第4話 ラディール家の晩餐

 手を清めたカリスト父上は、食卓の上座に腰を下ろした。食卓を囲む家族12人で、ネオガリア連侯国の聖霊・精霊たちに祈りを捧げる。祈りを終えた後は、台所で準備を整えていた食事をラディール家に長く仕えてくれている二人の召使いが運んできてくれる。

 

 レイナの母アンドレアが食前酒のシャンパンをカリスト父上に注ぐのを見ているうちに、今日の晩餐ばんさんを終えると、家族12人一緒で食卓を囲む機会はなかなかないということを僕は思い出していた。そう、ラディール家の長女アネシュカは、翌週末にライヒスト侯爵領のウォルヴォー騎士爵家の長兄である騎士アルヴィンに嫁ぐこととなっていた。リヒタイン侯爵領の北に位置するライヒスト侯爵領は、リヒタイン領の南東に位置するラディール家からはかなり距離がある。週明けには、婚姻の儀のため、カリスト父上と母アンドレア、そして、兄カルロスは、姉アネシュカと共にライヒスト侯爵領に向かうこととなる。カンデの記憶によると、往路復路を入れて12日ほどの旅となる予定だった。

 

 最近はリヒタイン領内を廻る用事が多かったカリスト父上は、長女のアネシュカを皮切りに、久々に顔を揃えた兄弟姉妹に順々に近況を尋ねていく。

 


 20歳の誕生日を前に、ウォルヴォー騎士爵家に嫁ぐ長女の姉アネシュカ。気立ての良い彼女の口からは、父上と今はなき母上、そして、今の母、アンドレアに感謝の言葉が出た。そして、少しおめでたい場を迎える者としては意外なことに、彼女は、弟の双子の騎士見習いカルロスとカジョタノに、ラディール家のことをしっかり支えてくれ、と頭を下げた。『そうだな。カルロスとカジョタノには、これからいっそうしっかりしてもらわなくては、な。』と、カリスト父上が満足げに頷くのを横目に、姉アネシュカは妹弟たちの思い出を順に話してくれた。

 

 16歳の姉ベドジシュカは兄弟姉妹の中で、実は一番のしっかり者であること。彼女は剣術をはじめ身体を動かすことにはあまり秀でていないけれども、騎士の家に嫁いでも商家に嫁いでも、しっかりと家計を回してくれそうだ、兄弟姉妹の中で一番線の細い身体をしている姉ベドジシュカのことを、きっとそうなのだろう、と思いながら僕は見つめた。

 12歳の三つ子の姉たち、アンジェリカ、アマビスカ、そして、モニカのこと。どちらかと言えば無口な三人のことを、ブランカと僕とレイナという年少の妹弟たちは良く分かることはできていないでしょうけどね、姉アネシュカは微笑んで、言う。『彼女たちは、三人ともとても純真なの。三人で知らずのうちに魂を磨きあっているからかしら。』、と。純真という言葉の意味はわからなかったけれど、魂を磨きあうという姉アネシュカの言葉を聞きながら、おそろいの服を着ている三つ子の姉を見た僕は、世紀末の世界でモトコに連れられて訪れたハツモウデのカンダミョウジンで境内に並んだ巫女さんのことを思い浮かべた。

 11歳になった姉ブランカ。兄弟姉妹の中で一番明るい紅髪を持つ彼女は、下の子ながら、家族のムードメーカー。剣の筋はとてもまっすぐで、以前は剣の練習をけっこう頑張った私は、もうとても受けきれない、と姉アネシュカはクスリと笑う。今は亡きおばあ様以来の良き女騎士様にきっとなることでしょうと、アネシュカはブランカに向かって微笑んだ。僕の中のカンデの記憶は、ブランカに関するものが一番多い。カンデを育ててくれたのはブランカだ、といってもいいかもしれない。どちらかといえば臆病者だったカンデを姉ブランカは都市が近いなからも上手に導いてくれていた。

