9
金井・誠右衛門が宇宙怪獣ファフニールに引導を渡すよりも少し前。
地上、ホークランド治安軍の本部。
レエモンは侵入者と対峙していた。
狐のようなフルフェイスヘルムに黒いブレストアーマーの剣士だった。
右手にはレイピアを、左手は赤いタータンチェックのケープの陰に隠れて見えない。
迂闊だった。
行政府に詰め怪獣討伐の推移をオペレーティングしていたため、『人類種の遺産』の海路図が隠されている本部を留守にしていたのが徒となった。
レエモン以外の主だった剣士は金井の後詰としてカルティケーヤまで飛んでしまっているため、完全に手薄な状態を狙われた。
既に海路図は奪取されているため、この賊を逃がせばそれまでだ。
海路図を持っているのは剣士ではない。
剣士の背後、薄い金髪の壮年。
物理学者ウィリアム・ケプラーだ。
確か大本星からの亡命者で、元高位貴族という話だった。
総統直々の命令で接触は極一部の者に限られていたので詳細は知らない。
「ローマン、突破できるか?」
「仔細ありません」
レイピアの剣士はローマンと呼ばれた。元々の部下か。
剣士を連れて亡命してきたのか。
否、その亡命すらも建前で、虎視眈々と遺産を狙っていたのやもしれない。
部下にも4名犠牲者が出ている。
許すわけにはいかない。
「むん!」
サーベルを横薙ぎに振るう。
敵もサーベルの威力を緩和するよう右にステップを踏みながらレイピアを突き込んできたが、そのまま受ける。
剣士を地上で無力化するのは容易ではない。
だが、相手は非剣士の主人という弱点を抱えている。
有利な勝負だ。
レエモンは突きの威力により少し後退するが、敵は宙に吹き飛ばされている。
互いに細身の片手剣だが、レエモンの質量の方が若干勝る。
ローマンは空中でくるりと受け身を取ると、音もなく着地し、油断なく剣を構えなおす。
手練れだ。
しかしレエモンを圧倒するほどの実力はない。
レエモンはサーベルを大上段から振り下ろす。
連続した頭頂への打撃は、脳震盪を引き起こし剣士すらも行動不能にするだろう。
下から突き込み、サーベルの威力を相殺するローマン。
そのときである。
「貴様!」
ケプラーが叫んだ。
レエモンの背後から忍び寄っていたのは、第3の剣士だった。
「クロムウェル!!」
白い鉢金をたなびかせた剣士。エドワード・クロムウェルだ。
「久しゅうございます、国王陛下!」
クロムウェルはレエモンもローマンも無視して、真っすぐにケプラーを狙う。王と呼ばれたその男を。
「―――!」
ローマンの左腕が、ケープの奥から延びる。
その手には剣が握られていた。
マンゴーシュという短剣である。
クロムウェルはマンゴーシュを両手で掴み、王の手前で止まる。
ローマンもすさまじい。レエモンと鍔迫り合いをしながら、なんという膂力だろうか。
ローマンはレイピアをレエモンから放し、手首をひねってマンゴーシュをクロムウェルから取り戻すと、王を守るように立ちはだかる。
「王とはなんだ! 貴様は何者だ!」
レエモンは詰問する。他でもないウィリアム・ケプラーに。
「……私は王国の主。国王、ウィリアム116世だ!」
「なんだと!?」
国王が何故このようなところにいる?
「いずこの飼い犬かと思い餌をやっていたが、私の犬ではなかったようだな、クロムウェル!」
「そうでしょうとも! 私は議会派所属の遊撃剣士――否、それも正確ではありませんね。私は私自身の正義に従っているまでです!」
「浅はかな小僧め」
ウィリアムが吐き捨てる。
「その浅はかな小僧に斬られ貴様は死ぬのだ、王よ! 僕がお前に遺産の情報を逐次報告していたのはどうしてだと思う? お前をここにおびき寄せ殺すためだ!」
クロムウェルは計り知れない憎悪とともに王へと向かう。
これはまずい。
賊とはいえ、国王をこの場で死なせるのは得策ではない。
レエモンはクロムウェルを羽交い絞めにした。
ローマンと王は急いで下がる。
ローマンは不動の姿勢で王を守っている。
クロムウェルがレエモンに肘打ちを食らわせ、一瞬の隙を突いて拘束を脱した。
レエモンは正面に飛び、その身を翻した。ローマンとクロムウェルの中間に立つ。
相手は無手だ。何を考えているのかは知れないが、よほどの自信があるようだ。
レエモンはサーベルを横に払う。
躱したクロムウェルは、レエモンの腰にタックルを放った。
転倒する。
クロムウェルにマウントを取られた。
殴られる。
致命傷に至ることなどまずないが、敵は剣士の殴り方というものを心得ていた。脳が揺さぶられる。
何発も殴られるうちに、意識がぼやけてくる。
これはまずい、と思うのも一瞬。
クロムウェルがレエモンから離れた。
クロムウェルの足首には、薄く長い鞭のような剣――ウルミーが絡みついていた。
廊下の床に叩きつけられる。
壁に叩きつけられる。
繰り返す。
恐ろしい速度だった。
生身の人間ならばとっくに原形をとどめぬ肉塊だ。
「閣下! 閣下!!」
シェリヤ総統が到着したのだった。
4人の剣士が、手狭な治安軍本部の廊下で対峙する。
総統が向き合うのは、国王ウィリアムだ。
「レエモン、クロムウェルを捕らえよ」
レエモンはクロムウェルに決して解けぬ体固めを極める。
