第1話 転生の地、ネオガリア

  気がつくと、僕はそよ風が吹く草原に立っていた。久しぶりに見る緑がまばゆい。僕は少し下を見て、僕の両手を眺めた。そして両手を握りしめる。

 

 僕は再び大地を踏みしめる身体を得ていた。

 僕は空を仰いだ。夕陽が射し込む空は青く優しい。

 

 その時、

 「お兄様。」

 と呼ぶ声がした。振り返ると、草原の上をふわりと飛ぶ金髪の少女がこちらに向かいながら、微笑みかけている。

 少女はふわりと、僕の横に降り立った。 

 

 僕の妹のレイナだった。僕の中には、この転生の地、ネオガリア連侯国に生を受けたカンデ・ラディールとしての記憶がある。僕は、騎士爵ラディール家の第9子。僕の妹、レイナ・ラディールはラディール家の末っ子だ。

 一方で、僕には福音者を通じてゆっくりと思い出した、世紀末の世界の記憶もある。鉄道の高架下の部屋でモトコと過ごした時の記憶だ。この世界で僕は、いつか異界の門をくぐり、モトコを探すのだ。

 僕には、この世界でやらなければならないことがある。そのことが嬉しくて、僕は少し笑った。


 「何か、良いことがありましたか? お兄様、嬉しそう。」

と、レイナが優しい声で僕に問いかけた。

 

 僕は、レイナを方に向き直ると、

 「うん。」

 と頷いた。そして、

 「レイナ、僕は、カンデ・ラディールだよね。」

 と尋ねる。

 

 「うふふ、今度は、変なお兄様。

お兄様は、私の大好きなカンデ・ラディール兄上ですわ。」

 と、レイナは少し戸惑いながらも、嬉しそうだった。

 そして、フライでくるりと浮かぶと履いているスカートを閃かせながら横に身体を回した。

 

 スカートの裾の下の太ももと膝小僧が可愛らしかった。

 1回転を終えたレイナは、僕より少し高いところで浮かんだまま、

 「お兄様、そろそろおうちに帰りませんか」

 と言った。

 

僕は、

 「そうだね。でも、その前に...。」

と、心の中で《フライ》と唱える。

 

 カンデ・ラディールの記憶にある通り、僕の身体はふわりと浮かび上がった。

 

 僕は、僕がどこまで浮かぶことができるのかも知りたくなっていた。そして、この世界を、今の僕の目で眺めておきたいと思った。僕は《フライ》の念を強め、さらに浮かんでいく。下から、レイナもついてきていた。

 

 草原全体が見渡せるようになり、村の家々が見えるようになった頃、下から、レイナが、

 「どこまで昇りますの?」

と、問いかけた。


 僕は、「もう少し。」とだけ応え、さらに昇っていった。

 

 

 眼下には、夕陽が射すネオガリアの地が広がっていた。村の先に更に森があり、その先に別の村があった。湖と川も見える。そして、砦らしき建物も遠くに小さく見えた。ネオガリアは緑とあおがあふれる大地なのだった。世紀末の世界では、カンダミョウジンの緑しか知らなかった僕は、眼下の光景に圧倒された。

 

 真下に小さくレイナが見えている。レイナは手を組んで、僕を見上げていた。

 

 僕は《フライ》の念を弱くして、レイナが待つところまで降りていった。

 そこからは、二人並んで飛行をした。

 

 「もう、お兄様は高いところが少し苦手だったのではなくて。」

 と、レイナは呆れたといった風に僕に言う。


カンデ・ラディールの記憶の中の僕は確かにそうだった、思い起こした僕は、レイナの方を見ながら、

 「夢の中で、空での漂い方を練習したんだよ。」

と、言った。


 レイナは、「そんなこともありますのね。」と少し戸惑うように言った後、

僕の方を向くと、

 「でも、さすがはお兄様ですわ。」

と言った。

そして、

 「レイナは怖くて、とてもあんな高さまで上がれませんもの。」

と、続けた。


僕は、

 「来年には、レイナももっともっと高く飛べるようになるかもよ。」

と笑いかける。


レイナは、

 「来年のことは来年になったら考えますが。。そんなに高いところに昇ることを考えるだけで、年甲斐もなくおもらしをしてしまいそうで、やっばり怖くなりますわ。」

と、眉をひそめて言った。


 カンデ・ラディールは9歳半、妹のレイナは8歳になったばかり。前世では、まだオムツをして寝る時もあった5歳児だった僕はレイナがおもらしをすることが年甲斐もないことなのかどうかは分からない。

 でも、レイナにおもらしは似合わない。ほんの少し、一緒に過ごしただけで、妹のレイナが、表情が豊かな子であることが分かった。おもらしをしてしまったらレイナは、とても悲しい顔をするのだろう。

 僕はレイナに悲しい思いはさせないようにしようと思った。


 僕たちのハースィン村の家が見えてきた。


 僕とレイナは村の入口に降り立つと、僕たちの家に向けて、駆け出した。

 

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