 そして、カンデのことを姉アネシュカは話してくれた。カンデは、どこか夢見がちな男の子。今は9歳の今はレイナと一緒にぶらんかの後をついていっている感じだけれど、ひょっとしたら豊かな内面世界を育てていて、10歳の儀で良き精霊様と出会うことができるのではないかしら、と言って、アネシュカは、カリスト父上とぼく順にみた。父上は『そうあってほしいものだな。』と頷いた。

 最後は、末娘のレイナのことだった。いつもかわいらしいレイナは、兄弟姉妹の中では多分、一番賢い子。好き好きに振る舞う上の兄姉のことをよく見ていて、皆の良いところを見つけて学んでくれている。もちろん、これはレイナの母上アンドレアの教育あってのことと、姉アネシュカは兄弟姉妹たち皆を見ていった。


 もしかすると、アネシュカと晩ごはんを一緒に食べるのはもうしばらくないことなのかもしれないけれと、僕は彼女の弟で良かったと思った。

 


 そこから先は、兄カルロスを皮切りに、兄弟姉妹たちが順に父様と話していく。兄カルロスと兄カジョタノはもちろん、今日の騎士見習いの剣技大会のことを話した。残念ながら優勝はならなかったけれど、予選では100人近くが参加した大会で、兄カルロスは3位、兄カジョタノは8位とそこそこ満足はできる成績だったと、下の弟妹たちに聞かせるように二人は話した。二人で話し合って、決勝参加者になされるリヒタイン侯爵常備軍へのお誘いについては、兄カジョタノが受けることにしたと言った。それは、兄カルロスがカリスト父上の願い通りに、ラディール騎士爵家の家長を継ぐつもりだということを意味する。父は上機嫌に『俺のときの準優勝より価値があるかもな。』と笑った。

 

 四女のベドジシュカから先は皆、上の兄姉に比べると言葉足らずだった。でもみんな、父上と話すことを楽しんでいた。

 商家で働く三つ子のうち姉アンジェリカ、姉アマビスカは、モニカが店の番頭見習いから少しふしだらなことをされそうになったことを正直に語った。3人で話し合い、番頭さんに相談したところ、番頭さんがその見習いをきつくしかってくれたとのこと。

 姉ブランカは、もちろん、今日の兄上たちの剣術大会のことを話した。5年くらい後には、私が剣術大会で優勝すると宣言した。『それは頼もしい。』と父上は笑った。

 次いで、僕の番が来た。僕は兄カルロスから剣技大会の賞を使って剣をいただくことになったことを報告した。父上は改めてカルロスを褒めた。そして、銀貨20枚相当ともあれば、合戦の場でも仕える剣装を整えられるかもな、と笑う。僕は『兄上姉上から教えを受け、剣の道を頑張って進みます。』と父に決意を表明した。

 最後に、妹のレイナ。彼女は、僕が今日フライの魔法をとても上手に使って、空高くまで昇ったことを父上に報告した。『ほう。』と父は僕を見ながら関心を示した。リヒタイン侯爵領全域を見据えるほどに高く上がったと言うレイナに、『もしや、カンデにはシヴァの精霊様のご加護などがあるのかもしれないな。』と呟いた父上は、僕の方を見て言った

 父上は、

 「カンデ。まもなく10歳になるお前には、やはり精霊様の大きな加護を受けられるようになるのかもしれない。ラディール家としてはとても光栄なことだ。」

 と述べられた後、

 「ただ、このリヒタイン侯爵領と我がラディール家は少し微妙な時期にある。フライの大きな力を誰か良からぬものに見られては、良からぬ勘ぐりをされてしまうかもしれない。10歳となるまでは少し控えてくれ。」

 と、僕に言う。僕は褒められてうれしかったけれど、最後の言葉に少し複雑な気分となった。

 


 母アンドレアにお布団をかけてもらい、ブランカと僕とレイナは、一緒の部屋で先に眠った。一番年長のブランカが、朝早くに剣術大会に向かった疲れからか一番先に眠った気がする。僕は、今日のフライの魔法のことと、父上の最後の言葉のことを考えていた。

 

 その時の僕は思い至らなかったことだけれど、僕のフライの高空飛行は、後に実際に大変不幸なことを招いてしまったのかもしれない。そんな事を思いもよらないその時の僕は、暖かい気持ちで眠りについた。

 

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