桜坂
燈那が先に行ってしまったため一人寂しく登校する羽目になった。
余計なことを言うと良いことがない。今まで何度も経験してきたことではあるがどうしても一言もの申したくなってしまう自分の性に嫌気がさす。
早めに追い付くために少し走ってみたが後ろ姿さへ見えない。
まさか追いかけてくることを察知して向こうも走っているのかもしれない。
「……お兄ちゃん悲しいっす」
つい今の心境を口に出してしまった。
「唯一の家族たる燈那に嫌われてしまったらどうしよう?」
そう考えただけでかなり気分が悪くなる。
どうやら思った以上に妹のことを気に入っていたらしい。
友人に「お前、シスコンなんじゃね?」と言われたことを思い出す。
あの時は「違う」と否定したがこれではあながち間違いじゃなかったと思わざるをえない。
「とにかく追いつけるように走るか」
先程よりも速めに、大体マラソンするぐらいの速さで走り始めた。
心なしか少しペースが速い気がするが気にしない。
ただ、抜き去っていく通行人や同じ学校の生徒からはかなり奇異の目を向けられた気がした。
走り続けること5分ほど。ようやく見慣れた背中が見えてきた。
そのままのスピードで追いすがる。すると向こうがこちらに気づいたらしくいきなり走り始めた。
「え? ちょ、待てよ! なんでぇ!?」
こうして、しばらく俺と燈那は追いかけっこすることになった。
「はぁ……」
朝から汗をかくはめになった。それに追いかけっこで盛大に回り道をしたのもあって早めに出た意味がなくなった。
まあ、校門前でようやく追いつけたので良しとしよう。
「ねえ、もう放して」
「あ、すまん」
掴んでいた燈那の制服の襟首を放す。
走ったことで皺になってしまったところを直し終えるとこちらに振る向く。
その表情は怒っているのか呆れているのかよくわからない。
とにかく複雑なものだ。
「いきなり襟首掴まないでよ」
「逃げなきゃそんなことしなかった」
「はいはい。わたしが悪いですごめんなさい」
「……まあ、いいか」
随分とテキトーな謝罪であったが別にいいだろう。
これ以上ギクシャクする必要もない。本日の主役をこれ以上不機嫌にさせたら後が怖い。
「さて、晴れてやってきたわけでございますが……感想はありますか?」
話を切り替えて今日から通う学校。私立新明学園についてを聞いてみた。
「いや、外観も内装も把握してるからそこまで感想ないけど」
「いやいや。実際に今日から通うってことへの気持ちというか何というか」
「う~ん。あえて言うなら校門から校舎までが変に長いことが気なるかな」
「あー、それはごもっともで」
うちの学園は校門からすぐに坂道になっている。
しかも道以外の斜面に桜の木がこれでもかと植えられている。
初めてこの光景を見たときは俺も燈那も驚いたものだ。まるで坂全体が桃色の布にでも覆われているんじゃないかと思うほど桜に埋め尽くされていたからだ。
ただ、坂道がちょっと長いため最初はその光景にこころ躍らせても、登りきるころには「なんでこんなに坂道長いんだ?」という疑問でかき消されてしまうのである。
「いっそエスカレーターでもつけりゃいいのに」
「それは流石に無理じゃない。それに
「いやそうだけど……気分的に疲れるじゃん」
この学園の創設者が何をどう思ってこんな風にしたのかは分からないが交通の便が悪すぎる。一応車道にもなっているので車で行くことも可能だが学生が車を持っている方が珍しいため結局自らの足で登ることになる。
「まあ、細かいことは置いといて行きますか」
桜坂(生徒間での呼び名)を登りだす。
しばらく歩いて坂の中間あたりで燈那が話しかけてきた。
「ねえ、なんか見られてる気がする」
「そうみたいだな」
「なんか、わたしやった?」
「強いて言うなら入学試験でトップの成績を出して見事主席の座についたことかな」
燈那は登校中の他生徒から注目されて戸惑っているらしい。
新入生である自分がなぜ注目されるのか分かっていないといったところである。
だが、これは致し方ないとしか言いようがない。この学校での『主席』というものにはそれだけの力があるのだ。
例え新入生であっても上級生含め、全生徒に注目されても何らおかしくないものなのである。
「なんで入学試験の結果で注目されなきゃいけないの?」
「あの試験の意味分かって言ってる?」
「もちろん。『
「……はあ」
ついため息を吐いてしまった。まさかうちの妹が変なところで抜けているとは思わなかったからだ。
長い坂道での暇つぶしに説明してやることにする。
このままだとアホ丸出しで新入生代表をすることになりそうだ。