その間にも、総統は王から目を離さない。
「ウィリアム、貴様の『亡命』とやらを信用した儂が愚かじゃったわ!」
「貴女は愚かではありません、姉上」
いまだ自分を姉と呼ぶか。
シェリヤとは大本星を脱出した後で名乗り始めた。
かつての名は、アン。
先代国王の後継として生み出され、王として不適格と判断された廃嫡の王女。
「いいや、愚かですね」
拘束されたクロムウェルが絞り出すように語る。
「あなたは『人類種の遺産』が何物かすら知らない!」
「……」
遺産の正体はなんとなく掴めてきた。だがあと一手が足りない。それが如何ほどの代物なのか、詳細が分からない。
「教えて差し上げよう。『人類種の遺産』とは、前地球時代、西暦2020年時点での全人類の量子記録を記した装置だ。記録の改竄により量子もつれを発生させ、過去の人類そのものを改変。今に至る未来をも変える禁断の装置ですよ!」
過去のある一点、人類が皆地球に住んでいた頃の全人類を改変することで、400万年後のこの宇宙時代に影響を与える。
それが遺産の正体だった。
「ウィリアム116世! お前はその力で何を望む!? 盤石の王国か!? より多くの剣士か!? それとも自身の延命か!?」
叫ぶクロムウェル。最早止まらない。
「駄目だ、駄目だ! お前にそんなことはさせない。僕はここでお前を殺し、遺産を奪って使う。僕の願いは、王国の存在しない歴史だ!! 建国以前の歴史に干渉し、建国そのものを失敗させる!!」
「馬鹿な!!」
ウィリアムが絶句する。
当然だった。
王国10万年の歴史を丸々否定するということは、宇宙に広がる王国圏に生きる人々――人類の現在全ての崩壊といってもいい。
「お前たち王国は生まれてくるべきではなかった。お前たちに滅ぼされたケープホーキンス――踏みにじられたすべての人々のために、僕は王国を否定する」
狂気だ。
狂気でしかない。
このエドワード・クロムウェルという男は狂気に取りつかれている。
「無駄話もここまでだ」
クロムウェルは自爆した。
装甲の内側に隠し持った爆弾を爆発させたのだ。
吹き飛ばされたレエモンをはじめとした剣士には大した影響はないが、ウィリアムは耳と目をやられ苦悶の表情を浮かべる。
「陛下!」
ローマンがクロムウェルを止めようとするが、すり抜けられた。
だがまだ間に合う。
ローマンはクロムウェルの鉢金の末端を掴み、彼を止めた。
クロムウェルは国王を殺せない。だが触れることは出来た。
懐から、遺産の海路図を奪い取る。
クロムウェルは爆煙の中で自身の剣を振るい、鉢金を断ち切った。
逃げる。
逃げてしまった。
「陛下、ご無事ですか!?」
「ああ、だが海路図のコピーは奪われた。2つ取っておいて正解だったな」
総統にとってこの状況はまだ終わっていない。
ローマンはクロムウェルから総統へと構えを移す。
「姉上」
ウィリアムだ。
「私の願いは、貴女が王位に就くよう歴史を変えることです。無能過ぎず有能過ぎず、国の象徴たるべき国王の候補として生まれながら、剣士としての武力、明晰な頭脳、推定1200年という破格の寿命――神に愛されるがごとく全てを持って生まれてしまった貴女が、門閥政治を維持するために廃嫡の憂き目にあうなど間違っていたのです。貴女こそ傾いた王国の救い主だったものを」
「それが貴様の願いなのか、愚弟!!」
「そうです姉上!! 私の願いはただそれ1つ、他に望みなどございません!!」
「それでは生まれながらに不適格とされた儂の『改良品』として生み出された貴様は、歴史から消滅するではないか!!」
「姉上、それが私の望みなのです!!」
「愚弟! 愚弟めが!!」
総統の声は半ば絞り出すようだった。
ローマンが動く。
国王を抱えて逃げるためだった。
総統は追いすがるが、惜しくも逃がす。
これで全ての勢力に遺産の場所が知れ渡った。
「身内に甘いのが、儂の欠点じゃな」
「心得ております……」
レエモンが総統の側に寄った。
宇宙怪獣討伐より帰還した金井は、海路図盗難の報を受けた。
そして遺産の正体をアオイから知らされた。
この期に及んで秘密も何もない。あらかたの情報は、関係者全員に行き渡っている。
「……」
歴史を改変する装置。
荒唐無稽だが、それが真実か。
何よりの証明が自分自身だ。
おそらくは量子もつれ現象によって蘇った自身。
「俺の主君も、会津も、既に歴史の中にしかないのだな」
ならば。
「歴史を守ることこそが俺のご忠義である。それは主君と国を守るに等しい。これが武士の筋目だ」
剣士姿になり、羽織を翻す。
葵の御紋が記された黒い羽織を。
「この三つ葉葵に誓う。俺は今度こそ俺の忠義を完遂すると。アオイさん、俺をラインゴルド号に乗せてくれ」
「ラインゴルド号にようこそ、カナイ・セイエモン。あなたのその言葉を待っていました」
エドワード・クロムウェル、ウィリアム116世の討伐、および遺産の破壊依頼が、総統より海賊船ラインゴルド号の船長アオイに下された。
決戦が始まる。
Chapter 3 王に問う 終 Chapter 3.5 其処に居た に続く
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