金井が行政府で行われる軍議に呼び出されたのは婚儀が終わってすぐのことだった。三々九度のあたりから珍しく笑みを浮かべるようになった金井だが、これには仏頂面に戻らざるを得ない。

「すまん。こればかりは同情する」

 レエモンすらも謝ってきた。

 が、それで金井とシャオランの機嫌が直るものでもない。

 金井は紋付袴のまま、宇宙怪獣の対策会議に出席させられた。

 ワン・ルイビン拉致作戦のおりに接近しただけで、直接戦闘したというわけではない。それでもこの前例のない事態には必要不可欠の参考人だった。

「正体不明自己推進型巨大宇宙生命体――以下宇宙怪獣は、亜光速には満たない程度の速度でホークランド本星に接近中。航路上のデブリや氷塊を吸収しながら自己を強化しつつあります」

 ホロスクリーンに大写しで宇宙怪獣が映される。その姿はクロムウェルとの戦闘で傷つき再生、自己成長によりさらなる異形へと変貌を遂げていた。

「海軍参謀本部は武装惑星『カルティケーヤ』および複数の剣士による迎撃を提案いたします。ランデブーのタイミングは7日後。作戦の詳細は配布資料を参照いただきたい」

 資料の文字は難しすぎて読めないが、それでも金井にはこの作戦について一言あった。

「少しよろしいか」

「誠右衛門か。発言を許可しようぞ」

 軍議の中心人物は総統だ。不規則発言だったが、総統の許可があっては誰も止められない。

「複数の剣士と申されたな」

「……はい、敵は武装惑星『ガンディ』および2名の剣士を相手取りなお互角に渡り合い、59名の犠牲を出した怪物です。剣士の数は多いに越したことはないかと」

 初老の海軍参謀は、突然の闖入者に戸惑いを隠せないようだった。

「反対にござる。犠牲が出申す」

「犠牲とは?」

「そのままの意味にござる。敵は巨体に剣士をも貫く異なる触手を無数無限に生やしておりまする。数の利などあってないようなものに候えば、技量未熟の剣士は犬死し申す」

「犬死とは口が過ぎるぞカナイ!」

 レエモンが金井の発言を叩く。それは、この場に集まったほぼ全員の総意でもあった。

「拙者はかつての一見で彼奴めの殺し方に至り申した。それをしなかったのは、あの場は指揮官の命令を優先しただけのこと」

 議会が紛糾する。

「参謀本部の作戦を否定するのか!?」

「殺し方を知っているだと!?」

「虚言だ、虚言だ!」

「そもそもあいつは何なのだ!」

 誰も彼も好き勝手に野次を飛ばし止まらない。これでは軍議もあったものではない。

「静粛にせよ!!」

 総統の一喝で、全てが治まった。

 会議室に静寂が訪れる。

「誠右衛門よ、ではその策を申してみよ。剣の境地とは畢竟、斬りたきものを万事如意に斬ることじゃ。貴様の剣士としての感覚、かの怪物に通ずるのか証明して見せよ!」

「御意! まずは無人操艦可能な戦艦一隻、拙者が貰い受けたく存じまする!」


 総統に認可され、布告された作戦名は『モーヴィーディック』。

 前地球時代に出版された怪物殺しの物語。

 金井はその日の内にホークランド海軍の戦艦で飛び立ち、迎撃ポイントである武装惑星『カルティケーヤ』へ向かった。

 シャオランには土下座までして謝ったが、あれ以降こちらから通信で呼びかけても返事をしてくれない。

 カルティケーヤと金井の策による特殊な改造を施した無人戦艦との同期訓練は、作戦開始ギリギリまで続いた。

 そして最後の訓練が終わったとき、その通信は来た。ラグのためリアルタイム通信は出来ない。動画メッセージだ。

 最初に映っていたのはザマリンだった。

「おいおいおい、長官さんも作戦前ならこれが最後だって言ってたよね。妻としてどうなんよ。僕は引きずってでもシャオラン姉を出すぞお!」

 満身の力を込めて画面の中に引っ張ってきたのはシャオランだった。

「やーめーろーよー!」

 いつも気丈なシャオランとは思えない、情けない顔だった。今にも泣きだしそうだ。

 しかし録画してることに気づくと奇麗な顔を思い切り叩き気合を入れなおす。

 赤い顔と充血した目。それでも彼女は美しい。

「セーモン! あたしは寂しいんだ! きっちりやることやって、とっとと戻ってきな!」

