蛙鳴未明

 まあるい虹が見える朝でした。ちょっとうきうきしながら見慣れた背中におはようと声をかけると、その人くるりと振り向いてにっこり笑っておはよう。


「え?誰?」


 ちょっと驚いた笑顔は全く知らない人の顔。


 誰ってお母さんじゃない。どうしたの?


「え?だって――え?」


 汗の冷たさ。呼吸の短さ。足が震えてよろけちゃう。大丈夫かって支えてくれた男の人。暗い視界が震えながら上がって現れるのはやっぱり知らない人。でも着ているのはパパの服。出ない叫びと知らない人を振り払う私の手。ふらふらっぺたん。


 おい、どうしたんだ。


 尖った声。お父さんに何してるの、なんて平気でのたまうあんたは誰だ何様だママじゃないだろ。何がどうなってあっちもこっちもにちもさっちも意味がわからずどうしてどうして。近寄る影に首をふるふる。足もふるふる。


「いや、いや、いや、誰?誰?誰なの近付かないでよどっか行ってよぉ。」


 まさか……クスリとかやってないよな


 やってるわけないじゃん。いとこがぶっ壊れたのを見てるんだから。そもそもバイトも何もしてない私に買えるわけないしとか言いたいんだけど口からでるのは


「誰、誰?やめて。」


 なんてか細い声。


 甲高い声。野太い声。


 伸ばされる手。動かない足。ぶらんぶらんと揺さぶられてああもう脳ミソおかしくなりそう。パァンって鳴ってほっぺが痛い。あれ?視界が明るい。足が立つ。わーって叫んでびりって音してドアに向かって突っ込んで。ああ青空が綺麗だなんて思ってる場合じゃない。足の痛みなんて忘れて走った。


杉山さんも山下さんも中田さんもそのお子さんのはなちゃんもみんなおんなじ服におんなじしゃべり方だけどみんな違う顔。心配なんてしないで。おねえちゃん大丈夫、なんて言わないでその椅子はお前のものじゃないお前は誰だなんてことを込めて叫びながら走る。びちゃって泥がへばりつく。わって叫んですってん転んで尻餅ついた。もっとちゃんと運転してよ。視界が潤む。泣きたい。顔をおおったけどそしたら涙がでてこない。なんなんだって顔をあげたら。また知らない顔。


 ピ、ピコ大丈夫?


 それはマキが言うべき言葉だ。あんたに言われたって大きなお世話だ。むかついて泥を思いっきり跳ね散らかした。薄っぺらい悲鳴なんてものに構ってられない。余裕がない。行く宛もなく走るけれどもそろそろ疲れてきた。公園のベンチにどさり。まぶたが重い。しばしうたた寝。


 お嬢ちゃん、そこは……


 凄い臭いだ。目を開けるとぼろっぼろの服にごわごわの髪の毛をしたイケメンが――ってイケメンのホームレスなんて聞いたことない。夢夢と思うけれどもイケメンがごにょごにょ言ってるせいで眠れない。


「何?」


 そこ、あの、


 縄張りなのかな?イケメンだから譲ってあげよ。体を起こしてイケメンの脇をすり抜け、釣りはいらねえよなんて言おうとしたけど雰囲気大分合ってないから止めた。トボトボ公園歩く。噴水だ。べちょって泥ではりついてびりって胸元が剥がれてる制服。とりあえず綺麗にしよって噴水の方に近づいたらバッシャン池に落っこちた。もがきもがいてプカリと浮かぶ。ああ青空。青と青に挟まれて溶けちゃいそう。眠い。でも寝たら沈むよなって思って一大決心池から上がった。制服絞ってたらちらりと金の刺繍が見えた。見覚えのない名前。あれ?わたし誰?

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蛙鳴未明 @ttyy

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