4
暗いホバージープの中、金井とアオイは手錠をかけられ座らされていた。
バシリスキーは別の車に乗せられている。その部下は、生きているものなら治療ポッドの中で、それ以外はシュラウドの中だ。
正面には白いトレンチコートの男。2m近い黒人。レエモンだった。
窪んだ目から無言で金井を睨みつける。
「あの、我々どちらに連れていかれるのでしょう」
アオイが恐る恐る尋ねた。
「治安軍の本部だ。裁判が終わるまでは留置所から逃がさんぞ」
想定外だ。こんなトラブルに巻き込まれるとは。
そもそも金井が先走らなければとは思うが、今さらだろう。
王国、議会派と敵対関係にある今、ホークランドからも締め出されれば完全に詰みだ。
金井の暴力でかき回して逃亡――など愚作の極みだった。
「なじょすんべアオイさん、俺には婚約者がいるんだが」
「まあ、1年は逢えないかもですねー」
「む、無体な……」
「……」
無言で2人を監視していたレエモンの端末が振動を始めた。
「コールか。誰からだ……」
レエモンの目は驚愕で見開かれた。
すぐさま応答する。
「閣下ですか? 如何されました」
治安軍長官のレエモンよりも立場の高い人物のようだ。
「官邸に? いかな閣下とはいえ越権が過ぎますぞ―――うう、承知しました。閣下のご随意に」
虚空に向かって頭を下げたりしつつ、通話を切った。
よほど恐ろしい人物のようだ。
「予定変更だ。貴様らは官邸に連行する。総統閣下がお呼びだ」
溜息。
「困った人だ。本当に」
総統官邸は、王国統治時代の総督私邸をそのまま利用している。
コロニアル様式の館は、懐古主義的ながらも見事の一言だ。
レエモンのIDを読み取った門が音もなく開き、金井とアオイの乗ったホバージープを通す。
屋根付きの正門前に車を止める。
レエモンが運転手に何事か指示を出すと、ホバージープは去っていった。
透かし彫りの施された荘厳な扉を何の気負いもなく引く。
実家の扉でも開けるかのような慣れた動きだった。
「おう、レエモンの
広い玄関ホールの中にいたのは、恰幅のいい壮年の女だった。
黒いワンピースと白い前掛けを着用している。
「もしかして、彼女が総統閣下ですか」
まがりなりにも治安軍の長官に対してかなり砕けた態度だ。
「違わいよ。あたしゃ家令のベルってもんさ。総統は執務室でお待ちだよ」
「ベル、あまり砕けた態度をとるな。総統までこのような不逞の輩に舐められることになるぞ」
「まーったく生意気に育ったもんだねえ。初めて会ったときゃ小豆くらいの赤んぼだったに」
「お前も二十歳そこそこの小娘だっただろうが」
「残念。あたしゃあんときゃまだ19だよ」
レエモンは舌打ちをすると、トレンチコートのポケットに手をつっこみ、無言で歩みを進めていった。
彼にも複雑な事情があるらしい。
「総統というのは如何ほど偉いのだ」
それまで黙っていた金井が口を出す。
「ホークランドの勢力圏内で最も偉い方だ。300億市民の頂点に立つ為政者にして、独立の大英雄。おかしな真似をすれば今度こそ核融合炉に放り込んでくれるぞ」
「む、では将軍様のような方なのか。勤めて無礼の無い様にしよう」
執務室は最上階にあった。衛星兵器対策で重要な部屋は地下に設置することが多い中、思い切った間取りだ。
レエモンがノックをし、扉を開く。
シンプルで静謐な部屋だった。
宇宙黒檀を基調とした家具類は華美でなく、艶やかで年季を感じさせるものばかりだ。
未だ昼の時間。正面の大窓からは表部層特有の自然光が差している。
狙撃対策として大窓から離れた位置に総統の執務机があった。
壁のようなホロウインドウが堰を切ったように消えていき、部屋の主が姿を現す。
「来たか」
女だ。それもかなり若い。
14か15、少女と呼んでも差し支えない年齢に見える。
炎のような赤毛に気品の漂う美しい容姿をしている。
椅子から立ち上がってもアオイより明らかに背が低い。
金井は偉い人と見るや平伏をした。
これはアオイも聞きかじったことがある。
ドゲザという最大限の服従と謝意を見せるポーズだ。
「カカカ、そう畏まらずともよいぞ。儂はあくまで選挙で選ばれただけの市民の代表。王でもなんでもないのじゃから」
「ラインゴルド号船長のアオイと申します」
「金井・誠右衛門と申します」
立ち上がった金井が深々と礼をする。
「ホークランド総統、シェリヤじゃ。とりあえず座るがよい。ベルに茶と菓子を持ってこさせようぞ」
指さした長椅子に、全員で腰かけた。
金井の正面にはレエモンが、アオイの正面には総統が座るような状態だ。
「失礼ですが、総統は独立戦争をご経験されているんですよね。かなりお若い様に見えますが」
ホークランドの独立と言えば130年前の出来事だ。
わずか1年の戦争により、ホークランドは王国史上5つめの独立国となった。
「カカ、そうじゃの。儂は
長命種。
数ある変異種の中でも最も希少で価値のある種族だ。剣士と同様かそれ以上に珍しい。
サイバネティクスが発達しようとも120歳が上限とされている人類の中にあって、生まれながらに200年や500年の寿命を持つ者たち。
技術的には200歳までの寿命を人工的に創造することは可能だが、施術は王族にのみ限定されている。
長命は遺伝せず一代限りとされており、テロメアだけでは説明がつかない部分も多い。
「独立以来、飽きもせず総統として信任を得ておる。おかげで独裁者などと謗る輩もいるが―――まあ正鵠じゃな」
「閣下、ホークランドは立派な法治国家です。選挙にも不正はなく、ただ貴女の人気が高すぎるから毎回大勝ちしているだけです」
レエモンが釘を刺す。彼は総統に心酔しているようだ。
「カカカ、で、本題はなんじゃったか」
「この者どもの処分です」
「そうじゃったのう。まあ、過去の判例などから見るに―――」
アオイが唾をのむ。
「『厳重注意』が妥当な処分じゃろう」
「……へ? それだけですか?」
「二度とするでないぞ」
「あっはい」
拍子抜けだ。本当に注意だけで許してくれるのか。
「ニューブリスターの英雄を屠り、議会派の小童に土を舐めさせたラインゴルド号の剣士殿じゃ。相応に扱わねばなるまいて」
「―――!」
情報が早い。
どこまで知っている?
