教室にて

 本日から二年になったことで前とは教室が違う。と言っても予め通知が来ているので教室は分かっている。俺は『装者セイバー』としてこの学校に通っているため目指すは『S2-A』と書かれた教室である。

 この学校では生徒の能力系統でクラス分けが行われている。

能力系統とは『世界能力者委員会』が定めた能力者の判別基準であり、これによって能力者は『装者セイバー』『魔術師マジシャン』『魔装者ハイブリッド』の三つに分類されている。

中心となる校舎から東側、いわゆる東校舎の二階にあるのが、今年の我が教室『2-A』教室である。

扉を開けると既に10人以上の生徒が来ていた。俺が入ると何人かの視線がこちらに向けられるがすぐに仲間内の会話に戻る。そして俺はすぐさま自分の席(藤城ということもあってやや窓側後ろの席)につく。話すような友人はいないため、一人スマホをいじる。こういう時にいろんなゲームをやっているとそれなりに時間が潰せていい。

ただ、全部やろうとするとどれも中途半端な進行度になってしまうのは致し方ない。アプリを開き、ログインボーナスをもらったところで後ろから肩を叩かれた。

振り向くと知った顔があった。


「よ。久しぶり」

「おお、元気してたか」

「もちろんだとも。元気だけが取り柄だからな」


 富見裕斗ふみゆうと。俺の数少ない友人だった。

良く言えばノリがいい、悪く言えばお調子者。そんな男だ。

人当たりが良く、誰とでも仲良くなるコミュニケーションお化けなのだが、如何せん押しが強い。まあ、そのコミュニケーション力と席が真後ろだったことが重なって、この学校に入って一番最初にできた友人である。


「春休みどうだったよ」

「どうもこうも、ただの日常でしたが」

「いや~面白話の一つでもないですかねぇ」

「日がな一日部屋でゴロゴロしてただけだ」

「うへぇ、不健康」


 失礼な奴だ。休みは休むためにあるんだ。部屋での休息はむしろ健康的だろ。


「そう言うお前こそなんかなかったのか?」


 聞き返してやると、待ってましたと言わんばかりに目をキラキラさせ始めた。どうやら聞いて欲しかったらしい。


「もちろん色々しましたとも」

「で、その内容は?」

「突撃! 気になるあの子のハート!」

「いつも通りの玉砕告白じゃねぇか」

「いつも通りとはなんだいつも通りとは!!」

「で、成果は?」

「完全敗北」

「知ってた」


 この富見裕斗という男、すごくいい奴なのだがどういう訳か彼女ができない。陰ながら努力しているのだがそれが実を結ぶことがないのだ。その理由は大方分かっているがそれが治る気配はない。


