3、「よお?」

「よお、また会ったな? へへへ、あんたも相変わらずみたいだなあ?」

 ネットカフェのドリンクコーナーで正治を仲間に誘った男がまた声をかけてきた。

「足がつくのがまずいんでな、同じ奴とは出来るだけ組まないのが俺たちの方針なんだが、あんたはなかなかいい仕事してくれたからなあ。どうだい?あんた、またやらないか? あんたなら歓迎するぜ?」

「ああ、そうですか。いや、俺もこの通りなんで、正直、助かります。是非お願いしたいんすが、俺、明日仕事入っちゃってて」

「なんだよ、どうせちんけな仕事でぼったくられるんだろう? やめちまえよそんなん。キャンセルしろよ、キャンセル」

「いや、実は久しぶりにありついた仕事で、今から断っちゃったら、次、仕事回してくれなくなっちゃいますんで。今ほんと厳しくって、まいっちまってんすよ。明日1日だけなんすよ。明日の……9時にはもういいんで、明日またここでっていうんじゃ駄目っすか?」

「そうだな、実績もあるし、いいだろう、明日9時、ここでいいんだな?」

「ええ。恩に着るっす。いやあ……助かりました」

「あんたは特別だぜ? 貴重な実務経験者だからな。ハハハ。ま、分かっちゃいるだろうが、俺たちゃ同じ一味だからな。分かるよな?」

「ええ。まじで飢え死になんてまっぴらっすからね。もう、なんだってやりますよ」

「頼もしいね。じゃ、明日、な?」

「よろしくお願いします」

 男は正治の腕をバシバシ叩いて笑いながら出ていった。ノルマ達成で上機嫌で。

 正治は着ていたジャンパーを脱ぎ、裏返しに着直した。リバーシブルなのだ。ポケットから出した帽子を被る。

 そうして店を出て、男の後をつけた。


 翌日。

 迎えに来た男に連れられて電車を乗り継ぎ、この前とは別のマンションに入った。どうせここも1、2週間の短期契約だろう。

 決して広くはない部屋に10人ほどの男たちが居た。前回と同じ幹部が5人、あとは正治と同じくネットの募集やネットカフェでスカウトされたアルバイトだろう。中学生みたいなのから60過ぎの爺さんまでいる。年齢はバラバラだが、皆同じ目をしている。正治と同じ目だ。

 インスタント食品の空がいい加減に隅にまとめられ、段ボールの机にノートパソコンが3台、携帯電話が20台くらい。たったこれだけの設備で、何十万、何百万、何千万と荒稼ぎするのだ、この連中は。

「あ、すみません、ちょっとトイレを」

 正治はトイレに入ると、喉に指を突っ込み、思いっきり胃の中のものをぶちまけた。中華やイタリアン、臭いのきついものばかり詰め込んできた。

 トイレから出ると幹部たちが嫌な顔をした。

「す、すみません、ちょっと風邪ひいちまったみたいで」

「おいおい、体大切にしろや?」

「すみません。あの、薬、買ってきていいすか? 喉に来るとまずいんで」

「そうか。『風邪ひいて喉が』ってのが定番だがな、熱出されちゃやっかいか。おい、リョウ、おめえ買ってきてやれ」

 リーダーが正治を連れてきた男に言った。

「へえ」

 男は迷惑そうにしながらも素直に返事して出ていこうとした。

「あ、すみません、俺、自分で行ってきます。あ、俺、アレルギーがあって、普通の風邪薬のめないんすよ」

「チッ、めんどくせえ体だなあ」

「すみません」

「ヤスさん、どうします?」

「しょうがねえな。リョウ、おめえが薬屋に連れてってやれ。いっしょに行って、いっしょに帰って来るんだ。分かるな?」

「へえ。よし、じゃさっさと行くぞ」

「すみません、迷惑かけて。すみません」

 正治は男に促されて部屋を出た。

 廊下を歩きながら男が話しかけた。

「ま、あれだよなあ、不景気っつう奴? あんたもたいへんだろうけどよ、俺らもこれでけっこう苦労してるわけよ。間抜けなポリ公なんざいくらでも出し抜けるがよお、この業界も競争厳しくってよ、『あら、うちは先週かかってきたばかりですのよ?』なーんてのがあったりしてな、ちくしょう、名簿屋ども見境なく売りさばきやがって、足下見るなつーの、なあ? ハハハ」

