港より軌道往還シャトルに乗り込み、重力子スライドエンジンの滑らかな上昇に身を任せれば、すぐにラインゴルド号の停泊している宇宙ステーションだ。

 ステーションの使用料も馬鹿にならない。なるべく早く商売を再開したいところだった。

 上陸中とはいえ完全に留守にしているわけではなく、アオイを始めとした乗組員がローテーションで船の監視の任に当たっている。

 当番であるアエルには言ってある。

『人類種の遺産』探しゲームは、タラップからスタートだ。

 総統は紺色ドット柄のワンピースにクリーム色の薄いショールを羽織っている。

 ショールの裾は翡翠のブローチで止められており、公務というよりはショッピングに来たような格好だ。

「ほうほう、この部屋はなんじゃ?」

 長いスカートを靡かせて戦艦の廊下を歩く総統は、年相応の少女にしか見えない。

「作業用奴隷人間用の冷凍睡眠装置ですね。諸事情あって今は使ってません。時間があるときにいくつか売りに出そうと思ってます」

「ふむふむ、海賊船など滅多に乗る機会がないもんでのう。いや、興味深い。しかし、設備が微妙に古いのう」

「先代船長が1代で立ち上げましたので、いきなり全部新品とはいかなかったのでしょう」

 真空エリアの部品が錆びたりすることはないし、そもそも船体素材というものは極めて丈夫に出来ている。100年、200年前のパーツを使うのは宇宙船では当たり前だ。

 ここ数十万年、人類の技術は行き詰まりのような状態になっており、旧式の機械類でも何の不都合もない。

「レエモンの奴めが儂に付いてゆくと駄々をこねおってのう。貴様には貴様の仕事があるのじゃからそっちに集中せよと叱っておいたわ。まったく、いつまで経っても子供は子供じゃのう」

 総統は本当に、ただ見学に来ただけといった気軽さだ。己の推論に自信があるのか。ただの世間話1つにしろ、アオイには深謀遠慮に聞こえてしまう。

「この部屋は?」

「慰安室です」

 そこはエマの部屋だった。エマは姉妹の中では最もだらしのない性格という認識がなされており、部屋の中も散らかっている。下着など脱ぎ散らかして恥ずかしくないのだろうか。

