Chapter 3.5 其処に居た
1
話は一旦過去に遡る。
ラインゴルド号がホークランドに到着するより前、クロムウェルが乗艦する王国軍の巡洋艦はケープホーキンスに差し掛かっていた。
ホークランドへの潜入任務のため、巡洋艦は武装商船に偽装してある。
ケープホーキンスはクロムウェルの故郷だ。
クロムウェルがわざわざこの惑星に立ち寄ったのは、かつて己の故郷を襲った災厄――浄化衛星を根こそぎ破壊するためだった。
40年。
この辺境から大本星までは亜光速航行でも8年を要する。その間冷凍睡眠などしている内に40年だ。
冷凍睡眠期間を除いた実年齢は26歳だ。7歳でこの星を離れ、7年の修業期間を経て、特務に配属された。
王国の汚れ仕事をこなすうちに、議会派との二重スパイとしての地位を確立していった。
実際のところは議会派に与していたが、双方の任務をほどほどにこなしていく内に両軍合わせて7人の剣士を斬ることとなった。
そんな戦果が買われてか、ついに国王からの極秘司令『人類種の遺産』捜索を任されることになる。
遺産の正体は初代国王の埋蔵トークンと説明されてはいたが、信じていたわけではない。独自の情報網を駆使してたどり着いた答えは、おぞましき歴史改変装置だった。
どうしても手に入れなくてはならない。今王国で生きる者は全て消え去るが、この過ちも消え去るのならばそれでいいだろう。
間違っているものは正さねばならない。死者は語ることこそないが、未来を見つめることもない。
クロムウェルの望みは、彼らが正しき歴史に生まれ変わり、幸福な一生を終えることだった。
おそらく彼以外の全ての人々は、夢想、感傷に過ぎないと否定するだろう。
だが夢想も感傷も、人の身より出ずる正しさに他ならない。クロムウェルが殉じるものは純然たる『正しさ』だ。
そう信じている。
浄化衛星は、その全てが無惨に破壊されていた。
巡洋艦のAIによる分析によれば、ごく最近の出来事だという。
誰がやったのか。
疑問に感じつつも大気圏往還可能な小型カッターを発艦させ、地上に降り立つことにした。
目的は彼の生家。植民星の首都グリーンラグーンだ。
衛星兵器で破壊されたシャトルの残骸、ひび割れたコンクリート。雑草が伸び放題の港は、最後に見た時と様変わりしていた。
カッターから個人用モノウィールを取り出し、生家へ向かう。
かつて歩いたメインストリートに、おびただしい白骨死体が転がっている。
浄化衛星の犠牲者だ。
彼らを傷つけぬよう、慎重にモノウィールを運転する。
かつて、この道を走るホバーバスで学校へ通った。
クロムウェルの家は中級貴族の家系だ。代々総督府で経理を担当している。
貴族とはいえ、このような辺境の植民星での暮らし向きは単なる1官僚に過ぎない。学校は富裕層向けの幼稚舎からの一貫式だが、送迎などが付くことはなく公共交通機関を使っている。
幼少のエドワードはバスの中で1人の少女と出会った。
同い年くらいの少女だった。
流行を少し外れたアニメのカバンを持っていて、同じくそのアニメが好きだったエドワードとは意気投合した。いかんせん流行を少し外れているために、語り合える友人が学校に居なかったのだ。
2人はアニメや学校の友人、授業の内容、家族――そういう話で盛り上がった。相手からほんの些細な差を聞き出すのが本当に楽しかった。
少女の名前は忘れた。
ただ、名も知らぬ花のあしらわれた白銅のネックレスをいつも身に着けていた。
子供向けのアクセサリーショップで親に買ってもらった安価な品だが、少女にはよく似合っていた。
それが自分の名前と同じだという。
「綺麗だね」
と、悪気なく言うと少女は赤面する。自分がそう言われているようだからと、何回目かでぽつりと言った。
「エドワードも、将来格好良くなるよ」
「そうかな」
「多分ね」
「多分かあ……」
今では微笑ましい思い出だ。
彼女が好きだった。
その笑顔も、めかしこんで伸ばした長い髪も好きだった。
好きだったはずなのに、思い出の中のその姿は朧げだ。名前すらも忘却の彼方に沈んでいる。
父は昔から大人しい人だった。
大人しいというより、その背中からはある種の諦観が漂っていた。
世界の終わりを静かに待っているような、そんな人だった。
仕事はこなすが、意欲はあるわけではなく出世の見込みもない。
家柄だけの男と、学友の母親がひそひそと言っているのを聞いたこともある。
ケープホーキンスの政治は少し特殊で、20年ほど前から直接選挙で選ばれた市民議会と貴族から選ばれた貴族院が対等の関係に位置づけられている。
ときの総督が王国の方針に反し、慈悲の法典に基づいた市民議会制度の復活を提唱したのだ。
総督府前には慈悲の法典の碑も建てられた。
すぐ隣国のホークランドへの対抗心もあったのだろう。総督には熱意があり、ケープホーキンスをより良いものにしようとしていたことは確かだ。
