【第30話:かばでぃとこれからも】

「おい!? いたぞーー!! アイナチーだぁぁ!」


 さっき僕の胸ぐらを掴んで、まっさきに手を出してきた男が、こちらを指さし叫んでいた。


 まずいと思ったけど、ちょっと気付くのが遅かった。

 僕の正面、貴宝院さんの背中側から現れたこともあり、貴宝院さんの対応も後手に回ってしまった。


「兎丸くん! 手を!」


 貴宝院さんはそう言って僕の手をつかみ、「かばでぃ」と言おうとしたのだけれど、


「ダメだ! 撮られてる!!」


 奴らは手に持ったカメラをすでにこちらに向けていたのだ。


 ただでさえ、『神が起こした奇跡の美貌を持つ美少女』としてネットで話題なのに、この上「かばでぃ」の異能力を知られでもしたら、大変なことになってしまう。


「立って! 逃げるよ!」


 僕は少しふらつきながらも素早く立ち上がると、貴宝院さんの手を引いて走り出した。


「う、うん!」


 さっきはいきなり後ろに現れて、そのまま囲まれてしまったので逃げられなかったけど、今度は囲まれているわけではない。

 だから、僕は貴宝院さんの手を取ると、一目散に逃げ出した。


「なっ!? あいつアイナチーの手をぉぉぉ!!」


 ただ、このまま馬鹿正直に逃げても、きっとすぐに追いつかれるだろう。


「貴宝院さん! 走りながら隙を見て、少しずつ能力を使って!」


 でも走りながらなら、あいつらも追いかけるのに必死になるだろうし、まともに撮影するのは難しいはずだ。


 今はそれに賭けるしかない!


「う、うん! カバディカバ……」


 そして、貴宝院さんが僕の頼みにこたえて、異能を使おうとした時だった。


「お前らそこまでだぁ!」


「キモイ人たちは、お仕置きね~♪」


 どこかで聞いた声とともに、追いかけてきていた奴らから、カエルがつぶれたような声が聞こえてきた。


「ひぇあぁ!?」


「ふぎゅぁべし!?」


「ほんぎょらびぇ!?」


 まぁ、カエルがつぶれた声なんて聞いたこと無いんだけど。

 いや、今はそうじゃなくて……。


「正! それに……美優ちゃん!」


 そこには、頬をぽりぽりと掻きながら苦笑する正と、満面の笑みを浮かべ、蹴り技を放った格好でこちらに手を振る小さな女の子、正大好きっ娘の美優ちゃんがいた。


「とまっちゃん、貴宝院、大丈夫か?」


「ははは、結構やられちゃったかな? でもまぁ何とか大丈夫だよ。それより、二人ともありがとう」


「これぐらい気にしないで! それより、とまっちゃんさん・・、おひさでーす!」


「美優ちゃん、おひさ~……しかし、美優ちゃん、さらに強くなってない?」


 僕が手も足も出なかった三人の男を、五秒とかからず失神させた美優ちゃんに、そう尋ねると、顎に可愛らしく指をあてて首を傾げた。


 見た目だけなら、短めのツインテールの似合う、まだあどけなさが残る美少女で、おそらく中学でも一二を争う可愛さだと思う。


 ただ……、


「ん~? どうだろ~? ねぇねぇ? ただちゃん、どう思う?」


 正曰く、その強さは世界レベルらしい。


「うっ……とりあえず、俺よりはつぇぇんだし、それでいいだろ……」


「え~? 私より弱いの気にしてるの~? ただちゃんは私が守ったげるから、気にしなくて良いんだよ?」


「ちっ……」


 小学生の頃に正が負けまくっていたのは知っていたけど、今でも、高校空手で全国クラスの強さを誇る正より強いのか……。


「えっと……美優ちゃんで良いのかな? 助けてくれてありがと」


「おぉぉ! 貴宝院葵那さんですね! ネットで写真は見たことありましたけど、本物はさらに凄い美人さんですね! 私のことは美優でも、美優ちゃんでも、本郷の彼女でも、好きに呼んでください!」


「ふふふ。じゃぁ、美優ちゃん、よろしくね」


 本郷の彼女発言に正がツッコムと思っていたのに何も言わないので、正に目を向けてみると、転がってる三人の側にしゃがみ込んで何かをしているようだった。


「正、何してるの?」


「うし、終わったぜ。カメラの中のデータは全部消しておいたから安心しな」


「ただちゃん、やるじゃーん♪ さすが私のただちゃん♪」


 そして何かを感じ取って空手の構えを取る正だったが……一瞬でバックを取られて、後ろから抱きつかれていた。


 う、動きが見えなかった……。


 って……こんなことをしている場合じゃないや。


「正、美優ちゃん背負ったまま、そのままこっちきて。それで貴宝院さん、いったんここから離れるから……また、お願いしていい?」


 ストーカーもどきの三人は気絶してるから大丈夫だけど、こちらに気付いた人がまた集まってきても厄介なので、ここから離れたほうが良いだろう。


「うっ……しゃぁねぇな……」


「え? なになに~? おんぶしてってくれるの!? やったぁ♪」


 正が渋々返事をし、美優ちゃんは理由がよくわからず、ただ、正におんぶして貰えることを喜んでいた。

 美優ちゃんに助けられたし、これもお礼の一つだね。


「うん。じゃぁ、いくね。……カバディカバディカバディ……」


 こうして僕たちは、皆でかたまって、その場を後にしたのだった。


 その後、僕たちは芝生で待つ小岩井とさやかちゃんとも無事に合流した。


 小岩井が少し腫れた僕の顔を見て警察に通報すると騒いだり、さやかちゃんが面白がって僕のほっぺたをつついてきたり、ちょっとドタバタしたけど、その後は帰って休んだ方が良いという意見をスルーして、強引に遊園地で遊びきった。


