ラインゴルド号と別れた金井は黄金海域を飛翔する。

 剣士が飛び交う戦場では戦艦とて一瞬で沈んでしまうために、金井が制海権を奪い取るまで、アオイたちは逃げ回ることになる。

 正面、時代もわからぬ旧型艦の残骸が無数に漂う中、遠く見える廃コロニーが遺産の在処だ。

 金井と廃コロニーの間に立ちふさがるのは、3人の剣士。

「我が名は金井・誠右衛門! お主らの名は如何に!」

「我ら3人、クロケアモルスなり! 王国に徒成す賊徒を屠り去る黄色き死なり!」

 3人、一糸乱れぬ名乗り口上を上げる。

 そして戦いが始まった。


 金井はクロケアモルスと向き合い、互いに加速をする。

 だが、デブリの陰に隠れ、斬り合いを放棄した。

 あれは勝てない。

 花の様に円形に構えた盾は、一切隙というものがなかった。

 追いかけるクロケアモルスから、無様ともいえる逃げを選び続ける金井。

 こうして逃げている間にも隊列くらい乱れぬものかと探ってはいるが、そのような気配は一切ない。

 やがて敵に追いつかれることを察知。月サイズの巨大な氷塊の重力を利用しターンした。

 盾が迫る。

 通常、いかなる剣士でも攻撃の際には隙ができる。盾を持っていようが必ず、100あれば20の隙はできる。2人が同時に攻撃して40の隙だ。

 その40の隙を他の剣士が40のリソースを割いて塞ぐ。そして隙は0になる。完全な0だ。0.001の隙でも見つければ付け込む実力を持った金井だが、完全な0には手も足も出ない。

 実に練られている。

 金井の逢った中で最強の剣豪と言えば総統だが、この3人は尺度の違う強さだ。無敵である。

 すれ違う。

 突き出されるグラディウスをギリギリで抜ける。

 攻撃する暇などない。

 剣を避けつつもシールドバッシュが金井を襲う。

 これは命中した。右肩に痛打を受ける。

 姿勢を崩した金井を刈り取ろうとクロケアモルスが迫った。

 金井は姿勢を整え、ほうほうの体で逃げ切った。

「無様なり!」

「ファフニールを屠った英雄がその様か!」

「温すぎて功にもならぬわ!」

 いつまでも逃げ続けることは出来ない。

 逃げている内に、今の様に追いつかれ刈り取られるだろう。

 解は得た。奴らを殺す。

 再び敵に向き合う。

 金井の構えは正眼。

 亜光速まで加速し、間合いに入る。

 盾の隙間に狙いを付け、雷のような突きを放った。

 だが敵は無傷。

 突きは盾に阻まれ、その縁を少々貫通したに過ぎない。

 金井に隙ができた。

 即死狙いの頭への一撃は避けた。

 しかし、突き込まれるグラディウスが、金井の左脇腹を切り裂く。

 断裂する筋肉を自覚しながら、腸にまでは達していないと判断。

 出血は無視できないが、とりあえず生き延びた。

 切り返し、2合目の為に敵と向き合う。

 亜光速加速。

 金井の構えはやはり正眼。

 そして再び間合いに入る。

 突いた。

 突いた場所は先と同じ。

 敵が並んだあたりの、盾の縁。

 先と同じだ。

 寸分違わず同じ場所に突き込んだ。

 太刀が盾を貫通し、金井にとって右に当たる敵の心臓を貫いた。

「カエサル!」

 敵の一人、男の声で叫ぶ。

「くっ!」

 上方、女の声で放たれた眉間狙いの突きを抜け、そのまま盾をさらっていく。

 カエサルの死亡とともに、盾が消えた。

 これで完璧な防御にも穴が開いた。


 クロケアモルスの女剣士トラヤヌスは敵が己の顔の横を通り過ぎるのを見た。

 錆のように朽ちた朱。

 幽鬼のごとき鬼面の剣士。

 カエサルが死んだ。幼き日より鍛錬に明け暮れ、5000年もの長きにわたり王国最強剣士として君臨し続けた仲間が。

 生まれた時代も星も性別も違う3人だったが、その魂は強固に結びつき一体となっていた。自分自身が殺されたような悲痛だ。

 敵は鬼神だ。人の身で、剣士の身であんなことができるわけがない。あのような神業。

 亜光速戦闘で寸分違わず同じ場所を突く?

