入学式と最優良能力者

 体育館、といよりもスポーツの試合でも執り行うようなドームにやってくる。実際、この体育館は内装を変更できるという大掛かりな機構を備えているのであながち間違ってもいない。ここ一つで大抵の競技ができるのである。

 そんなクソデカ体育館にこれまたスタジアムのような観客席があるのだが、在校生はここに座る。去年は自分がこのスタジアム体育館の中心に設けられた新入生席に座って数多の生徒の視線に曝されていたと思うとゾッとする。正直、大衆の前で目立つのは苦手である。まあ、俺は別に何かやったわけでもなかったので特に目立つことはなかった。ただし、今年の場合はまさかの妹がその注目の的であるため我が事のように内心ヒヤヒヤしている。大丈夫か妹よ。天然は控えてくれ。


「なに緊張してんの?」

「妹が何かしでかさないか心配なんだ」

「お前の妹はそんな問題児なのか」

「いや、基本的に優等生なんだが偶に天然発揮するからそうならないか心配なんだ」


我が親友に打ち明けてみた。するといつもの気持ちのいい笑顔で返してきた。


「大丈夫だろ。新入生は300を超えるんだぞ。お前の妹が天然発揮してもそこまで目立たないって」

「……」


先程のシメるケツイが薄れるほどいいヤツだと思う一方、申し訳なくなった。なぜなら我が妹がその300を超える生徒の主席だからである


「すまん。一つ聞きたい」

「なんだ?」

「万一、主席がなんかしたら目立つか」

「そりゃあ目立つだろ。なんせ新入生で一番の注目株だからな」

「……じゃあだめだ」

「は?」


素っ頓狂な声を出す裕斗に震えた声で言った。


「俺の妹、主席なんだよ」

「……はぁぁ?」


その言葉を冗談かなにかだと受け取ったのか、反応に困った顔をする。冗談じゃないんだ我が友よ。


「いやいや、流石にそれは」

「富見裕斗ともあろう男が新入生の名簿を見ていないのか?」

「いや名前はあとでも分かるし、まずは第一印象で見定めようと」

「これを見たまえ」


俺は自身のスマホを裕斗にわたす。そこには今年の新入生代表兼主席の名が書かれている。


「……マジで?」

「マジ」

「やば……アタックしていい?」

「殺すよ?」

「即答はないよお義兄さん」

「誰がお義兄さんだ戯け」


自分の友人の妹にアタックしたいと即座に思うこの男の頭はどこかおかしい。そもそも実の兄に許可を貰いに来るんじゃない。


「容姿端麗、文武両道、あとは性格だが……天然要素はプラスだな」

「人の妹をいきなり値踏みしだすな。品性を疑う」

「でもよう、俺がするということは他の男子もするだろ。というかお前の話通り美少女じゃないの。てか、今まで情報出回ってなかったのが不思議なレベルなんだが」

「うちの妹、大会とかそういうの出てないからな」

「はあ、まさにダークホース、もとい隠された秘宝だと」

「本人に隠れる意思はないぞ。あくまでそういうのに興味がなかっただけで」


そうこう話していると新入生が入場してくる担任が先頭を歩くのは一般的な入学式だが、その後ろを歩くのが主席生徒なのは少し珍しいのではないだろうか。

その後ろに多くの生徒が続き、次々と席の前に立つ。全ての生徒が入場しだい着席する。その後は進行を務める教師が一通りの予定を進めていく。この学校の入学式は至ってシンプルで、校長挨拶、理事長挨拶、新入生代表挨拶、生徒会長挨拶の四つが主だった内容である。校長挨拶はおそらく一般的な入学式とさして変わりはないだろう。校長が壇上から降り、待ってましたと言わんばかりに意気揚々と壇上に上がってきたのは理事長こと 天結てむすび世理よりである。簡潔に形容するなら黒スーツを着こなす黒長髪の美女である。威風堂々とした姿は女性とは思えないほどたくましく感じる。だが以外にもいいトコのお嬢様というのだから人は見かけによらない。


