第3話 10歳となるカンデのために
僕がトイレから戻ると、剣を携えた次期家長の第二子カルロスと、その双子の弟カジョタノ、それに八女のブランカが帰ってきていた。18歳のカルロスとカジョタノは、今は騎士見習い、来年か再来年には騎士となることを目指している。ブランカは僕のすぐ上の姉。まだ11歳だが剣の腕は男子勝りで、同年代の男の子は誰も相手にならない。
僕を見つけたカルロスが、
「おっ、カンデ。こっちにこいよ。」
と、家族の剣を立てかける
僕の中のカンデの記憶が、僕をうれしい気持ちにする。正々堂々たる騎士を目指している兄のカルロスにカンデは憧れていた。
僕はカルロスの元まで小走りする。
「おかえり、カルロス兄さん、カジョタノ兄さん、ブランカ。
カルロス兄さん、何?」
と、挨拶もほどほどにカルロスが手にしている紙を覗く。
そこには、『商品目録』という題名が書かれていた。はじめて目にするネオガリアの文字だったけれども、
紙を覗き込む僕に、兄カルロスが、
「リヒタイン侯爵様が開催された今日の騎士見習いの剣技大会で、俺は3位となってな。準決勝で負けてしまったのは少し不本意だが、3位決定戦で勝つことができて、銀貨20枚分までの剣装を、リヒタイン侯爵様が指定された武具店で受け取ることができる目録の書を商品にもらってきた、ということだ。」
と、言った。
横に立っていた兄カジョタノが、
「つまりは、カルロスは、来年はいよいよ10歳となるカンデのために剣を買ってやろうということだ。」
と、僕に言ってくれた。
すぐ上の姉ブランカが、
「私のお下がりでも良かったんだろうけど、これで一緒に剣を振るう稽古ができるな。今日のカルロスに兄様は準決勝でもあと一歩だったのだぞ。そんな兄様が勝ち取った目録の書なのだ。ただの銀貨20枚より、もっと価値があるものだぞ。」
と、僕の肩をポンと叩いた。リヒタイン侯爵常備軍への勧誘が目的の一つとされている本大会では観戦者は少人数に限ることとされていた。大会参加者の家族で観戦が許されるのは1人のみ。父は、二人の兄以外でもっとも剣の才に秀でていると見ている8女ブランカを観戦者に指名していた。姉ブランカは、女騎士を目指している。今のまま行けば、たぶんその夢はかなうことだろう。
ブランカの言葉を聞き終えた僕は、僕は我に帰り、
「ありがとう、カルロス兄さん。それにカジョタノ兄さんもブランカ姉さんも。」
と、丁寧に臣礼をした。
臣礼は、武家の者が主君に対して行う他、家内でも家長や目上の兄などに対してなされる礼式である。僕は
いつの間にか僕の真後ろに立っていたらしい妹レイナが、
「カルロスお兄様、大会での好成績、おめでとうございます。そして、ありがとうございます。カンデお兄様は、大変お喜びですわ。」
と言うと、なぜか僕の背中に顔を埋めた。
ふわりと香りが漂ってきた。たしか、母アンドレアがレイナの髪を整えるのに使っている春椿の精油の香りだ。転生後はじめて嗅いだその香りに僕は少しときめいた。
僕は振り返り、
「レイナ、ありがとう。兄さんにいただいた剣。僕はその剣を大切にして、修行を頑張るよ。」
と、少し顔を赤くして言った。
レイナを見つめる僕の肩を、姉ブランカが再びつつき、
「レイナを守れる騎士様にならなくちゃな。カルロス兄に剣を買っていただいたら、早速に私が稽古をつけてあげよう。」
と、僕に笑いかけた。
☆
そこから先は、兄弟姉妹10人が手を清め、食卓の席について、カリスト父上の帰りを待つ。レイナの母アンドレアが、育ち盛りでおなかをすかせた僕たちのために食前のスープを用意してくれた。二人と兄と僕、そして、7人の姉妹たち。世紀末の世界では児だった僕が経験したことがない暖かい家族の雰囲気。カンデの記憶の中にある彼らは皆、やさしかった。
そして、六つ色の髪の毛を持つ兄弟姉妹たちは、皆、整った顔立ちだった。19歳の長女アネシュカから5歳年上の母アンドレアは、お嬢様育ちのためか、むしろアネシュカよりも若くみえる淑女だった。そのアンドレアの血を引くレイナは、おしとやかな美少女。テーブルを囲む、その10人と共に食卓を囲むことに僕は未だに少し戸惑いを覚えつつもうれしかった。
そして、ラプトー豚の腿肉で出汁をとったという、母アンドレアの食前のスープも美味しかった。
☆
玄関の扉が開く。カリスト父上のお帰りだ。
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