 盾も置物ではない。動く的だ。

 怪物め。何故人の形などしている。

「取り乱すなトラヤヌス!」

 スキピオが怯懦に陥りつつあるトラヤヌスを叱咤する。

 我に返った。

 そうだ、まだ2人残っている。欠員が生じた場合の訓練も十全にしてある。

 勝てないわけはない。敵も無傷ではないのだ。

 このクロケアモルスに、手負いで勝てるか。

「仇を討つぞスキピオ!」

 密集隊形を解除し、別々の方向から敵に襲い掛かる。

 1人が正面、1人が足元。

 亜光速で交差飛来する剣士2人に対応することなど不可能だ。

 トラヤヌスが正面だった。

 敵を補足。間合いに入る。

 こちらを相手取ると思われた敵は、しかし自身の足元に剣を振った。

 ブーツ状の脚部装甲をわざと切り裂き、足の指で太刀を挟みこむ。足指を放し解放した力は、足元から攻め来るスキピオの反応速度を上回るに十分だった。

 スキピオの顔面は後頭部まで縦に真っ二つに裂け、トラヤヌスの剣はまたしても抜けられた。

「ああああああ!!?」

 トラヤヌスは恐慌状態に陥った。

 それでも近衛剣士としての矜持が正気に繋ぎ止める。

 負けるわけにはいかない。王の名に懸けて。王国の名に懸けて。

 そして死んでいったカエサルとスキピオの無念を晴らすために、再び戦いへと舞い戻る。無謀な戦いへと。

 敵の剣士と向き合う。金井・誠右衛門。いずこからか虚空にまろび出た神域の怪物。

 恐怖は無い。火砕流と生身で向き合っているようなもので、そこにあるのは畏れだった。

 亜光速加速。死への反転を果たすその直前、

「トラヤヌス、もういい!」

 王の声がした。

「私の負けだ、もういい。戻れ。これは勅命だ」

 王の乗った戦艦は、すぐ目の前まで接近していた。金井に乗り込まれればひとたまりもない。

「陛下、無謀なことを! お下がりください!」

「勅命と言った」

 近衛たるトラヤヌスが、勅命に逆らうことなどできはしない。

「私の負けだ。敗者は敗者の責務を果たさねばならない。そのためにはお前が必要だ。故に戻れ」

「……御意」

 トラヤヌスは敵に背を向け王の乗艦へと戻っていく。

 金井は追ってこない。

 ただ一言、

「南無三」

 呟いた。



 ローマンは敵と向き合う。エドワード・クロムウェルだ。

 過度に薄い上半身の装甲。

 胸部装甲すらなく、白銅色の鉢金と手甲のみだ。

 半面下半身は、見事な花が一輪染め抜かれた鶯色の袴に、同じく白銅の脛当てと佩楯を装着した優美なものだった。

 その得物は、日本刀。

 分厚い2尺4寸5分の刀身は、いかにも実戦刀といったものものしい威圧感を放っている。

 互い、亜光速に加速し接近する。

 クロムウェルの構えは刀を天に向け顔の横で構えた八相――否、あれは蜻蛉の構え。

 王国の剣士教育によりあらゆる流派の特徴を学習しているローマンはその構えに憶えがあった。

 すなわち、クロムウェルの流派は示現流。

 雲耀と賞される速度と威力で放たれる一撃必殺の剣。

 だがローマンには勝算があった。

 いかな一撃必殺と言え、この左手のマンゴーシュならば容易に受け流せる。

 百戦錬磨の経験に由来する強力な見切りの力は、あらゆる攻撃を受け流す。それは理の極致に達している。

 間合いに入る。敵はこちらを袈裟斬りにする心算だ。

 マンゴーシュで受けた。流す。あとは右のレイピアで無防備な心臓を貫く。

 だが、その力は理外の領域に達していた。

「魔剣か……!」

 受けたマンゴーシュごと、肩から入った刃が肋骨を斬り裂いていく。淡雪でも切っているかのような滑らかな一撃だった。

 ローマンは絶命した。

 2つに分かたれた冷凍ミイラが虚空に消えていく。

 クロムウェルは血を払い無言。

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