4.海賊討伐
「何てこったこんなタイミングで海賊が来るなんて…」
膝を着いて崩れる若い男性。
心なしか周りにいる街の住民の顔色も暗い気がする。
「え、海賊が来ただけでこんなになるの?」
「あなたはこの世界に来たばかりだから、分からないのね。いい?海賊ってのはね。すんごいんだから。とにかくすんごいの」
「すんごいのか…」
何がすんごいのかあえては聞かないでおこう。というか凄いと何が違うんだ?
街の南に位置する灯台のある港から、数キロの位置に一隻の海賊船。
ゆっくりとその進路をこちらに進めてくる。
「おい、女子どもをすぐに隠せ!若い男連中はもしものための戦闘の用意!」
戦闘の用意ってどんだけ用心する訳?
ただ海賊船が港に泊まるだけだよな。そっとしといてやれよ。
「海賊なんて全員いなくなればいいのに」
「え、何か言ったか?」
ぽつりとこぼしたミーシャの言葉が上手く聞き取れなかった。
「そんなことより、ちょっと耳を貸しなさい」
「は。何だよ?」
そう言いつつ耳を傾けるとミーシャが耳打ちをしてくる。
「はぁ?正気か?」
「ええ。海賊なんてろくなヤツがいないんだから。これぐらいして当然よ。それにあなたの腕も確認したいものね」
ミーシャがろくでもない表情でウインクしてくる。
「どうなっても知らないぞ…」
ミーシャが話した作戦に思わずため息がでた。
そんなやりとりをしていると海賊船が港に泊まって乗員が船から降りてくる。
「おいおいずいぶんな歓迎だな。臭ぇ男が寄って集って歓迎でもしてくれんのか?」
如何にもな荒くれ者の海賊に住民はうぐっと息を飲む。
「今日はどういった用件でこの街に来たのですか?」
おそらく街の住民である男が恐る恐る海賊に話しかける。
「用がなかったら港に泊まっちゃ行けないのかい?ひでぇ話だな、おい」
そう、荒くれ者の海賊が周りに確認するように大袈裟な言い方をする。
「そうだぜ。俺達はまだ何もしちゃいねーってのに」
そうだそうだ、といつの間にか海賊船から降りて群がっている船員達。
「お頭、こんなことを言うこいつら、シメてやりましょうぜ」
「そうだな、こんなになめられて黙ってたんなら、海賊の名折れ。俺たちゃ何もするつもりはこれっぽっちも無かったが…やろーども!祭りの時間だ!」
先頭に立っていた荒くれ者の船長はニヤニヤしながら周りを促す。
言いがかりもいいところだ。
そもそも何もしないのに港に寄ったと思えない。
「景気付けだ!マキシマムオーラ!」
船長がそう高々に詠唱をすると、船員達は体周りにうっすらと靄のようなものを纏う。
「いやーっほい!」
「うがぁ」
船員達は住民達を容赦なく攻撃した。
「何て早いんだ。それに力も強すぎる」
住民達も負けずと応戦はするものの、船員達の攻撃に防戦一方だった。
「これが海賊か」
少し遠い所から俯瞰して見てはいたが、何とも言えないイライラ感があった。
「そうよ。少しばかり力をもっているからって平気で弱い者から搾取していく連中なのよ」
ミーシャがまるで実体験のようにいう内容はこの現状を見ただけで理解してしまう。
「そうか。じゃこれから何をされても文句は言えねぇよな」
腰に装備している剣を抜き、戦場に足を踏み入れる。
「おいおいこんなガキまで俺達に刃向かうってか。俺たちゃ天下のかいぞっーあぎゃぁ!」
相手の剣が振り下ろされる前に、その気にくわない顔面に拳をつきつける。
「海賊だか何だか知らねぇけど、死にたいヤツは前にでな!」
あれだけ騒がしかった一体がシーンと聞こえるぐらいに静かになる。
それも束の間、今度は船員達の笑い声が響き渡った。
「あっはっは。死にたいヤツは前にでな…だって。笑わせやがる!」
「面白いガキがいたもんだ。腹痛え!お頭も何とか言ってやってくださいよ」
「ふふっ。面白えガキだな。えれー啖呵を切ってくれたもんだ。良いこと教えてやる。死にたがりはいねぇが、死ぬ覚悟ができてるのが海賊ってもんなんだよ!」
そう言いながら船長が俺の前までやってきて凄いメンチを切ってくる。
「そうか。なら死んでも文句は言え――」
「おにーちゃんっ!」
俺の言葉を遮り少女が俺の前までやって来て庇うポーズをとる。
「え、何やってんの?お前」
こんなふざけたことをするヤツは俺は一人しか知らない。
「何やってるのは私のセリフだよっ!お兄ちゃんが突然出て行くから、ミツハ心配になって…ひぃ!」
いや演技とは分かっているが、海賊に怯えるフリ上手いなこいつ。というかミツハって誰だよ。お前はミーシャだろ。
「へへ、兄妹愛か。随分可愛らしい妹がいるんだな、お前」
お頭信じちゃったよ。こいつはただのミーシャなんですが。
「海賊さん、お願いがあります。お兄ちゃんを…街の人に乱暴しないで。私でよかったら何でもしますから」
「何でもねぇ…。本当に何でもしてくれるのかい?」
「…はい」
ミーシャは足を震えさせながら懇願する。本当演技上手いな。
海賊のお頭はじっくりミーシャのことを観察し、うんと頷く。
「まぁそこまでお嬢ちゃんが言うのならここは穏便にことを済ませてやってもいいか。胸がないのが気になるが」
おいぃぃ!余計なことを言ってんじゃねぇ。ミーシャの方からブチって音が聞こえたじゃねぇか。
「ちょっと待て。そんなこと納得でき…いてぇ!」
ミーシャさん、俺の足踏んでますよ!