「いい加減『押せ押せ』作戦をやめろ」

「それは分かってるんだがどうしても本能に従ってしまうんだ」

「もう少し理性をもて。お前は猪か」

「恋に向かって猪突猛進。富見裕斗です」

「アホかお前」


 つい辛辣な言葉をぶつけてしまうが、この手の会話は幾度と交わしてきたためこれが日常と化している。


「そう言うなら連理も彼女つくってみろよ」

「いや、俺には運命の相手がいるから」

「それいい加減あきらめろよ。運命の相手なんか幻想だぞ」

「うなこたない。俺は現に運命の出会いを果たしている」

「でもその子の名前も顔も覚えてないんだろ?」

「うっ」


 恋に向かって猪突猛進すぎるのが問題となっている裕斗だが、俺も負けず劣らずの厄介なものを抱えている。それが『運命の出会い』だ。

さしずめ、猪突妄信・・である。


「お前にとってその相手がどれだけ大事かはよぉぉく分かってるつもりだ。でもよ、いつまでたってもそこから前に進めないのはいささか問題があるんじゃないか?」

「おっしゃる通りで……いや、理解はしてるんだけど、こればっかりはお前の本能に匹敵する要素でしてねぇ」

「おう、わかってる。だから無理やり変えようなんて考えてない。だからせめて、俺が手伝える程度に情報をくれ。形は違えど連理は俺と同じ彷徨える愛の探究者なんだからよ」


持つべきものは友。ホント俺はいい友人を持ったと常々思う。


「裕斗……」

「連理……」


ガシッ。という効果音がしそうな抱擁をいつの間にか俺たちはしていた。

傍から見ると男子生徒同士が抱き合っているという、見るものによっては劇薬クラスの光景となっている。このクラスの生徒には新学期初日に劇薬を浴びせてしまった。本当に申し訳ない。


「視線が痛い」

「だな」


すでに十人以上いるクラスメイトたちからの痛い視線で我に返る。


「とにかく、連理の初恋相手のカワイ子ちゃんの情報がないと始まらんって」

「再三言ってると思うが、俺も記憶が曖昧なんだ。ただ、その時の気持ちの昂りだけ異様に覚えてるもんだからモヤモヤしてるんですよ」

「気持ちの昂りだけ覚えているっていう感覚は俺も分かる。あれは俺がまだ小学生のころ、近所の親切なお姉さんを見た時の……」

「話が長くなるからやめい」


裕斗の初めて女性を好きになった秘話をバッサリと切り捨てる。

この話を始めると異様に長くなるのは去年に嫌というほど経験した。


「まあとにかく、今年こそは連理の『運命』とオレの『本能』が良き着地点を見つけられるように頑張ろうぜ」

「俺の着地点は決まってるんだよ。ただ、レーダーが死んで航路が不明で霧に覆われた大海原にいるだけだ」

「いや、それ大問題だろ。決まってないとほぼ一緒じゃないか」

「裕斗のように片っ端から港に入っては追い返されるよりマシだろ」

「見つけられないのと追い返される、結局航海を続けるのには変わらないな」


その後も他愛無い会話が続いた。

学校一(俺調べ)恋に夢中迷走している男たちは今日も健在であった。

気づけば始業1分前という時間になっており、自然と会話は終了した。

俺は春休み明けでも気兼ねなく馬鹿話できる友人がいることに、情けなくも安堵していた。いかんせんコミュニケーションが不得手なためか、会わない期間が長いと何を話したらいいのか分からなくなる。典型的なコミュ障の考え方だが、こればかりはどうしようもない。祐斗がコミュ強で良かったと心底思った。


「新学期の出だしは順調ということで、良いのかな」


懸念点が残っているとすれば今年の入学生首席となっている我が妹のことぐらいである。あちらも俺と負けず劣らずのコミュ障なのだが系統が違う。

俺は友人が相手であれば気兼ねなく話すし、周りのことを気にもしない。

燈那の場合、他人を相手にしても全く動じない胆力を持ち合わせている反面、どういうわけか友人を作るのがめっぽう下手なのである。

どうやらどんな相手でも堅苦しい態度を崩さないせいで周りが一歩引いてしまうらしい。我が妹のことを考えているといつの間にか体育館への移動の合図が来た。

体育館への移動中に何かある方がおかしいが、俺はなんとなく一年の教室がある方の廊下を見た。といっても一年が来るのは二、三年の後なのでいるわけがない。

だが、その俺の行動を目ざとく見ていた裕斗が話しかけてきた。


「なんだなんだ。もしかして一年の中に運命のあの子がいるのか?」

「いねぇよ。第一、一年の顔さえ全くわからないんだぞ」

「じゃあなんであんな女々しい表情で一年の教室の方見てたんだよ」

「女々しいじゃなくて心配だ。妹がいるんだよ」

「あれま、本当にいたのか妹」

「なんだぁ、てめぇ」

「いや、ただの妄想の産物だと思ってたから。何せ連理の話を聞く限りバリバリの美少女らしいからさ」


あとでこいつをシメよう。そう俺は心の中でケツイした。





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