第1章 冒険
1.情報屋
海賊が街に現れて次の日。
「のどかだな」
「のどかだな…じゃないわよ!いつになったら旅に出るわけ?」
いつものように冒険者ギルド近くの路地裏で腰を下ろしていると、突然ミーシャが怒りだした。
「いやだって、昨日の海賊船からちゃっかりお宝盗んできて当分働かなくても食べていけるわよ…って言ったのお前だろ。それじゃ、しばらく冒険なんてしないでゆっくりするのもいいんじゃないか?」
「えぇ、確かに海賊船からお宝盗んできて財力的には問題ないわよ。でもね、何もしないでゆっくりするなんて私の性分に合わないの!一刻も早く冒険がしたいの」
まるで駄々をこねる子供のようにプンスカ怒りながら訴えてくる。
「いやーだって考えてもみろ。俺がこの世界に転生したからまだ二日しか経ってないんだぞ。少しはゆっくりする時間をくれないか」
実際転生してからというもの色々なイベントに遭遇しすぎて転生したことが嫌になりつつあった。
「あなたの事情なんて知らないわよ。私に従いなさい」
「えぇ…どこの魔王なの」
「あなたが魔王になるんでしょ!?」
とか何とかいうくだりをさっきから繰り返している訳で。
ゆっくりしたい俺と早く旅に出たいミーシャの口論は終わりが見えなかった。
「いいわよ。だったら私一人でも何とかしてやるんだから。あとで吠え面かいても知らないわよ!」
「あぁそうしてくれ。でも晩ご飯までには帰るんだぞ」
「あなたは私のお母さんか!」
ツッコミを入れつつミーシャが腰を上げると。
「そこに誰かいるのですか?」
聞き慣れない声が建物の死角から聞こえてくる。
「誰よ」
ちょうど立ち上がったミーシャがその対応をした。
「いやー私は怪しい者じゃないですよ。そちらこそこんな路地裏で何か怪しい取引とかですか?」
そう言いつつ姿を見せたのは全身ローブに身を包んだ高身長の男性。
「だからあなた誰よ」
「こちらの質問に答える素振りすらないとは…まぁいいでしょう。私はデルタ。俗に言う情報屋です」
「情報屋ねぇ。それがこんなところで何やってるのよ」
「それはお互い様というところでは」
何この状況。また何かやっかい事に巻き込まれようとしてるわけ?
とりあえずここは我関せずといったところでドロンしますかね。
「どこ行く気よ」
「あ、や、トイレかな」
デルタの方向に目をやりつつ後ろの俺の行動まで把握しているとか何なのコイツ。
「おや、あなた達昨日の海賊事件で噂になっていた二人じゃないですか?」
俺を見るなり突然思いついたかのようにそう言い出す。
これは雲行きが怪しくなってきましたね。
「だったら何なのよ」
「いやー僕これでも情報屋なんてものをやっているので、昨日のことでお話をお聞きしたいなぁなんて」
分かりやすくごまをする素振りをするデルタ。
「何であなたに話なんてしないとダメなのよ」
「ですから僕は情報屋でして…」
「私たちが話して何か利益がある訳?ねぇ」
客観的にこのやりとりを見ているとミーシャが脅しているように見えるのはなぜだろう。
「利益があるわけではないでずが…。あ、そうそう。ミーシャさんでしたっけ?昨日は海賊船に連れ去られたのにどうやって港に帰ってきたんです?」
「どうやっても何も普通にワープの魔法で戻ってきただけだけど」
普通にって、そんなことが出来るヤツが普通な訳ないだろう。
と、ツッコミを心の中だけで言っていると何か違和感のようなものを感じた。
「それは凄いですね!ワープの魔法なんて普通の人じゃできない芸当ですよ。ちなみに他には何か凄い魔法は使えるのですか?」
「凄いなんて、当たり前でしょ!私は空間を操る能力を持つ大魔法使いだもの!」
自慢げに無い胸を張るミーシャ。おっと視線が怖い。
「ほうほう、空間を操る能力を持つ大魔法使い。そちらのコノエさんですか…も凄そうですね」
「あぁ。こっちのは私に比べたら何てことないんだけどね。腰にぶら下げている剣で昨日の海賊船も――」
「ミーシャ、ちょっと黙れ」
「はぁみよぉ」
自分の事だけでは飽き足らず俺の事まで話し出すミーシャの口を左手で塞ぐ。
