訓練場は道場とも呼べぬような代物だった。

 サンガブリエラ郊外の荒れ地。地上では剣士の力は大幅に落ちるものの、室内ではいくら建てたところで破壊されて終わりだろう。

 1国、1星の運命を左右する希少な戦力の訓練場がこれだった。

 剣士の訓練は、引退した老剣士や前地球時代より続く剣術の専門家が行う。

 宇宙空間での亜光速戦だろうと、基礎にあるのは剣術でしかない。それは金井もよく知っていることだった。宇宙戦闘の経験なしに、手練れの剣士を1人斬るというのは例外も例外とはいえ。

 9名の訓練生は既に集合して、お互いに模擬戦を行っている。

 太刀、サーベル、ダガー、曲刀―――剣も鎧も様々だ。

 未熟ゆえか、鎖帷子や手甲と兜くらいしか装備していない剣士も見受けられる。

「剣士はおおむね6つか7つの頃には発現するのじゃが、鎧は成長に合わせて強化されてゆくのじゃ。それでも地上で1撃2撃打ち込んだところで怪我もしない故、思い切り稽古をつけてよいぞ」

 訓練には総統も同行している。

 未来の将を意識してか、オリーブグリーンのオフィサージャケットだ。

 金井が頷く。

 二刀の小太刀を持った教官の老剣士の合図で、訓練生たちが集まった。

 子供ながらによい練度だ。

 金井は会津藩の武家の子弟を教育する『什』を思い出した。

「総統閣下に礼!」

 年長の合図で一糸乱れぬ敬礼を行う。

「休んで良いぞ」

 総統の指示で『休め』の姿勢に移る。

「本日は外より剣士を招いた。金井・誠右衛門じゃ。皆存分に稽古をつけてもらうがよい」

 訓練生と金井がお互いに礼をする。

 元気のよい挨拶だ。

 金井は雛鳥たちに今日の訓練内容を伝える。

「稽古の方法だが、とりあえず1人ずつ打ち込んできてもらおうと思う。懸かり稽古という奴だな」

「はい先生!」

「ではそこの太刀持ちから参れ」

 稽古が始まった。


 総統は稽古の様子を視察する。

 懸かり稽古だ。

 同年代の剣士が集まっての集団訓練というのは、総統が剣を憶えた王国の大本星ではほとんど見られない。

 特に総統はとある事情により1度たりとも他の訓練生と試合をすることはなかった。

 専属の師範が2人。片方は剣士で、片方は非剣士だがカラリパヤットの達人だった。

 そんなこんなで7年も修行をしていた。

 剣を扱うには、まず前地球時代より脈々と受け継がれた各流派の継承者に習うのが良い。剣士を相手の模擬戦などはその後だ。

 フェンシングやジョスト、八極拳、一刀流、カラリパヤットなど、官民一体となった武術の振興はいつの時代も欠かせない。

 無形を基礎の構えとする点、金井の流派は新陰流と思われるが、状況次第であらゆる動作、あらゆる型に転じるために判然としない。

 新陰流ならば既に『まろばし』の極致に至っている。

 雛鳥を相手取るに、

「足運びが雑だ!」

 胴に一撃食らった剣士が吹っ飛ぶ。

 これは具体的なだけまだいい。

「相手を良く見ろ!」

 若人が吹っ飛ぶ。

「相手を見るな!」

 総統が見る限り、正しいと言えば正しいが、その教えは難解極まりない。

「意が見える!」

 意を消す――無念無想など、達人以上の領域に求めることだろう。

「とにかく遅い!」

 10にも満たぬ子供にも容赦はない。甘やかすよりは余程いいが。

「あの男、教えるのに向いていないのでは?」

 達人以上、剣豪の領域に挑むのであれば最上級の試合相手ではあろうが、訓練生達には酷だろう。

 だが、子供達は吹き飛ばされ、地面に強打されようとも挑戦を止めない。

「ふむん」

 甘く見ていたのはこちらか。

 彼らは1億分の1の確率より見出された超エリートだ。子供ながらに国の命運を背負って立つ責任がある。

 たかだか兵卒を育てているわけではない。このレベルの訓練でも実にはなるか。

 毎回これでは育つものも育たないだろうが。

 立てる者が、1人また1人と減っていく。

 興がそそられた。

「行かれますか」

 老剣士が尋ねる。

「うむ」

 剣を思い描く。己の剣を。


「頼もう!」

 そこに剣士がいた。

 黄金の兜、黄金のブレストアーマー、黄金の手甲。

 宝石をちりばめた白いドレスの下には目の細かい鎖帷子をまとっているのが見て取れる。