「この学校での総合成績は勉学及び能力者としての実力で決まる。
その為、『学年主席』とは即ち学年最強の能力者ということになる。
では新入生代表、すなわち新入生主席とはどういう存在か。在校生からすれば自分の立場を脅かす期待の新入り。成績上位を目指す同級生からすれば大きな障害。そうでなくてもこの学校の生徒からすれば意識せざる負えない存在である。
今の時期、厳密には入学式から最初の測定日までの間、最も注目を集める存在だな」
そう説明してやると燈那があからさまに動揺し始めた。
すごく珍しい光景にちょっと頬が緩みそうになるが何とか耐える。
バレたら朝と同じ轍を踏むことになりそうだからだ。
「そんなにすごい扱いなの? せいぜい『あいつすげーな』ぐらいだと思ってた」
「なんでそんな軽い考えだったんだよ……」
入学当時のことを思い出して、どうしてそんな軽く構えられるのか分からなかった。
この学園、筆記試験は他のところより緩いぐらいなのだが、面接が一種の能力測定なのだ。入学自体に直接影響することは少ないが、入学時の試験順位に大きく影響を与える大事な試験である。やることは単純。面接官であるこの学校の教師を前に自身の能力を見せるのだ。その際、できるだけ正確に能力を知るために、前もって申告された能力に合わせて、その系統に最も精通した教師が面接官となる。その為、この学校の入学試験はとんでもなく長い。そんな入学試験で有力な受験者を『優良能力者』。そして最上位を『最優良能力者』と呼ぶ。燈那はその『最優良能力者』だ。だがこの試験、実際に受けなけなければ分からないとんでもない事実が存在する。それは面接官ごとの無茶ぶりである。現在の能力を引き出すためにかなり凄い要求をされるのだ。中には試験終了後そのまま病院に運ばれた例もあるらしい。(何を要求したんだろうか)
ちなみに俺は、諸事情あって無茶ぶりではなくカウンセリングのようなことをされた。しかも面接官まで特殊だった。
とにかく、そんな試験を受けてここまで軽く考えられる燈那が凄いというか、たぶん鈍感なだけなんだろうと思ってしまう。
「なんか失礼なこと考えてない」
「別に。その楽観的な思考が羨ましいと思っただけです」
「それを失礼って言うの。まったく、あの程度なら全然余裕だったんだけどな」
その言葉に一瞬戸惑った。
新入生間では話題になりがちなあの無茶ぶりを、「あの程度」で一蹴した。
もしかすると燈那を担当した面接官が少し優しかったのかもしれない。
興味が湧いてしまうとどうしても聞いてみたくなる。躊躇なく聞いてみる。
「なあ、燈那を担当した面接官って誰だ?」
「え~と、確か松山先生だったかな」
「松山!?」
「ちょ、大きな声出さないでよ」
「ご、ごめん」
教師陣の評判に疎い俺でも知っているような有名どころが出てきて驚いてしまった。
燈那の言う「松山先生」とはこの学校では特に有名な教師の一人である。熱血教師の鑑とも言うべき暑苦しい人だが、どんな些細な事でも生徒一人一人に親身に対応してくれることから評判は良い。そしてなにより教師陣でも特に高い実力を持った能力者であるため、少し暑苦しいぐらいなら指導を受けた方が得と考える生徒も多いのだ。
「しかし、あの松山先生相手にタダで済むのか?」
「現にわたしは余裕だった」
「ん~……じゃあ、燈那から見て松山先生はどうだ?」
「かなり強いと思うよ。少なくとも『あ、技使っても受けてくれるな』と思うぐらいには」
「えぇ……」
聞き方が悪かったせいなのかもしれないが、人柄などを聞いたつもりが燈那から返ってきたのは強さという観点での評価だった。昔から、特に相手が何かしらの武芸を嗜んだものだと、その実力で人を測る傾向にあった燈那だがそれは今も変わらない。
もちろんそれだけで人となりを決めるような事はしないが、第一の判断材料であることに変わりはない。
「友達出来ないぞ」
「そんなことないですぅ。そっちの方こそ友達いるの」
「いるに決まってるだろ……一人」
「相変わらずのボッチ生活と」
「容赦ないなぁおい!? それにいるって言っただろうが」
「でも基本は一人でしょ」
「おっしゃる通りです。はい」
そんなこんな気づけば昇降口。
新入生代表の燈那はいろいろとやることがあるのでここで別れる。次に会うのは入学式になるだろう。
少々世間知らずで一言多いがなんでもそつなくこなす妹のことだ、心配はいらない。入学式まで大人しく時間を潰すとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます