【第29話:かばでぃとほっぺ】

 私は兎丸くんを探して売店の方に来てみたのだけど、そこで兎丸くんの姿を見つけることはできませんでした。


「カバディカバディカバ……うぅ~ん、いないなぁ」


 本当にこの距離で迷ってるのだとしたら、確かに伝説級の方向音痴かも? などと思いながらも、なぜかさっきから感じる胸騒ぎのようなものに、不安が募ります。


 もしかしたら何かメッセージが返ってきてるかと思い、スマホを取り出して画面を見てみたけど、こちらもなにも届いていませんでした。


「ん~まいったな~。売店ってここだけだよね? どこ行ったんだろ?」


 そう思って辺りを見回してみると、遠くに別の売店があるのを発見しました。


「ま、まさか、迷ってあっちに向かったとか? って、さすがにそれはないか。ははは」


 そう思い、視線をはずそうとした時でした。

 その売店の横あたりに、ちょっとした人だかりが出来ているのに気付きます。


「なにかな……?」


 私はあまり野次馬的なことは好きじゃないのだけど、気付けば、なんだか胸騒ぎに後押しされるように、その人だかりに向けて歩き始めていました。


 そして、そこへ近づいて行くと、何かちょっとした騒ぎが起こっているのがわかりました。

 まだ何の騒ぎかまではわかりませんが、巻き込まれても困るので、私は念のために能力を使って、そこへ近づくことにします。


「……カバディカバディカバディ……」


 しかし、集まった人に阻まれてしまい、近くまで行く事ができません。

 私の能力は触れてしまうと、その人への効果がなくなってしまうので、かきわけて進むのは最後の手段です。


 どうしようかと悩んでいると、前にいる人の会話が耳に入ってきました。


「おい。あれ、警備員か警察に連絡した方が良いんじゃないのか?」


「でもなぁ、下手に関わって巻き込まれるのもなぁ」


 聞こえてきた会話に不穏な何かを感じ、不安な気持ちが膨らみます。

 何が起こってるのかな……?

 元々売店の裏手の見えにくい場所な上に、野次馬前の人が邪魔でここからだとよく見えません。


 でも、その時でした。


「ふざけるな!! お前たちみたいな身勝手な奴らのせいで、貴宝院さんは窮屈な生活を強いられているんだ!」


 え? この声は兎丸くん!?

 そう気付いたときには野次馬を押しのけて飛び出ていました。


「だいたい貴宝院さんはアイドルでも芸能人でもないんだ! お前等のやってることはストーカーなんだぞ! そもそもあの子は有名人になりたくてなったわけじゃない! そんなことは望んでいないんだよ! お前たちの勝手をあの子に押しつけるな!」


 私の目に飛び込んできたのは、三人の男に囲まれて、暴力を振るわれている兎丸くんの姿でした。

 暴力というものに慣れていない私は、その光景に思わず足が竦んでしまいます……。


 でも……殴られても、蹴られても立ち上がり、


「貴宝院さんは、げ、芸能人じゃないんだ! 勝手に偶像化するな! つきまとうな!」


 折れずにそう叫ぶ兎丸くんの声が胸に響いてきました。


 そして……兎丸くんが、


「あの子は、貴宝院さんは……普通の十五歳の女の子なんだ!」


 と言った瞬間、私は駆け出していました。


 ◆


 僕は体の痛みに耐えながらも、それでも口を閉じなかった。


「普通の、痛っつ……普通の十五歳の女の子を追い回して、……ぐふ……恥ずかしくないんですか!? どう見ても僕なんかより年上でしょ!」


「うっ、うるせぇんだよ!」


「お、俺たちは、ふぁ、ファンなんだよ!」


「ファンとか寝言言わないでください! 素人の……普通の女の子を追いかけ回す、ストーカーでしょうが!」


 僕のその叫びに三人の男がひるんだその時でした。


「えっ!?」


 突然、背中に何かがぶつかって……暖かくて、柔らかいものに包まれていました。

 一瞬、まだ仲間がいるのかと、頬が引き攣ったのだけど……。


「カバディカバディカバディカバディ!!」


 え? ……貴宝院さん!?


 そして、ようやく僕は、貴宝院さんに後ろから抱きしめられている事に気付いた。


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ!!」


 どれぐらい、そうしていたのだろう……。

 暖かい温もりに、そして、ほんのりと香る柑橘系の香りに包まれたまま、僕は動けないでいた。


 それは……まるで神様への祈りのようだったから。

 何度も何度も何度も「かばでぃ」と呟く貴宝院さんが、ずっと涙を流していたから。


 僕に絡んできていた三人の男は、貴宝院さんが僕に抱きついてすぐ、僕から視線をはずし、何度か首を傾げながらも、いつの間にか集まっていた野次馬とともに、どこかへ行ってしまっている。


 だから今、この売店の裏には僕と貴宝院さんの二人きりだった。


「貴宝院さん……ありがとう。もう大丈夫だから」


 少し貴宝院さんのすすり泣く声が落ち着いてきたので、そう言って、僕の首に回された腕をとんとんと優しく叩いた。


「カバディカバディ……はぁはぁはぁ……ぐすん……はぁはぁ」


 かなり長い時間、ずっと繰り返し呟いていたので息苦しそうだ。


「はぁはぁはぁ……兎丸くん……ごめんね」


 貴宝院さんが申し訳なさそうに謝るのが、なんだかどうしても違う気がして、僕はその手をそっとふりほどくと、振り向き、目を見つめてから、真剣に、そして諭すように話しかけた。


「なにも謝ることなんてない。貴宝院さんは、なにも謝る必要なんてないから」


「え……でも……」


「僕が許せなかっただけなんだ。僕のちっぽけな意地みたいなもののせい。あいつらが好き勝手言うのを黙って聞いていられなかった……だけど、もしそれでも納得いかないなら、謝罪よりお礼の言葉の方が嬉しいな」


 少し照れくさかったけど、僕がそう言うと、貴宝院さんは一瞬節目がちな表情を見せたあと、


「え……えと……うん。じゃぁ、兎丸くん……ありがと」


 と言って、顔を近づけてきた。


「え……?」


 頬に残るほのかなぬくもりに、呆然と手を当てる……。

 貴宝院さんが僕の頬に、そっと口づけをしてくれたのだ。


「……えぇぇぇ!? どどどど、どうしてかばでぃ?」


 んん!? 違う!? 僕は何を言っているんだ!?

 落ち着け! 僕!! いったい何が起こった!?


「もうっ、そんな驚かないでよ……私だって恥ずかしいんだから……」


 貴宝院さんに視線を向ければ、顔を真っ赤にして、そっぽを向いていた。

 そうだ。間違いない。

 僕は貴宝院さんに、キスをされたんだ……。


「あの……えっと、あぁ、ど、どうして……?」


 僕は何を聞いているんだ……なんかもう、頭が真っ白だ。


「と、兎丸くんが、いつも私の事を真剣に考えてくれている事への、お礼だよ」


 そう言えばいつの間にか、僕、下の名前で呼ばれているな。

 いや、今はそうじゃなくて……それにこれは……僕は……。

 嬉しくて、でも、素直に喜んで良いのか?


 ずっと気付かない振りをして……。

 ずっと見ないふりをしていたのに……。


「それに……さっきの言葉。凄く嬉しかったんだ。えっと……私、いつの間にか兎丸くんのこと……」


 ぼ、僕のことを……その先に続く言葉にゴクリと唾を飲み込んだ、その時だった。


「おい!? いたぞーー!! 神の奇跡、アイナチーだぁぁ!」


 さっき僕の胸ぐらを掴んだ奴がこちらを指さし、そう叫んでいたのだった。

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