 なんだかここで帰ったら、あいつ等に負けたような気がして、絶対に嫌だったんだ。


 とりあえず今回は怪我を理由にして回避できたけど、絶叫マシンに乗せる気満々だった正と小岩井とは、もう遊園地には絶対来ない事を心に誓った。


 そして、一日しっかり遊んだその日の帰り道。

 最寄り駅まで戻ってきた僕たちは、それぞれの帰路へとつくことになった。


「じゃぁ、兎丸。ちゃんと送っていくのよ? 葵那も気をつけてね」


「とまっちゃん、貴宝院、何かあればすぐ電話しろよ?」


「とまっちゃんさん、帰ったら湿布ぐらい貼っておくんですよ~! 貴宝院さん、また遊んでくださいね~!」


 そして何の偶然かいたずらか、僕と貴宝院さん姉妹を除いて、皆帰り道が同じ方向だった。


「う、うん。それじゃぁまた週明けに」


「みんな、今日はありがとうね」


 そして僕と貴宝院さん、さやかちゃんの三人だけになった。

 ちなみにさやかちゃんは、遊園地エリアで完全燃焼してしまい、今は僕の背中で可愛い寝息をたてている。


「兎丸くん、さやか重くない?」


「だ、大丈夫だよ」


 本音を言えば重いけど、寝ちゃって脱力しているせいか余計に重く感じるけど、そこは僕も男の意地というものがあるわけで……。

 まぁでも、貴宝院さんのマンションは駅から近いので、たぶん大丈夫だろう。


 ナイス駅近! ぐっじょぶ駅近!


 ただ……そこから暫く、無言の時間が流れた。


 さっきまでは皆がいてくれたから平気だったんだけど、あのとき、売店の裏で僕の頬にそっとふれた、唇の柔らかな感触を思い出してしまう。


 $%&#!?


 だ、だめだ……一瞬頭が真っ白になった。


「兎丸くん? ほんとに大丈夫? 顔真っ赤だよ?」


 頭の中と違って、顔は真っ赤になったようだ。


「い、いや、な、何でもないよ!?」


 すると、僕のその返答に何かを感じ取ったのか、貴宝院さんも頬を少し朱色に染める。


 そう言えば、頬にキスしてくれたあと、


『えっと……私、いつの間にか兎丸くんのこと……』


 あのあと、何というつもりだったんだろう……?


 いや、そうじゃない……。

 いったい僕は、どこまで貴宝院さん任せでいるつもりなんだ!


 ずっと気付かないふりをして、ずっと見ないふりをしていた。

 だけど、わかっていたはずだ。


 僕はもうとっくに貴宝院さんの事を……。


「貴宝院さ……」


「あいにゃだょ……むにゅ……」


 くっ……さやかちゃん……そこまでこだわるのか……。


「あ、葵那……」


「う、うん……なに、かな?」


「僕、ずっと考えないようにしていたんだけど……その……あの……」


 うぅ……ダメだ。

 こんな凄く大事な時なのに、平凡で平穏で平和な、ことなかれ主義の僕の臆病で弱い心が顔を出してくる。


 しかし、僕がその先の言葉に詰まってしまい、情けない思いでいると……、


「カバディカバディカバディカバディ」


 いつもの言葉を発しながら貴宝院さんが近づいてきた。


「え?」


 そして、また頬に残るやわらかな感触……。


「私は……好きだよ? 兎丸くんのこと」


 頬を真っ赤にして後ろで手を組み、こちらを向いて微笑むその姿は、きっと本当に神様が起こした奇跡なんじゃないかと思った。


「……兎丸くんは?」


 その問いかけに、僕の臆病で弱い心はどこかへ消え去り、


「僕も……僕も葵那のこと、好きだよ」


 素直にこの気持ちを、ずっと見ないようにしていた本当の気持ちを、僕はそのまま口にしていた。


「そっかぁ~、じゃぁ私たち、両想いだね♪」


 そう言ってはにかむ葵那・・は、今まで見たどの姿よりも素敵で……。


「僕と……付き合ってくれますか?」


「うん。仕方ないから、付き合ってあげるかばでぃよ? ふふふ♪」


 こうしてこの日、僕たちは付き合うこととなった。

 さやかちゃんを背負いながら……。


 きっとこれからの僕の生活は、平凡で平穏で平和という言葉からはかけ離れた、大変なものになるだろう。


 だって、今も嬉しそうに「カバディ」と言いながら隣を歩く彼女が、これからも僕の高校生活を脅かしてくるだろうから。





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◆あとがき

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まずはここまで

『突然、カバディカバディと言いながら近づいてくる彼女が、いつも僕の平穏な高校生活を脅かしてくる』

をお読み頂き、ありがとうございます!


第一章は、この話で終了となります。


この作品は、初めて書くラブコメだったので色々不安な点も多く、至らぬ点も多かったと思いますが、読者の皆様に支えられて、ひとまずは区切りである第一章完結まで書き上げる事ができました。


本当にありがとうございます!


まだ兎丸と葵那の関係はようやく始まったばかり。

物語はこれからも続いていくわけですが、ただ、第二章再開までは、お時間を頂く事になる予定です。


他作品の話になりますが、書籍化関連の作業など、色々と精力的に活動しているため、どうか再開するその日まで、ブックマークや作者フォローなどをして、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいかばでぃ。


あとがきも長くなってしまいましたが、ここまでお読み頂き、本当に本当にありがとうございました!(≧▽≦)

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突然、カバディカバディと言いながら近づいてくる彼女が、いつも僕の平穏な高校生活を脅かしてくる こげ丸 @___Kogemaru___

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