「お前魔法を使っているな」
俺の言葉と聞いてデルタの瞼が少しだけ閉じられた。
「さっきから何かおかしいと思ってたんだ。お前何で俺達の名前を知っている?」
「いや、たまたま先ほど姿を見せる前に聞こえたので」
「今日はまだ名前を呼んでいない。そもそもコイツが俺を呼ぶときは名前ではなくあなたとかおにーちゃんっ!とかしか、って痛ぁ!」
「おにーちゃんっ!はあの時だけよバカ!」
ついに黙っていられなかったのかミーシャは俺の左手に噛みつき反論してくる。
「そうでしたっけ?ではどこかで聞いたことを覚えていただけです。ところでお二人は仲がよろしいんですね?」
「そんな訳ないじゃない!何でこんなヤツと…って痛い!何すんのよ」
「はいストップ」
また何か話し出す前に頭をコツンと叩いておく。
会話術が上手いとかそういうのではなく、魔法の効果を受けているのは間違いないらしい。現に気を付けていれば冷静さを保っていられている。
「おい、何か分からんが魔法を解除しろ。さもないと…斬るぞ」
ブーブー言っているミーシャを後ろに下げ、剣の柄に手をそえる。
「おー怖い怖い。こちらに戦闘の意思は一切ありません。それに魔法も使っていません」
手をぶんぶんと振り敵意は無いことを示すデルタ。
本当に敵意は無いらしい。でも。
「嘘はよくないなぁ。魔法使ってるの分からないとでも思ってんのか」
「…感知でもできるんですか?」
「そんなもんできるわけないだろ!だから聞いてるんだよ!」
「…謀りましたね!?」
ありがたいことにボロを出してくれたので、剣を抜き両手で構える。
そして剣の先を地面に突きつけるように振りかぶる。
「ちょ、待って僕はしがない情報屋で戦闘は――」
「セイントフォース!」
剣から発せられた光が辺りを包む。
「いきなり何やってるのよ!!?相手は一般人なのよ…って何にもなってない」
「当たり前だ。いきなり攻撃するかよ。ただ魔法の効果を打ち消しただけだ」
細かいことはよく知らないけど、光の届く範囲なら魔法を打ち消せる。
結構便利だけど、消費するマナが多いのは難点でもある。
「さぁこれで立場は対等だ。どんな魔法使ってたのかじっくりと…て、あれ?」
剣をしまいデルタの方を見ると、先ほどいた高身長の男の代わりにぶかぶかのローブの隙間から地肌の肩が露出している幼い少女の姿がそこにはあった。
デルタはどこに行った…と辺りを見渡していると、少女の方から声をかけてきた。
「あのぅ…すいませんでした。許してください」
目の前の少女からポロポロと丸い目に涙が溜まり溢れ出ている。
いやいやいやちょっと待って。絵面だけ見たら俺が泣かしているように見えるし、格好的にもアウトな感じがしなくもない。
「うわ女の子泣かしてサイテー。お巡りさーん、ここにヤバい人がいるー」
「おいぃ!やめろ!冗談でもそんなこと言ってんじゃねぇ!」
ホントに誰か来たらどう説明するつもりだ。いや説明の暇無く連れて行かれるだろう。
「おい、とりあえず泣き止め。な」
「はい…すいません。うぐぅ…」
何も悪いことしていないのに良心が痛むー。もう帰って寝たい。
「…えっと君はもしかしてデルタなのかな?」
状況を客観的に考えてかもしれない疑問をぶつける。
「はいぃ。そうです」
なんてこった。なんてこったですよ。
「もしかして変身魔法を使っていたのか?」
俺の問いにデルタは黙って頷く。
「……。はい、解散!」
両手を合わせ解散の指示を出す。
「ちょっと待ちなさいよ!めんどくさくなったからって無かったことにしようとしても無かったことになんてならないんだからね」
「そうは言ってもこんな状況、誰でも関わりたくないに決まってるだろ!」
俺とミーシャが言い争っている間に、デルタはそっと手を挙げる。
「あのぅ…僕はどうすれば」
そんなデルタの問いに。
「とりあえずあなた…私の下僕ね」
「「!?」」
容赦の無いミーシャの暴言が決まった。
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