国民には受け入れられ、貴族からも最先端の思想と持て囃された。
それがどのような結果をもたらすか、父は少年時代からうすうす勘付いていたのだろう。
世界の終わりは唐突に来た。
学校から帰ったエドワードは、仕事にも行かずヴェポライザーからドラッグの濃厚な香りを漂わせる父を見た。
ワンダーランド系と呼ばれる、強い幻覚作用のあるドラッグだった。
虚空を見つめる父の手元には、端末が光を放ったまま握られている。
「お父さん、どうしたの?」
「……滅びの天使はラッパを吹いた。間もなく終わる……」
それきり黙り込んでしまった。
その日を境に、ニュースからは戦意高揚番組がひっきりなしに流れることになった。
インタビューに答える幕僚は必ず勝てる戦争だと腕を振り上げて叫び、星の守護を任じられている剣士を称える伝記ドラマが作られた。
街をゆくホロスクリーンに映るのは兵器、兵器、兵器。
あの日父が見ていたのは、王国の艦隊による粛清の布告だったのだ。
遡ること8年前、議会派の伸長を憂慮していた王国は、見せしめの意も込めてケープホーキンスに星滅刑を宣告した。
その実行部隊が、今更来た。
世間が戦争に進んでいようが、子供は学校に通うものだ。
ホバーバスの中での少女との変わらぬ会話が、エドワードにとって唯一の安らぎだった。
もうアニメの話はしない。内容がプロパガンダに寄りすぎてつまらなくなったからだ。
星滅刑の布告を受けた以上は否応なしに絶滅戦争となる。皆殺しにするかされるか、それだけだ。
捨て鉢のような好戦気分はエドワードにも少なからず及び、戦争が始まったら彼女だけは守ると公言した。
「ありがとう。約束だね」
約束した。守ると。力もない子供が。
父は仕事にもいかず、日がな一日家でドラッグを吹かすようになった。
母は夜な夜などこかへ出かけては昼間の間眠っている。
父の職場の同僚、高位貴族の男との密会。家の貯金と男の金で豪遊しているということを知ったのは大分後のことだ。
家事はエドワードがするようになった。
ナイフを持って野菜をカット、近海の魚をぶつ切りにして市販のスープの素と合わせる。
複雑なものは作れないので、これか塩焼きが主な食事になった。
ある日、魚を切る手が滑って手に当たった。
これは怪我をしたと思い、思わず「いてっ!」と叫んだが何ともなっていなかった。
そこにあったのは、黒いグローブのような自分の手だ。エドワードの手をぴたりと覆って、刃を防いでいる。
そんなものを付けた覚えはない。
虚ろな目の父にそのことを話すと、
「いや、まさか、そんな……お前が……これならもしかすると……!」
目の色が変わり、その日から父はドラッグをやめた。
もともと大した依存性はない。離脱症状の出るようなものは酒と煙草以外厳しく取り締まられている。
別人のようになった父は、仕事を再開した。
「ええ、かような危急の時に申し訳ありませんでした! ケープホーキンスのため、今後は身を粉にして励みますので!」
上司に謝罪をし、職場に復帰した。
母も外出することはなくなった。むしろ、以前よりも父に愛情を注いでいるように見える。
否、愛情という生易しいものではない。あれは媚だった。
そしてエドワードは家から出してもらえなくなった。
学校に行きたいというエドワードを、父も母も猫なで声で宥める。
エドワードは学校に行きたかった。通学バスで彼女と会いたかった。
結局、その後彼女と再会することはなかった。
エドワードはケープホーキンスから離れることになった。
父は総督府の施設を使って王国軍と秘密取引をしていたのだ。
希少な剣士であるエドワードと引き換えに、自身の助命を王国に働きかけた。
そして、その嘆願は受け入れられた。
ホークランドの商船に偽装した王国軍のスパイに連れられてケープホーキンスを脱出したのは、守護剣士が戦死した次の日だった。
環境を保全し、人体のみを焼く浄化衛星の準備が進む故郷を尻目に、エドワードを乗せた宇宙船が遠ざかっていく。
それが最後に見た故郷だった。
クロムウェルのモノウィールが生家にたどり着いた。門の前に白骨死体が倒れている。
白銅のネックレスを付けた、子供の死体だった。
クロムウェルはうつ伏せに倒れた彼女を起こし、仰向けにして胸で手を合わせるようにした。
謝罪をするように地面に肘を付く。
「……く」
慟哭だった。
「ああああああああ!!!」
人の絶えたケープホーキンスに、彼の声だけが響き渡る。
「王国め! 王国め! 必ず滅ぼしてやる! お前たちの過ちは僕が正す!! 必ずだ!!」
Chapter 3.5 其処に居た 終 Chapter 4 虚空に閃く に続く
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