 装甲部にはくまなくアラベスク柄の彫金が施されており、ルイビンよりもなお派手派手しい。

 そして、一見華美に過ぎるように見えるその全てを己のものとして纏っている。

 金井の脳裏には『王』という言葉が浮かんだ。

 強い弱いという次元ではなく器が違う。これまで出会った誰よりも。

 そして、剣士としてもネイピアやルイビンを上回る技量が一目で解る。

 今までで最強の相手だ。

 しかし、剣士として最大の特徴である剣は持っていない。

 持っているのは左の黄金盾のみ。

 身長は低い。

 リーチでは圧倒的に金井が勝る。

 だが、剣が分からぬ以上間合いなどないようなものだ。

 後を取るか、先を取るか。

「―――!」

 先だ。

 先に仕掛けたのは金井だった。

 総統の剣が展開される。

 胴巻きに見えたそれは、薄く、極めてしなやかで、鞭のような剣だった。

 刃渡り6尺にも及ぶその奇剣の名はウルミー。

 刃の撓りから到達範囲を予測する。

 手の動きは参考にならない。盾で巧妙に隠されているし、そもそも総統ほどの達人が意を悟らせるような真似はしないだろう。

 範囲の外までしゃがんで抜ける。

 剣が撓み、蛇のように食らいつこうとするが金井のほうが早い。

 縮地法という特殊な歩法で地を滑るように接近する。

 間合いに捉えた。

 逆袈裟に剣を振る。

 盾に弾かれた。

 違う、盾に当てたのだ。

 金井は刀を左手に持ち替え、盾のわずかに空いた隙間に手を伸ばす。

 そして盾の縁を掴み、隙をこじ開けた。

 突きが放たれる。

 総統は突きをウルミーの刃元で右に弾くと、盾に力を込めてシールドバッシュを試みる。

 それは一手早い金井の足が総統の脛を蹴り上げることによって未然となった。

 蹴り上げられた?

 違う、総統が跳んだのだ。

 金井の足を起点に飛び跳ね、体の回転を加えた斬撃を放つ。

 飛び、跳ねるのはカラリパヤットの得意手だ。

 空中にありながらも盾との連携で一部の隙もない。

 これには金井も唸るばかりだった。

 蹴りを入れた左足をそのまま前に出し、後ろ手に回した太刀でウルミーを弾くことで凌いだ。

 あと1mmでも持ち手がズレていれば、太刀が奪われていただろう。

「奇剣故、初見で防がれたのは貴様が初じゃぞ」

「剣は現世の道具である以上、現世の理に縛られ申す。そこを突いたまでの事」

「怪物よのう」

 再び向き合う。

 奇剣の動きは見切った。

 次で勝つ。

 金井は中段に構え、縮地法で突進する。

 撃つたびに予備動作もなく縦横無尽に移動する総統。巻きつくように襲い掛かるウルミーは右手を起点に手首の動作だけでコンパクトに凌ぐ。

 間合いから飛び去る総統に対し、同軸を保ちつつ跳躍する。

 速度を保ちつつ無拍子の左アクセルターン。

 斬撃を抜け、総統の右腕に斬りこんだ。

 そのまま無形の構えに移行し、残心。

 装甲がなければ、総統の腕は真っ二つに断ち切られている。

 試合終了だ。


 総統は地面に座り込んで金井と話し込んでいる。軍服の尻が汚れるが全く気にしていない。

「初撃の時点で、盾の『内側』の構造を叩いて把握しおったな」

「如何にも」

 訓練が終わり、剣士としての装甲も解き、全員で薄い塩水を飲む。今日は大いに汗を流した。

「盾の防御範囲を縛るものは盾そのものの大きさと持ち手の構造じゃ。そこを理解し、防御の及ばぬギリギリの位置に斬り込んだ。初撃から貴様の掌の上ということじゃ」

「如何にも。しかし閣下ほどの剣客には逢ったことがございませぬ。間合いを把握したところで次も勝てるかどうか」

「カカカ、次も貴様の勝ちじゃろうて。その剣、剣聖の域にまで達しておる」

「恐縮にござります」

 しかし、

「しかし惜しいのう。それほどの腕を持ちながら戦場に立つつもりがないとは」

「今の拙者に人を斬る筋目などございません」

「作用か。まあ良い、褒美を取らそう。望むもの何でも言うが良い」

 我ながら王のような物言いだ。これではマスコミに独裁者と謗られるもむべなるかな。

 だが、このような性根に育ってしまったのだから仕方あるまい。

「では1つお願いがございます」

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