「という訳だ、ヤロー共!ここにいる嬢ちゃんのお願いで穏便にことを済ますことになった。物資だけ頂いて海に出るぞ!」
ちゃっかり物資を持って行こうとするあたり、本当海賊だな。
「おらさっさと食料持ってこい」
船員が住民に威嚇して食料やらを持って来させる。
その光景が落ち着きだしたあたりで、ミーシャが船に乗り込んでいった。
「じゃあね。お兄ちゃん。元気でね」
「お、おい」
最後の別れの演出まで行って、海賊船は満足したかのように港から遠ざかっていく。
「兄ちゃん、妹さん連れて行かれちまったな。大丈夫か」
あんなことがあったのに、優しい住民は自分のことよりも俺の事を心配してくれている。
「えぇ大丈夫です。すぐに帰ってきますから」
「そうか。それなら…って何?」
「だから帰ってくるって言ってるんだよ。船があそこまで遠ざかったならすぐに」
段々と小さくなる船を見送りながら、その時を待っていると。
「ただいま」
ミーシャが俺の隣にあたかも最初からいたようにワープしていた。
「あんたさっき船に乗って行ったよな?どういうこった」
住民からしたら意味が分からないだろう。連れて行かれたと思っていたミーシャがさも当然のように俺の隣に現れたのだから。
かく言う俺も本当にワープ出来るのか半信半疑ではあったけど。
「おかえり。とりあえず作戦は順調ってことでオーケー?」
「大方大丈夫よ。あとは自信満々の自称魔王が何とかするだけでしょ」
実力拝見といったところだろうか。ミーシャは面白そうなものを見る目でのぞき込んでくる。
「…はいよ。ちょうど俺も早くあいつらぶっ飛ばしたいと思っていたんだ」
やっと考え無しに行動できる。
耳打ちで作戦を伝えられた時には上手くいくのか若干不安ではあったものの、今のところ順調にことが進んでいるらしい。
海に出来るだけ近づき、ミーシャがいなくなったことで進行を止めた海賊船に向かって剣を構える。
「死ぬ覚悟ができてるのが海賊、ね。じゃ、心置きなくその船ぶっ壊せるってもんよ!」
港から海賊船までの距離およそ一キロ。
遠くの所に向かって攻撃をした経験があまりないため、威力が出るのか心配ではあるものの、この間も同じような心配をして大丈夫であったことを思い出す。
「さっきの挑発乗らせてもらうぜ。セイント・ディストライト!」
剣先に力を込めてハンマーを振り落とすように剣を振った。
この技は離れたところに光の鉄槌を落とす技。
標的になった方からしてみれば突然頭上から光が落ちてくるような感覚だろう。
「うひょー。爽快」
距離が離れているので海賊船が壊れた音はあまり聞こえないが、船が半分に割れてもまだ衝撃を受け切れていないようで反発するように飛んでいく。
あんなに大きかった海賊船が距離感のせいもあり壊されたおもちゃのように見えた。
落下した半分の海賊船は大きな水しぶきを上げて海に浮遊している。
「これで良かったか?」
あり得ないものを見たと言葉を無くしている住民をさておき、俺は振り返り様にミーシャに問いかける。
「スカッとしたわ。合格よ」
「それはまたどうも」
少し前に問われた解はどうやら示せたようだ。
「じゃ行くわよ」
「行動早いな、おい」
もうここに用はないとスタスタ歩き始めるミーシャ。
「待ってくれ。あんた達一体?」
後方から声を掛けらる。さっき俺の隣にいた住民だ。
そんな声に反応するがごとく、ミーシャは顔だけ振り返り。
「私たちはしがない冒険者よ」
そう言ってまた歩きだした。
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