 ぷつりと動画が途絶えた。画面の方に腕を伸ばしたシャオランが消したのだ。

 十分だった。

 最高のコンディションだ。神も仏も今なら斬れる。



 宇宙怪獣をその目に捉える。

 ある意味、ガンディでは彼に命を助けられた。

 だが今この場においては斬る他ない。

 白髪の幽鬼はその太刀を抜く。

 2尺5寸。直刃の流麗な愛刀。

 加速。

 まず狙うのは――腕だ。

「む!」

 ルイビンは攻撃用の岩塊を逐次切ることで精一杯だった。

 初動で防戦に回ってしまったからだ。

 岩塊はある意味怪獣に相対するものにとっても防具となる。

 岩塊を掴んでいる触手は剣士を狙うことができないためだ。

 そして、岩塊を亜光速射出する両の腕付近は全ての触手がフリーで攻撃をしてくる上に、腕自体が高速で動くため、攻めることは容易でない。

 だが金井・誠右衛門ならば斬れる。

 斬った。

 一撃、右腕を斬る。

 左腕の猛攻を抜け切り返し。

 二撃、左腕を斬る。

 これで岩塊でカルティケーヤを攻撃することは不可能だ。

 瞬く間に両腕を斬られた宇宙怪獣は止まる。

 その隙に、カルティケーヤの10km級対艦隊レーザーが巨体を焼く。

 金井は瞬時にレーザーの攻撃範囲から身を放し、人類の英知が生んだ超兵器の暴威を振るうに任せた。

 焼く。

 焼く。

 焼く! 焼く! 焼く! 焼く!

 焼きつくす!

 焼かれながらも、宇宙怪獣はその身を変化させる。

 蒸発する岩塊やデブリを放棄し、アルマジロのように丸まり、青白い光を放ちながら全身を亜光速回転させ始めた。

 一目ですさまじいエネルギーだと理解できる。

 カルティケーヤに当たれば大打撃だろう。

 金井は射線の外側から超自然の威力の塊を追う。

 何も問題はない。

 宇宙怪獣は亜光速回転状態のままカルティケーヤに届くよりも先に、レーザーによって全身をドネルケバブのように焼き尽くされた。

 だが表皮を焼いただけだ。焼死した組織の下側はまだ生きている。

 慣性のまま、カルティケーヤに突進する宇宙怪獣。

 ついに間近に迫るそのとき、レーザー照射が途絶えた。

 エネルギー切れか? 砲身が焼き付いたか?

 違う。

 泡立つ表面が固まりゆく中、待ち構えていた無人戦艦の砲撃が撃ち込まれた。

 質量弾だが、尋常のものではない。

 弾体は銛の様に返しが付いており、宇宙怪獣の内部に引っかかる。

 無人戦艦から続く対艦牽引用ケーブルが、捕鯨のごとく宇宙怪獣を繋ぎとめる。

 慣性エネルギーのみで重力子スライドエンジンの出力に釣り合えるものではない。

 宇宙怪獣は無情にも無人戦艦の意のままに引きずられていく。

 その終点は――恒星だ。

 銛の着弾した周囲の構造がひび割れ、新たな触手がせり出してくる。

 宇宙怪獣最大の強みとはすなわちこれだ。

 800mの巨体、その全身が触手と感覚器を1セットとした組織の集合体。群体生物なのだ。

 表面をいくら焼こうが、装甲化した組織の内側から新たな組織がせり出してくる。

 それがどうしたというのか。

 そのようなことはガンディの時点、一見で見切っていた。

 新たにせり出した触手はたかだか直径6mの牽引ケーブルを斬ろうと必死に襲い掛かる。

 金井はそれを斬った。

 柱のようなケーブルをぐるぐると飛び移りながら、次々と再生する触手、その全てを両断していく。

 弱い!

 予備動作があからさまに過ぎる。

 動きに無駄が多い。

 宇宙怪獣何をするものぞ!

 アーサー・ネイピア、ワン・ルイビン、レエモン・フォッシュ、シェリヤ総統―――金井の相対してきたあらゆる剣士の足元にも及ばない。

 無限ともいえる攻撃を凌ぎつつ、終点へと向かう。

 何十分、何時間経ったか。

 恒星が見えた。

「終わりだ!」

 金井が離れ、無人戦艦と宇宙怪獣は恒星の重力に引かれ落ちてゆく。

 フレアが1度。それが宇宙怪獣の断末魔だった。

 金井は無形の構えで残心を決めた。

「南無三」

 剣を鞘に納め合掌。容易い敵だった。

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