なりそこない英雄譚

鯖缶の化身

第1話

 目が覚めると、見知らぬ洞窟の中に倒れていた。随分と長いこと寝ていたようでゴツゴツとした岩場から起こした身体はそこら中が痛かった。


 目が覚めた直後は夢でも見ている気分だったが、意識が明瞭になるにつれ自分の置かれた状況の異常さが現実味をもってのし掛かってきた。


「落ち着け!まずは今の状況を確認しろ!」


 そう自分に言い聞かせ、頭の中で今の状況をまとめる。


 俺はいつも通りにアルバイトを終え、寄り道などせずに家に帰り、自室のベットで眠ったのだ。そして目が覚めたら俺がいたのは自室のベットではなく、見知らぬ洞窟だった。そして今に至るとい訳だ。


「ダメだ。全くわからない!家から洞窟にいつのまにか移動してたなんて有り得ないだろ!」


 頭がおかしくなりそうだ。


 思い返せば17年、健堂剛と名付けられ、周囲の期待に応えようと自分なりに頑張って生きてきたつもりだったが、結局何かを為すということもせずにここまできてしまった。幼い頃は、ヒーローになる!などと夢を語っていたが、そんなものにはなれないと知ってからは夢も目標なく、ただ身の回りのことをそれなりにこなして無難な人生を送ってきた。そんな感じで悪行を働くこともなく、普通の人生を送ってきただけの俺がなんで、


「なんでこんな洞窟で野垂れ死にそうにならなきゃならないんだ!」


 そんな風に叫んでもただ声が洞窟に響き渡るだけで、俺は不貞腐れてもう一度寝ようと横になった。


 ……いやダメだろ。こんなところで不貞腐れてても何も解決しないだろう。そうだ、気持ちを切り替えて前向きになって考えなければ。


「そうだ、前向きに考えればきっとなんとかなる。」


 よし、気分は切り替わった。人間、訳の分からないことが起きると心が弱くなるっていうのは本当だったようだ。


「何はともあれ、まずは出口を探さないとな。」


 そう言って俺は出口を求めて、洞窟へと足を踏み出した。



 暫く歩いていると、ちょっとした野球場くらいある広い空洞に辿り着いた。空洞の壁や天井には、見たこともないような鉱石が至る所に突き出し、その鉱石が光って空洞の中を月明かりのように幻想的に照らしていた。


「まるでマンガかアニメの世界みたいだな。」


 もしかしたら、ここは地球ではないどこか異世界なのかもしれないな。


「はは、そんなこと有り得ないだろ。」


 ふと、頭に浮かんだ馬鹿げた想像を一蹴し、俺は空洞の中を探索することにした。


 空洞の中心部に行くと、そこには大きな窪みがあり、中は水で満ちて池のようになっていた。


「そういえば、喉、乾いたな。」


 一度喉の渇きを意識すると、それは我慢し難く、俺は窪みへと身を乗り出した。しかし、あと少しというところで顔が水面につかない。


「あと…少しでっ……あっ!」


 無理な体勢のせいでバランスを崩し、大きな飛沫を上げて、俺は頭から池へと突っ込んだ。


「ガッ…!ゴボッ………!?」


 溺れる!死ぬ!まずい、こんな間抜けな死に方は、いやだっ!そんなことを思いつつ、必死にもがくが池は深く、下手な体勢で落ちたため冷静にもなれず、身体はどんどん沈んで行く。


 もう呼吸も限界が近く、これで終わりかと諦めかけた時、池の底から水が溢れ出し、俺は勢い良く池の外へとおしだされた。


「カハッ…!ゲホッゲッホ…!」


 地面に勢い良く叩きつけられた俺は暫く呼吸の苦しさと痛みに悶絶した。


 苦しさも治って、池の方を見るとそこには水で形作られた女性のような人型が水面に佇んでこちらを見ていた。


 なんだ、これは?と目の前に佇む奇怪な人型を訝しげに見つめていると。


『貴方がこの度の転移者ですか。』


 と、目の前の人型がこちらに向けて喋りかけてきた。


「し、喋った!」


 驚きのあまり大きな声を上げてしまった。しかし、こんなものがあるとは、ここは何かのアトラクションかなにかの中なのだろうか、そう考えていると、


『貴方がこの度の転移者ですか。』


 と再びこちらに喋りかけてくる。


 " 転移者"という言葉そして作り物にしてはあまりにも精巧で自然的すぎる空洞や目の前の人型の質感を目の当たりにして、さっき一蹴した、くだらない考えが再び頭をよぎった。俺は焦って、


「て、転移者ってなんのことだ!ここは一体どこなんだよ!?」


 と、人型に問いかけたが、


『貴方がこの度の転移者で間違い無いようですね。では、まずは貴方の質を確かめるための試練を執り行います。』


 そう言って人型はこちらの問いかけに応えようとしない。


「なっ…!勝手にはなしを───ガッ!?」


 勝手に話をを進めるな。と怒鳴ろうとして、俺は横から襲った全身を貫く凄まじい一撃に吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされた先には大きな岩があり、俺はそこに強く身体をうちつけた。全身に痛みを超えて、焼かれるような熱が襲った。あまりの痛みと衝撃に苦悶の声を上げ、やっとの思いで前を見ると、俺がさっきまで居た位置に、ドス黒い霧のようなものを纏った人型の影が見えた。どうやらあの影に殴り飛ばされたらしい。


 俺が全身の痛みで動かずにいる中、水の人型が、


『では、これより試練を開始します。』


 と告げ、同時に黒い人影が、こちらに向けて拳を構えた。ここに、地獄の戦いが幕を開けた。













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