で言ってないわよね…?」

「うん?冗談ではないが?」

「うわあああああああ!これ解いてよおおお!私を自由にしてええええ!」

 駄々をこね始めたミーシャに対しデルタは何とかしようとあたふたする。

 そんなデルタに。

「デルタ。コイツを助けようものならどうなるか…分かるな?」

 何もするな、と先手を打っておく。

「あうあうあう…」

 デルタは自分がどうしたらいいのか頭を抱え悩みだした。

「デルタ!あなたこれ何とかしなさい!さもないとさっきの非じゃないほどのことをするわよっ!」

「それは!…でもコノエさんが何もするなってぇ…」

「あなた私とコイツ、どっちの言うことを聞くっていうの!?」

 さっき何をされたのかとても気になるが今は置いておいて。

 本格的に動揺しているデルタの肩にそっと手を置き、優しく語りかける。

「デルタ。もしこのまま俺の言うことを聞いておくなら俺はお前を守ってやる。心配ないさ。俺がコイツに変なことをさせないと約束するから。今はそっとしといてくれ」

「はいぃ」

「ちょっとおおおお!」

 一人満足していないヤツがいるがそんなことは問題ではない。

「よし。これで邪魔するヤツはいなくなった。後はどうなるか…分かってるよなぁ?」

「解いて!今すぐこれ解いてよおおおお!分かったから!ちょっとだけ反省してるから!」

「ちょっとだけ?」

 反省の色が見えないのでわざとらしく聞き返す。

 するとミーシャはぐぬぬっと呻きだし、やがて決心したように。

「分かったわ!さっきの約束はなかったことでいいから!今すぐこれ解いてよおおお!」

「オッケー言質とった。じゃデルタこのまま飯でも行こうか。今日は俺の奢りだ」

「…いいんですかぁ?」

「良くないわよ!行くならこれ解いてから行きなさいよ!…ちょ、ちょっと待って本当に行かないわよね!行くフリして戻ってくるやつよね!扉を閉めて…すぐ開けるやつでしょ!…ごめんなさいいいい!戻ってきて、コノエ様あああ!」

 扉越しに聞こえてくるミーシャの声は離れていくにつれてもちろん小さくなっていったが、宿から出るまで薄らと聞こえ続けていた。

 その後すぐに申し訳なくなったのかデルタの必死の訴えにより、部屋に戻ってミーシャを自由にしたのだが、ミーシャは何も言わずただひぐひぐと涙を流し自分の部屋に帰っていった。

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