「まずはじめに。新入生諸君、入学おめでとう!!」


マイクがいらないのではと思うほどよく通る声で理事長は挨拶を始めた。


「わたしが私立新明学園理事長の天結世理だ。わたしから言いたいことは唯一つ、各々の可能性を存分に発揮してほしい。ただそれだけだ」


簡単明瞭。その言葉が最も相応しい挨拶である。


「この新明学園には君たちの可能性を引き出す手段が数多く存在する。それらを存分に使い、自らの可能性を模索してほしい。だが、もしもこの新明学園に自らの可能性を掴み、伸ばせる術がないと判断したのなら、遠慮なくわたしのところへ訪ねてきてほしい。君たちが可能性と才覚を遺憾なく発揮し、新たな光となる手助けになるのであればわたしは協力を惜しまない。どうか、この学園での生活を良きものとしてくれ」


正直、言っていることがめちゃくちゃである。そもそも能力者を養成する場として最先端をいくこの学園に無いものを探すほうが難しい。この学校で満足に能力を伸ばすことができないというのは、それこそ周囲と逸脱した例外のみである。ただ、この理事長自身がその例外に該当する逸脱した存在なので、彼女は自分と同じような生徒を求めているのかもしれない……そんな生徒は滅多にいないが。


「短いが以上とさせてもらう。正直、わたしは長い挨拶が苦手なのでこれ以上求められても困るがな」


最後に本音を漏らして壇上から降りる。分かると思うが、この理事長良くも悪くも人目を憚らない人である。理事長挨拶が終わった後は新入生代表こと最優良能力者挨拶である。つまり燈那が壇上に上がるのだ。


「おい連理。なんでお前が緊張してんだよ」

「妹の晴れ舞台だぞ。万が一粗相をして学校中の笑いものにされないか心配なんだよ」

「心配しすぎだ、シスコン」

「誰がシスコンじゃ」


何故か和んだ視線を向けられて腹が立ったが、気にしていられなかった。司会が最優良能力者として燈那の名前を読み上げる。自身の席から立ち、教職員および来賓に頭を下げ、そして壇上に上がる。この場の全ての注目を集める燈那は、毅然とした態度でどこか風格があった。まさかここまで神経を張り詰めることになるとは思わなかった。世の兄という存在は大丈夫だろうか。俺でこれならきっとまともな兄であれば血管の一つでも切れるんじゃなかろうか。


「……藤城家には『大衆に声を届けるにはまず己を示す』という言葉があります」


まさかの藤城家家訓を持ち出した。実際は決闘時に己の素性を明かした上で、後腐れなく戦うための文句だったらしいが、名を上げてからはそれが大衆に向けたものに変化したらしい。


「改めまして、この度、最優良能力者の名を戴くこととなりました藤城流第42代当主藤城燈那です。今日、この日にこの場で話せることをとても誇らしく思っております」


家訓を持ち出したのには驚いたが、その後については一切の心配はなかった。ただ、あまりにお堅いという点を除けば上々だろう。正直、こういった人前でのあいさつなど経験がほとんどないため意見などできない。この調子ならとんでも爆弾発言でもしない限り、少しズレているものの真面目な人として見られるだろう。


「抱える志は千差万別、それぞれの目標と夢を持ってこの学園に我々新入生は入学してきました。わたしの一言でその全てを代弁はできません。ですので、この学園に入学した一人として、この場ではわたしの目標を宣言させていただきます」


すでに完成された実力を持つ燈那が、一体どのような目標を宣言するのか。個人的に気になるところだ。他の生徒も、今年の入学主席がどのように展開していくのか、その一歩目を気にするだろう。ことさら同じ新入生たちからすれば最大のライバルがどのような道を歩むかによって自身とぶつかる可能性がでてくるのだ。その動向に耳を傾けない方がおかしいだろう。


「学内ランキング1位および全国1位、これが目標です」


会場が静まり返った。

掲げる夢としては正しかった。しかし、宣言としては間違っていた。おそらく、この場の生徒には大言壮語の夢物語のように聞こえただろう。現に、俺の横に座っている友人は呆気にとられていた。会場を見渡せば笑いを堪える生徒が何人もいる。確かに新入生主席という存在は最優良能力者に定められる存在であるが、それはあくまで新入生の中での話であって、学園全体としてはそれほど上位とは考えられていない。もちろん例外もいるがそれはごく一部。普通は実力を磨いてきた上級生に敗北する。そんな事実がある中での全国制覇宣言は一周回って笑い話となってしまう。