「アハハ。ところで先輩」

「あん? なによ?………………

 ……………なんだよ、これ、……

 ………て、てめえ…………………」

「誘ってくれてありがとうよ。感謝してるぜ」

「……………うぐうー……う………。………………」

 正治は男の腹に突き刺したナイフをこれでもかこれでもかとグイグイ突き上げた。男は正治に覆い被さるように倒れ込み、顔を肩に埋めぐったりと重くなった。

 正治はナイフから手を離し、ナイフは腹に突き刺したまま、男の体を引きずって非常口を開け、外の非常階段の踊り場に置き捨てた。

 廊下に点々と血が滴ってるのが気になるが、なあに、すぐにケリは付く。

 正治は下に下り、エントランスを出ると、裏手にカバーを掛けて置いた灯油のタンクを持ち上げた。昨日、男の後をつけてこのマンションは分かった。さすがに部屋までは突き止められなかったが、それも分かった。

 あれから正治は考えた。自分が復讐すべきは誰であるか?

 その答えを、これから実践する。

 正治は階に戻ると、部屋のドアの前に灯油をたっぷり撒いた。ドアにも。そして、残りを自分で頭から被った。

 ポケットからライターを取り出す。

 こいつでケリを付ける。すべてに。

 正治はチャイムを押した。「だれだ?」と問われる。

「俺っす。あの、なんかヤバイみたいっすよ。表に出たとたん、先輩がでかい男たちに囲まれて、俺、ちょっとつまずいて遅れて、慌てて逃げて来たんす」

「なんだとお?」

 ガチャンと鍵が開いた。

 正治は、ライターのふたに手を掛けた。

 ドドド、とものすごい勢いで走ってきた黒い男たちに正治は倒されがんじがらめにされた。

 頑丈な男たちはドアを突き押し、部屋の中になだれ込んだ。

「警察だあ! 詐欺容疑でおまえら全員逮捕するう!」

 わあっと中で騒ぎが起こったが、正治はまるで無反応だった。ライターを取り上げられ、腕をがっちり背中で押さえつけられ、床に押しつけられた口に、苦辛い油を味わっていた。

 不自由な視界、黒いコートを着た警官の背後に、ビデオカメラを構えた男たちがいた。

 なんなんだ?

 どうして、

 どうして俺の邪魔をする?

 どうして、死なせてくれない!?




 振り込め詐欺グループを逮捕したのは中央テレビ「生追跡!真相を探れ!」という警察番組に出演した霊能力者紅倉美姫の協力によるものだった。

 司会者からコメントを求められて紅倉は言った。

「正治さん。

 わたしはあなたのお祖母さんに頼まれてあなたを捜しました。そしてあなたの命を救うことは出来ましたが、代わりに、あなたのお祖母さんを脅してあなたの情報を得て、別の振り込め詐欺グループに霊感を与えてあなたのお母さんを詐欺にはめさせた老夫婦の霊を地獄送りにしました。本来あなた方が行くべき地獄にです。

 あなた方は思っているでしょう、他に悪質な振り込め詐欺グループはいくらでもあるのに、どうしてよりによって自分たちだけが捕まらなければならないんだ、と。

 そう、世の中とは不公平なものです。

 みんな不満を抱えながら、それでも我慢して生きているんです。

 でも安心なさい、あの世には、この世のような不公平はありませんから。

 あなた方はいずれ、正当な裁きを受けます」


 正治が紅倉の言葉を聞く機会があるかどうかは、今のところ分からない。


 終わり



 2008年10月作品

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霊能力者紅倉美姫10 「母さん、オレ」 岳石祭人 @take-stone

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