「―――ふむ、ここでいいかのう」

 ずかずかと、総統はエマの部屋に入り込んでいった。

 そして、ある一点で静止し、アオイを見る。

「ここじゃ。ここに隠したのじゃろう?」

 エアシューターの前だった。

「……」

「おそらくは冷凍食品のブロック。番号までは知らん。じゃが、食糧庫を漁ればわかることじゃ」

 見つけにくく、しかしすぐ手元に戻せる場所。そうして考え付いた結論が、

「当たりです。あなたは、凄い人ですね」

 その番号を入力し、1つの普通食が運ばれてきた。

 一見してただの冷凍食品のブロックだ。木の葉を隠すにはなんとやら。他の普通食と一緒に積まれていてはまずわかるまい。

 総統はショールの内側に隠し持った短刀を振りかざし、ブロックを真っ二つに割る。

 鮮やかな手並みだった。

 中には、記録媒体が1枚。

「凄いじゃろう?」

 総統がにんまりと笑った。



 軟禁状態の金井は、官邸で遺産の海路図が見つかったという報だけ聞いた。

「そうか」

 反応はあっさりしたものだ。

 もとより関わりの無き事。

 シャオランは昨晩のうちに呼びだしてある。ベルがタクシーを手配してくれた。

「次から次へとよくもまあ」

 シャオランが嘆息する。

 テレビのニュース番組ではキノト・エレクトロニクスの汚職事件が報道されていた。

「苦労を掛ける」

「仕方ないさ。まっとうな商売じゃないんだから」

 中にいては気が滅入るので、2人して庭の東屋にいる。

 見事なイングリッシュガーデンだった。宇宙船の中では決して味わうことのできない、自然な花の香りだ。

「エマさんとザマリンさんには言ったのか?」

「ああ、アオイからも連絡が行ってたみたいだけどね。ジェットスキーをしに南極まで行ってるとかで、すぐには来れないそうだよ」

「南極……」

「宇宙ジェンツーペンギンの写真を寄こしてきやがった。テラフォーミング時に持ち込んだのが野生化してるんだと」

 宇宙は金井の知らないものだらけだ。

 エマ、ザマリンと記念撮影をしているのは、二足歩行の奇妙な鳥だった。

「いや、鳥なのかこれは」

「鳥……じゃないのかねえ。前地球時代から存在してるらしいけど」

 シャオランが銀のフォークで口に運ぶのは庭で採れたキウイフルーツ。

 手作業で絵付けの施されたティーカップから紅茶をすする。

 ここだけ時間が遡ったかのような雰囲気だ。

 無機質な人工物で満たされた武装惑星とは大違いだった。

 穏やかな空気の中にあってなお、金井の裡には闘争への渇望が滓のように残っている。

 決して表には出てこない。だが、時が来たらばシームレスに牙を剥くのだろう。

 遠い昔、南北朝の世より、侍は血まみれの闘争の合間の癒しとして庭園を貴んだという。閑寂と斬り合いは侍にとって表と裏ということだ。

 その点、金井・誠右衛門は全き侍である。

「美味い果物だ。会津にもあればな」

 キウイフルーツを咀嚼する金井は、地蔵のように落ち着いている。



 その日の夕食の後、金井は総統に呼び出された。

 酒に付き合うようにとのことだった。

 官邸内にはバーカウンターが設置されている。

 ホークランドではあらゆる酒が製造されており、王国のそれよりも質が高く値段も安いのだという。

 総統自らが冷蔵庫から取り出したのは、濁り酒だった。

「ここから40kmほど離れたところに贔屓の杜氏がおってのう」

 黒織部のお猪口に白い酒が注がれていく。

「ありがたく頂戴いたします」

 つまみは炒り豆に塩をしただけの単純なものだが、実に沁みる。

「ホークランドの飯は美味い。儂は大本星の出身じゃがな、あそこの飯は工業製品じゃ。衛生的であるということしか取り柄がない。酒すらも禁止されておる。人の住むような星ではないわ」

「さほどに」

 想像もできない。それで10万年もの治世を敷いているというのが信じがたいことだった。

「つまりそこじゃ。機械のように画一思考に教育された総督を植民惑星に送り込み、あるいはテラフォーミングの指揮を執らせる。機械は間違えない。機械は不正をしない。故に完璧な統治となる。無論、瑕疵はある。その瑕疵が広がるだけ広がって、今の状態というわけじゃ」

 王国の崩壊。

 黒船来航以来のような乱世である。

「誠右衛門よ、貴様はこれからホークランドに永住するという認識で良いのかのう」

「む」

 面と向かって選択肢を迫られると悩む。 

 実際問題、それ以外の途は無い様に思われるのだが。

「良い。強いる気はもとよりないわ。じゃが、軍属としてホークランドの国土と民に忠誠を誓うというのならば、1軍の将を任せようと考えておる」

 一介の下級武士から大出世だ。金井にとっても本懐であるし、シャオランにもいい暮らしがさせられる。

 だが、それでも。

「申し訳ありませぬ。いましばし考える時間を戴きたく」

 金井の裡にこびりつき、歩みを止めているものはアオイやラインゴルド号ではない。

 会津だ。

 遥か過去に失われ、最早再び土を踏むことかなわぬ故郷への執着が、いまだに金井の裡を支配していた。

 存在すら無い会津が、金井の『侍』を万力のごとく握りしめ、主を変える不実を責めるのだ。

「では、こういうのはどうじゃ。明日、訓練中の若い剣士たちの訓練がある。皆7つから13歳の、初陣前の若人たちじゃ。彼らに稽古を付けてみよ。前線に出たくないならば、師範としての途もあるということじゃ」

「左様ならば承り申す」

 剣しか取り柄がない故に、剣を教えることは慣れている。適材適所の差配だ。何日もここで燻ぶるよりはよほどいい。

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