その事実に気付いているかどうかはさておき、燈那は言葉を続けた。


「この目標はあくまで夢への一歩です。わたしには追いつきたい人がいます。その人物に一歩でも近づくため、この目標を掲げさせてもらいます」


その後の内容は特段おかしなものはなかった。ネットで調べればいくつも類似したものがでてきそうなほどの真っ当な内容だ。ただ、最初に言い放った宣言もあってかその内容をまともに聞いていたものは少ないだろう。代表挨拶を締めくくり、一礼してから燈那は降壇した。もちろん、この間も会場には変な静けさがあった。それは先ほどの宣言に驚く者、呆れる者、笑う者。それぞれが堪えたがゆえに作られた異様な静かさだった。そんな静かさを吹き飛ばした者がいた。それは、理事長であった。


「藤城燈那君。一ついいかな」

「はい」


席に戻ろうとした燈那に理事長は司会のマイクをひったくりつつ聞いた。


「君の宣言は見事だった。この大衆の前で堂々とあれほどのことを言えるのは君の歳では難しいだろう」

「ありがとうございます」

「だが、ただ夢を語るのでは意味をなさない。そこに至る道があればこそ目的地は見えてくるものだ。君にはその道が見えているのか?」

「至る道は先ほど話したとおりです」

「ほう」

「わたしにとって至る道、その一つが全国制覇です。さらにいえば、学内1位や全国1位程度・・も取れないのであればわたしはまだ未熟だということです。わたしの夢は先ほども言ったように、ある人と同じ境地に至ることです」

「そうか……これは失礼した。まさか全国制覇が言葉通りただの足掛けだったとは。一応この国の能力者委員会に席を置く者としてはそこまで軽く言われてほしくなかったのでね。つまらないプライドでつい聞いてしまった」

「いえ、こちらもまるで軽視しているかのような言い方になってしまいました。申し訳ございません」

「頭を上げてくれたまえ。その夢への足掛けに我が学園を選んでくれて感謝する。どうか邁進してくれたまえ」

「ありがとうございます」


再度、頭を下げてから燈那は自身の席へと戻って行く。理事長もマイクを司会に返して自身の席へと戻り座ろうとした……と思ったら思い出したかのようにまたマイクをひったくった。忙しないウチの理事長である。


「すまない藤城燈那くん。最後に一つ良いかな?」

「はい。なんでしょう?」


呼び止められて燈那は理事長の方に向き直る。


「良ければでいいのだが、君の追いつきたい、並び立ちたい、という件の人物を教えてくれないだろうか。これは完全な好奇心だ、答えてくれなくても構わない」

「大丈夫です」


そう答えて燈那は一呼吸置いた。正直、気になる。お兄ちゃんそんな人がいたなんて知らなかったよ。


「わたしの兄です」


むせた。そして耳を疑った。


「(いや、落ち着け。これアレだ。兄っていうのは俺のことじゃないんだ……いや、この世に燈那の兄貴は俺だけだが?)」


混乱のあまりバカなことを考えてしまった。

いや、まだ話し終わってない。様子を見るんだ。おいこっち見るな親友。


「兄……ウチの学園に在学している藤代連理くんだね?」

「はい」


どうやら「藤城連理くん」で間違いないようです。嘘でしょ……。フルネームで呼ばれたのにはかなり驚いた。まあ、あの人とは色々接点が多いので当然と言えば当然だ。


「なるほど……君にとって兄とはとても大きな存在のようだ」

「はい。今のわたしでは兄に勝てませんので」

「わたしの好奇心に付き合ってもらってありがとう」


これで本当に終わりのようだ……色んな意味で。横を向けばさっきから俺に事情を聞きたそうな悠斗がいる。聞きたいのはこっちだよ……。

両者席に戻ってようやく最後の生徒会長挨拶になった……のだが、どうやら生徒会長は諸事情で今日はいないらしい。代わりに司会が予め受け取っていた原稿を読み上げる。その内容は当たり障りのない新入生への言葉であり「共に研鑽できる日を楽しみにしている」と締めくくられていた。まあ、まさか新入生代表が初っ端から自分の席を奪うと宣言するなど思いもしないだろう。現学内ランキング1位の生徒会長がこの場にいれば、それに対する返答があったに違いない。まあ、目下の課題は自分の立場だ。なんてことをしてくれたんだ我が愛しのシスターよ……。

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比翼連理の双刃使い《デュアルセイバー》 天骨 @tenkotu

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