春の朝日
カーテンの隙間から差し込む光。それと呼応するように鳴るスマホのアラーム。
眠気を押し切り覚束ない手でアラームを止める。
しばらく布団の中でゴソゴソと動いて眠っていた身体を少しずつ起こす。
ある程度動けるようになって這うように布団から出る。
「いてっ!?」
ベットだったのを忘れていた。
頭から落ちたが高さはないためどこかを痛めることはなかった。
幸か不幸かこの時の痛みで目が覚めた。
ふらふらと立ち上がり、掛けてあるクリーニングから返ってきて間もない制服に着替える。しばらく休みではあったが一年以上続けていれば寝起きでも問題なくネクタイを締められる。おかしなところがないか鏡の前で少し確認してから部屋を出る。
一階に降りると台所から物音がする。相変わらず早起きだ。いつものように食卓へ向かう。朝食が俺を待っているからだ。
「おはよう」
「あ、珍しく起きてきた」
「開口一番ひどいな、おい」
「だっていつも起きてこないじゃん」
「面目ない」
朝一に御挨拶なことを言ってきたのは妹の
確かに朝には弱いがそんな珍獣でも見たかのような驚いた視線を向けなくてもいいじゃないか。一言言い返そうと思ったが今日は燈那にとってめでたい日だ。朝から兄妹で言い争いすることもないだろう。俺は思いを胸の内に引っ込めて座布団に座る。最近では珍しいだろうちゃぶ台が我が家の食卓である。
待っていると燈那が作った朝食を目の前に並べる。その献立は朝食の王者(自論)、目玉焼きである。手軽さ、栄養価、腹持ちなどなど俺としては非の打ち所がない素晴らしい料理だ。それでいて味付けも自由であり、工夫次第で色々化ける。ちなみに俺は普段は醤油で気が向いた時に塩コショウを使う派である。そんな目玉焼きだが今日は一風変わっている。厳密には使っているベーコンが違う。うちの目玉焼きはベーコンの上に作るのが常なのだがそのベーコンが分厚い……かなり。
「どうしたんだこのベーコン」
「あ、それ貰いもの。叔父さんが送ってきたの」
「ほ~・・・いやまて。叔父さんが送るってことは相当高いんじゃ」
「えっと確か、数量限定のブランド豚のとか書いてあったはず」
数量限定のブランド豚で作ったベーコンを目玉焼きに使う。
なんてことだ。今目の前には文字通りの高級目玉焼きが君臨している。
朝食の王様がブランド力まで持ち始めた。これは誰も勝てない。
そう。俺の胃袋も勝てそうにない。
「朝から別の意味で胃が痛い」
「確かに」
燈那も朝からそんなベーコンを使ったことに後悔しているらしい。
「今更考えてもしょうがないか」
「めでたい日だし別にいいか」
こういうところは兄妹だなと思う。
「めでたい日だから」ということで納得することにした。
ちょくちょく何かしらを送り付けてくる叔父ではあるが立場上どうしても高級品になりがちである。
至って庶民的な生活をしている俺たち兄妹からすると気後れしてしまうのも仕方がないだろう。
まあ、俺個人としては感謝しているので何も言うことはない。こんな機会でもないと食べられないような高級品がちょくちょく食卓に並ぶのだから。
ただ、俺にその味の違いを理解するほどの舌は無かった。
「いただきます」
「いただきます」
並べ終わった朝食を食べる。
会話……は特に無く、あくまでただ食べるだけである。
どちらも食べてる間は食べ物に集中してしまう性質なので二人揃うと無言になりがちなのだ。
そうこうしているうちに高級な朝食を食べ終わり、流し場に食器を片付ける。
感想は「旨かった」の一言に尽きる。
「さて、ちょっと早めに出ますか」
よっこらせ、なんて言いつつ立ち上がる。手早く登校の準備を整える。
今日は午前中に学校が終わるので特に持っていくものはない。
せいぜい身だしなみをしっかり整えるぐらいだ。
入学式で兄が不格好では妹の面子が立たないというものだ。
「いつにもまして気合入ってる気がするんだけど」
部屋から戻ってきた瞬間に言われた。
いちいち一言多い妹である。こっちはそれなりに気にしてやっているというのに。
まあ、一方的な感情なので特に何か言う気もない。
が、俺の性分としては何か言い返さないと気が済まない。
「入学式なんだからきっちりしないとダメだろ」
「今からだと疲れない?」
「憧れの優等生さんが何言ってんだ」
「公私を使い分けてるだけです」
少しふくれっ面で先に外へ出てしまった。それでいいのか新入生首席。
まあ、あんなこと言っている割にはしっかり着こなしている。素直じゃない妹だ。
俺も遅れて外へ出る。もちろん鍵を閉めるのを忘れない。
祖父が亡くなってすぐは、よく閉め忘れて妹に怒られた。
晴れ渡る空と心地よい風。気温も安定していて入学式日和と言える穏やかさ。
俺の入学式は季節外れの大雨で黒い雲の下で行われたため少し羨ましい。
「いや~、心地いい天気ですなぁ」
春の陽気にあてられて爺臭いこと言いながら歩き始めると、
ドスッ
「なにすんだよ!?」
いきなり燈那に後頭部をバックで殴られた。
「なんか馬鹿な事言ってるからつい・・・」
「お前、いつからそんな暴力的になったんだ?」
最近、俺に対する当たりが強くなっている気がする。これが思春期の女子というものなのだろうか。
まあ、直接そんなことを聞いてさらに手痛い仕返しをされるのは嫌なので言わないでおこう。
「まあ、かわいい妹の冗談ってことで受け入れよう。俺は器の広い兄だからな」
仕返しとばかりに軽口を言ってみる。
結果、先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃を腹部に受ける。
朝から嘔吐くはめになるとは。声にならず空気だけが喉を通る。
「バカ」
そう言い残し腹を抱える俺を置き去りに、燈那はそそくさと歩いて行ってしまった。心なしか早歩きな気がする……そんなに嫌だったのか。悲しくなった。
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