まさか『人類種の遺産』も。
「一言付け加えたく存じます。拙者はじきラインゴルド号を降りようと考えておりまする」
混乱する頭に追い打ちをかけるように、金井から爆弾発言が唐突に飛び出した。
「え!? 初耳ですけど!? 一言の相談もなしに!? 辞めるんですか!?」
「すまん、一昨日決めた」
泣きっ面に蜂とはこのことだ。金井がいなくなればラインゴルド号の戦力は宇宙ホオジロザメからアメーバ程度まで下がる。
「仕方ありません。元々、セーモンさんの故郷が見つかるまでの対等な協力関係でしたし。で、アイズは見つかったんですね?」
「そういうことだ。あいすまぬ」
それはそれでいいのだが、タイミングが悪い。今言われると困るというものだ。
「良い機会じゃろうて。『人類種の遺産』儂らに預けよ。コピーだけでよい。さすれば釈放と支援を約束しようぞ」
やはり掴んでいた。では彼女も遺産を狙っているのか。
「出来ません」
「貴様はあれが何か知っておるのか?」
「知りません。ですが我々の物です」
「何も貴様らから奪おうというのではない。正体を精査し、モノによっては貴様らに回収を依頼する。モノによっては不干渉とする。それだけのことじゃ。荷を下ろせ。アレは国王が血眼になっておる至宝。剣士も失った貴様1人で背負えるものではない」
「ですが……」
「強情な小娘じゃのう。では賭けをしようぞ。海路図の隠し場所、儂が当てたらコピーを戴く。これ以上はこの儂との戦となろう」
「……隠し場所を知っているのですか?」
「あくまで推測じゃ。でなければ賭けにならん。前提として儂が知っておるのは、議会派の者共が5日間探しても見つからなかったということだけじゃ」
「……いいでしょう。いずれにせよラインゴルド号は閣下の許可なくして動かせません。それに、本気で隅から隅まで探されれば時間の問題でしょうし」
「うむ、では明日参ろうか。今日は色々あった故疲れたであろうよ。官邸は好きに使うがよい。そしてカナイ・セイエモン&”#”’&%$」
最後の方、未知の言語だったので聞き取れなかった。
「金井・誠右衛門よ、貴様は監視対象故、どのみちここから無断で出ること罷りならんぞ。よいな」
「御意にござります」
金井の名前を正確に発音できたのは総統が初めてだった。傑物というのは天より二物も三物も与えられるものか。
「あの、何語で話されてるんですか」
アオイが変なことを聞いてきた。
「何って、普通に話しているだけだが」
「『日本語』じゃよ。では王国標準語に戻そうかの」
「あっ、聞き取れました」
「む」
最初の時に妙な機械を被せられて憶えたので、日本語と王国語は意識して使い分けるということはなかったが、こうも無意識に切り替えてしまうものなのか。
この長命種の総統はどのような知識を蓄え、どのような知恵の境地に至っているのか。
底の知れぬ人物だ。
「拙者が出られぬならば、せめて婚約者を呼び寄せたいのですが、お許しいただけるでしょうか」
「おお? その情報までは知らんかった。よいぞよいぞ、目出たいことじゃ。いくらでも呼び寄せるがよい。祝言の世話もしたいくらいじゃ。このレエモンが今の細君を最初に連れてきたときなどはのう……」
「閣下! 余計な脱線はしないでいただきたい!」
始終厳めしかったレエモンが子供のように憤る。
親子のようなやり取りだが、総統とはどのような関係なのだろうか。
ベルの持ってきた紅茶とスコーンを味わい、総統の執務室から解放された後、アオイの方から話があると言われた。
「婚約者というのは、シャオランさんですね?」
「む、そうだ」
「まあ、いい雰囲気でしたからね。おめでとうございます」
「ありがとう」
「で、アイズはどうなったんですか」
金井は図書館で得た結論を、たどたどしくもアオイに話した。簡潔とはいいがたい説明だったが、なんとか理解した風だった。
「タイムトラベルですか。なぜそうなったのかはわからないのですね?」
「む、そうだ。見当もつかん。俺はあの戦場で確かに死にゆくはずだったんだが、気が付くとあの船の中にいた。心当たりも全くない」
「ではその理由も調べてみてはどうですか? なんとなく、そうしたほうがいいと思うんです」
「……そうだな。そうすることにする。ありがとう。今までお世話になった」
「はは、お世話になったのはこっちの方ですって。セーモンさんがいなけりゃ私はとっくに死んでましたよ。シャオランさんも」
「……うむ」
そのままお互いの客間に分かれた。明日のラインゴルド号行きに、金井は付いていかない。
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